08 対面
「ただいま」
バッツが帰宅すると、店の中は薬湯のにおいで満ちていた。
横のドアを開けて調理場をのぞくと、いっそう強いにおいが広がる。
「おお、頼む」
バッツの父は薬湯のコップを突き出す。
バッツは受け取り、一気に飲み干した。どろりとした液体は溶けたチーズのような粘り気すら感じさせるが、水でも飲むように慣れたものだった。
「どうだ」
「ちょっとあまくて固いかな」
バッツが言うと、バッツの父はかたわらのザルから薬草をひとつかみして鍋へ、近くの水差しで水を足した。
「部屋行ってるから」
「そうだバッツ、お前、なんか変な友達いないか?」
「変な?」
バッツはすぐにビーンが思い浮かんだ。
「まあ、いるけど。それが?」
「学校でなんか言われてるか? ブラック・ベアを倒してるか、とか」
「言われたことないな」
「何日か前に、そんなのが来たのがいたんだ。英雄教室の生徒って言ってたな。薬湯を買いに来たんだが、ブラック・ベアの爪に、やけに熱心だったんだよ」
「ふうん」
「こんにちは」
客が入ってきたのでバッツは横によけた。英雄教室の制服を着ている。
バッツの父は客を見て、ちらっとバッツを見た。それでバッツも察した。これが話題の相手だ。
「また来たのかい」
バッツの父は言った。
「ええ、何度だって……」
と言いかけて、タッパはバッツを見た。
目を丸くして、じっと見つめている。
「君……、君だな!? 森で! 今夜、ついていってもいいか? いや、今夜も行くのか?」
歩み寄って力強くバッツの両肩をつかんだ。
「え、ちょっ……?」
バッツは今度こそ、助けを求めるように父を見た。
「昨日、助けてくれただろう!」
「昨日? ああ、誰かいたような」
「話もしなかったのか?」
バッツの父が言った。
「森で誰かに見られたらさっさと逃げろって言ったのはオヤジだろう」
「うん? ああ、ややこしいことになるからな」
「ややこしいことには、ならないようにした! 君の存在は知られていない……!」
絞り出すように言うタッパは、バッツの表情を見て、やっと手を離した。
「失礼」
「どうも」
バッツは迷惑そうに肩を払った。
「おれはタッパという者だ。英雄教室に通っている」
タッパが一礼したので、遅れてバッツも頭を下げた。
「最近夜に森へ出かけて、仲間とブラック・ベアを倒している。昨日は他の仲間に挑まれて、どちらがブラック・ベアを倒せるか、どちらも倒せたらどれだけ続けて倒せるかという勝負をしていたんだ」
「はあ」
「だがあまい判断で失敗し、ケガをして、全滅の危機におちいっていたところを君が助けてくれたというわけだ。ありがとう」
「はあ……」
「君がおれよりも格上、すぐれた狩人だということは承知しているつもりだ。君の父上に指導を頼みたかったのだが、断られてしまった。だから君に頼みたい。いやせめて見学だけでもさせてもらえないだろうか! 狩りは日常的にやっているのか?」
「……」
バッツは、助けを求めるように父を見る。
「なにか問題があるだろうか」
タッパは言った。
「……なにがしたいんですか?」
バッツは素直に言った。
「なに?」
「僕は家の手伝いでしょうがなく爪を取りに行ってるだけなんですけど、あなたはなんのためにそんなことしてるんですか。ふつう、夜は寝てたほうがいいと思うんですけど」
「……おれたちは、強くなりたいんだ。それこそ英雄と呼ばれるような存在に」
それは英雄生徒だからそうだろう、とバッツは思った。
「そのために、ブラック・ベアを安定して倒せるようになりたい。これを知られると退学になりかねないのだが、王都の、ブラック・ベアを倒す大会に出場して上位入賞し、英雄学校に通えるようになりたいと思っている。その準備だ」
「英雄学校? 英雄教室じゃだめなんですか?」
「英雄教室は、もはや、それなりに優れた人間を安定して輩出しようと思っているだけだ。だがおれはそれでは満足できない! 君くらいの力を持っているならわかるだろう?」
バッツはすこしだけ首をかしげた。
「さっきから、なにを言っているのかよくわかりません。僕は、夜に家の手伝いをしてるだけの一般生徒ですよ」
「ちがう。英雄教室でもトップの剣士だ」
「剣士って……。ブラック・ベアの爪を回収してるだけですよ」
「君はいったい……」
「戦ってるっていうつもりじゃないんだよ。こいつは」
バッツの父は言った。
「どういう?」
「ブラック・ベアって、魔力の塊だから消えるだろう。だから物っていうのかなあ。魔物とか生物だと思ってないんじゃないか?」
「……そうなのか?」
「はあ。まあ」
「もしかして、それがブラック・ベアを無抵抗で倒す鍵なのか!? 殺意とか、そういう内面をコントロールすることで、ブラック・ベアの自意識をコントロールするとでも?」
「あ、そういう難しい話はわからないですはい」
「ぜひ、ぜひ見せてほしい。君がどういうことを考え、なにをしているのか!」
「ええー……?」
バッツは意識して迷惑そうにした。
この表情で帰ってくれないだろうか、と半分念じている。
タッパはふと、バッツが剣を使い捨てにしていたことを思い出した。
「だったらこういうのはどうだろう。交換条件に、消耗品はこちらで用意する。君は剣を使い捨てにしているだろう? 毎日コストがかかっているはずだ。それをおれが払う」
「えっ?」
バッツの声がワントーン上がった。
「ちょっと詳しく?」
「英雄教室で使うような武具や道具なら手配できる。大きなものなら出どころや行き先のチェックも注意してやらなければならないが、一般的な武具なら確認もほぼない」
「はいつまり?」
「必要な剣はこちらで用意する。これから必要な分も用意しよう。他にも、なにか必要なら、それも」
「えっと、いま、10本1000ゴールドの剣を使ってるんですけど、5本1000ゴールドの剣を使えますか? あれだと使いやすいから、爪に集中できるんで」
バッツは、爪をひっかけたときのことを思い出しながら言った。
「まったく問題ない」
「そ、そうですか? しょ、しょうがないなあ……」
バッツは、とまどっているような表情をつくった。




