10 日常
我に返ったタッパ班、スーサ班もそれぞれブラック・ベアを倒した。
手に入った爪は、バッツのものを見てしまったあとでは、みすぼらしく見えた。誤差のようなものにしか思えない。
しかもタッパ以外はどこかふわふわと集中力に欠けた様子で、暇さえあれば、ちらちらとバッツの様子をうかがってばかりいた。
「おれたちはどうだった」
タッパはバッツに感想を求めた。
「え? さあ……」
「君と比べれば手際は悪かっただろう。しかし、常人としては、それなりにやれていると思っている。良かったら、こういうやり方でもっと洗練された方法を教えてもらえないだろうか。お父上にも聞いてみたい」
「そんなのないですけど」
「ん?」
「僕も父も、ひとりでやるので」
「そうか……」
タッパたちは黙った。
バッツは彼らの視線が、さっきよりも居心地悪く感じていた。
場違いな羊から、場違いな狼でも見ているように、常に武器に手をかけているのだ。
「ああ、でもみなさんはすごいと思います。勇敢に戦ってて。剣で、弓で、勇ましく。僕には、そんなことは全然できません」
「どういう意味だ? 君のほうが勇敢じゃないか。たったひとりでブラック・ベアを倒して」
「ずいぶん、嫌味ったらしいじゃねえか」
スーサがつぶやく。
「僕は別に、戦ってるわけじゃないので」
「戦ってない?」
「たとえば、そう……。森に生えてる薬草を取りに行くのと同じですよ。薬草採りに、勇敢もなにもないでしょ。まあ、崖の薬草だったら勇敢か……?」
バッツはぶつぶつと言った。
「なにを言ってるんだ。剣で戦っていたじゃないか」
「戦ってるように見えます?」
バッツの言葉にタッパが詰まる。
ただ歩いていって、ただ喉を刺し、ただ爪を抜く。
爪を採りに行っただけと言われればたしかにそうなのだ。
「だが、あんな戦い方は……」
「父に教えられたようにやってるだけですよ」
「それはどんな?」
「さっき見ましたよね」
タッパははっとした。
「おれ相手にも、できるのか?」
バッツはタッパを見た。
「まあ、多分」
「やってみてくれないか」
「嫌ですけど」
「嫌?」
「はあ」
「なぜ」
「嫌じゃないんですか? 相手の自由を奪うようなこと。あなたは、殴っていいって言われたら殴るんですか?」
「……」
「あ、殴るんですか」
バッツは気味悪そうにタッパを見た。
「英雄教室って大変ですね」
「頼めるか?」
なおも言う。
バッツは、聞こえよがしにため息をつきながら、腐食している剣を見た。
ただで剣をもらえるなんて、そんなにうまい話はなかったのか……。
バッツは鋭く息をはいた。さっさと終わらせよう。
距離3メートル。
「はい、来てください」
「来る?」
「僕の肩をさわりに来てください」
「わかった」
言った瞬間、タッパは地面を蹴って間合いに飛び込み素早く肩に触れる、つもりだった。
脚が動かせない。
いや、動かせない、というのとはちがっているか。わずかには動く。
金縛りにあうような、自由を奪われるのとはちがう。
動かせるのだが、気持ちが悪い。
出られないというより、出ないほうがいいと感じる。
拒否感が全身を覆っている。
1ミリ動かせても1センチは動かせない。1メートルも動かしたら、なにか精神的に耐えられないほどの不快感に侵されてしまいそうだった。
「タッパさん?」
ガイルが言った。
バッツが右手でそっとタッパの首にふれた。
「こういうかんじでやってます」
手を引いた。
「……魔法か?」
スーサが言う。
ごく一部の人間だけが使える奇跡。
しかも戦闘に有効なものはほとんど滅びたと言われているが。
「さあ」
「おい、つまんねえ嘘つくな」
「嘘なんかついてないですよ」
「タッパはこんな冗談を言うタイプじゃねえんだ。魔法じゃねえなら、こんなことできるかよ!」
とバッツに向かおうとして、スーサの動きが止まった。
バッツは頭を下げた。
「あの、もう、剣とかいらないんで。あとこれも」
バッツはさっき手に入れたブラック・ベアの爪を地面に置いた。
「剣の代金になりますかね? じゃ」
「待ってくれ」
「ききたいことがあるなら父にきいてください」
「我々は強くなる必要があるんだ! 頼む!」
「ブラック・ベアは倒せるじゃないですか」
「いまよりも、強いブラック・ベアを、効率よく倒す必要があるんだ! どうしても!」
「効率? 僕は効率よくないですよ」
「いいだろう」
「だって、向かって来ないときは待つしかないですし」
「向かってこない?」
「たまにいるでしょう。ずっと突っ立ってるブラック・ベア。それのときは、待ってるしかないんで。だからやめたほうがいいですよ」
「そんなのいるか?」
スーサが言った。
誰も反論しない。
そのとき、ぱらぱらと木の葉に細かいものが落ちる音が聞こえてきた。
バッツの顔に雨粒が落ちる。
「じゃあ」
バッツは用意してきた雨具を身に着け、降っただろう? と言わんばかりにガイルをちらっと見てから、立ち去った。




