09 異彩
深夜、薬草屋の勝手口がノックされた。
バッツがドアを開けると、英雄生徒の制服を着た男子が、不満そうな顔でバッツを見ていた。
「ガイルだ。タッパさんに言われて来た」
タッパより身長は低いが腕はもっと太い。挑むような目つきであまり友好的な態度ではなさそうだ。
縦長のリュックを背負っている。
「バッツです」
「ついてこい」
「はあ」
バッツは剣の入ったケースを肩にかけ、夜の空気に出ていった。
冷えているだけでなく湿気を感じる。
「ちょっと待ってください」
バッツは室内にもどって、頭から全身を覆う雨具が入った小さなリュックを背負ってきた。
「なにをしてる。待たせるな」
「雨が降るかもしれないので」
「降らない」
ガイルは断言した。確信があるというより、会話を終わらせたかったのだろうとバッツは思った。
その証拠に彼は町を出て、森に入るまで一度も口を開かず、振り返りもしないで歩き続けた。もしバッツが彼の背中を見失ったとしたら、それはバッツの責任だとでもいうような態度だった。
森に入ると、ガイルはポケットから紙を取り出し、町と、樹木の位置を確認していた。
そうして20メートルほど進むと人影が。
バッツの予想より多い。薬草屋で聞いた話では、タッパとガイル、あとひとりということだったが、さらに三人。合計六人もいた。
ひとり、バッツに近づいてくる。
「へえ、君がバッツ君か。おれはスーサだ、よろしくう」
やや上から手を出すように握手を求められた。
バッツは仕方なく手をとる。
腰に剣を差しているのはタッパとスーサ。他の者は弓を使うようだ。
「聞いてたよりも人が多いですけど」
「ああ、本当はスーサたちは来る予定じゃなかったんだ。昨日大けがをしたからね」
「高等魔法で、あっという間に完治したんだ」
スーサは、おどけるように腕を大きく回転させた。
高等魔法は高度な治療で高額な料金がかかる。一般人なら、全治数ヶ月を短縮するために数年タダ働きしなければならないだろう。薬草屋とは桁のちがう金額が動く商売だ。
「なあタッパ、昨日ひとりで倒したってのは本当にこいつかよ」
スーサが親指でバッツを指す。
「そうだ」
「そうは思えねえけどなあ」
「頼んで来てもらってるんだ」
タッパが強い口調で言うとスーサは肩をすくめた。
バッツは他の人間の顔も見ていく。誰もスーサに反論するものはいない。歓迎されていないようだ。
熱心なのはタッパだけらしい。
帰ろうか。
いや、剣を買ってもらったのだからと思い直す。
タッパとスーサがまだなにか話をしながら歩きだす。
バッツは会話の内容を無視して、ただついていこうと決めた。
森は静かだった。鳥の声もしない。
バッツは立ち止まった。
「どうした?」
タッパが言った。
「怖くなったか?」
スーサの声に、誰かがかすかに笑った。
バッツは月の光があたる場所に立っていた。ちょうどぽっかりと、周囲10メートルくらい木がない場所だった。
耳をすます。やはり音がない。
肌の表面がすこし、引っ張られるような感覚があった。
歩く様子のないバッツにスーサは、じれたように言う。
「おい、本当にビビってんじゃねえのかこいつ」
「どうしたんだ」
タッパがもう一度言う。
「ここでよくないですか?」
バッツは言った。
「ここ?」
「広いし、光もあるし、見やすいですよ」
「え?」
タッパが聞き返したが、バッツは答える気もなく、リュックと肩のケースをおろして、ケースから一本剣を抜いた。タッパに買わせた剣だ。
すっ、と柄をなでる。ふだん使っているものよりやや軽く、やや柄が丁寧に仕上げられていて手にひっかかりがない。
バッツがその場で剣の感触をたしかめたり、靴ひもを結び直したりしていると、スーサたちはいらだちを隠さなかった。タッパもしばらくすると、口を開いた。
そのときだ。
バッツが首を動かし視線を向ける。
他のものたちは、はっとした。
ブラック・ベアだ。
15メートル先の木陰に立っていた。
あわてて弓を構える者もいたが、バッツは気にせず前に進む。
「おい!」
スーサが言って、タッパは気づいた。
実際のところ、昨日バッツがブラック・ベアをしとめるのをきちんと見ていたのはタッパだけだった。
他の人間はけが人をかばったり、バッツに対しても身代わりになるかもしれない、というくらいの目線を向けるだけで、ろくに見ていなかった。
だからその異常性に初めて気づくことになる。
バッツが歩いていく。
10メートル。
5メートルまで迫る。
その間、ずっとブラック・ベアが前に出ない。
出られない。
右前足を動かそうというタイミングでバッツは左手をぴくりと、注意してみていなければわからないほどわずかに動かす。するとブラック・ベアは動かすのを止めた。
左後ろ足もそうだ。バッツは調整し、同時、よりもやや早いかというタイミングで右足を出してみせると、ブラック・ベアは、先を越されてしまったからと言わんばかりに動き出さない。
かすかな、そうすると信じて見ていないかぎりわからない動きの応酬。
ぼうっと見ていたら、ただただ無防備に歩いていくようにしか見えないバッツは、右手の剣をブラック・ベアの喉深くに突き刺した。
ブラック・ベアの体がびくり。
バッツは倒れる前に前足から爪を引き抜いた。
「ん! 97点」
月明かりになめらかな爪の曲線が浮かんでいた。
ブラック・ベアが倒れる。
体を構成する魔力が形を保てなくなり、チリのように分解されて散った。
バッツが振り返ると、スーサは目をふせた。




