11 将来
翌日、放課後の訓練場にはタッパ班とスーサ班がそろっていた。初めてのことだった。
木剣を打ち鳴らす音が止まり、タッパは汗をぬぐって呼吸を整える。
「そういえば例の連絡がありました」
ガイルが言った。
「今年は、まちがいなく王都でブラック・ベア討伐大会が行われるようです。参加申し込みしますか?」
「賞品は変わりなく、か?」
「はい」
「頼む」
基本的には誰でも参加できる大会だ。
優秀者には賞金や賞品が出るのだが、その中に興味深いものがある。
英雄学校への入学資格だ。
「やっと英雄『教室』、から英雄『学校』に移れそうだなあ」
スーサは皮肉っぽく言った。
英雄教室に入ったときのタッパは、ついに英雄への入口に立ったとほこらしかった。
しかし、ここは別の入口だった。
タッパの中ではもう、魔道具指導を行う就職予備校でしかない。
「先生方は、おれたちの様子は把握しているだろう。つまり」
「くどい」
スーサがいらだたしげに言った。
「そっちの大会に出たら退学させられるってんだろ? いまさらなんだよ!」
「重要なことだ」
「おれたちが英雄学校に入りたきゃ、それしかねえだろ! あの、なんつったかあ?」
そう言ってスーサは生徒手帳を取り出した。
「ああこれこれ! 『英雄学校編入希望者は、教師が特別な評価をした生徒に対しては、推薦を行う』。ただし、いままで誰ひとり、そんなことしてもらったやつはいませんがね! けっ、くだらねえ!」
とスーサは床に生徒手帳を叩きつけた。
静まった訓練場に、ぱあん! という音が響く。
「まあよお。だからっつっても偽名や変装はやって損はないと思うぜ。バレなきゃ得だろ」
スーサは平気な顔で言う。
「それによ、英雄教室だって、おれたち優等生トップ2がそろって退学ってことになったら困るんじゃねえか?」
「あまい。ルールの方が大事なんだ」
「けっ」
「……バッツとかいう、あいつも誘うんですか」
ガイルが言った。
「そのつもりだ」
「あいつにその気があるかあ?」
その場の全員、昨日のバッツの様子を思い浮かべていた。
誰も彼の力を理解できなかった。
行動そのものは観察できた。
彼の主張は、相手の動かす腕や足を察知し、先に動かす、すると相手が、動けなくなるというのに近いくらい、動きにくくなる技術を用いている、というものだ。
しかし。
『相手がやろうとしていることをほんのすこし先に行う』
なにを言っているのか。
先ほどまでタッパたちが練習をしていたのはこれだった。
相手の行動などわかるわけはない。もちろん、いつも練習をしている相手なら、次になにをするのかという選択肢はお互い承知している。
しかし無理だった。事前に打ち合わせをしても無意味だった。
なにかつかめないか、と時間を過ごした結果、ぎこちない動きで剣を振り回し続け、ムダな汗を流すだけだったのだ。
「やっぱり魔法だったんじゃねえのか?」
気まずい空気を払うように、スーサが妙に明るい口調で言った。
「彼が魔法使いに見えたか?」
「どうだろうなあ?」
「魔法使いは貴重だ。魔力があるとわかっただけでも、一般生徒ではないところへ進学するだろう」
「まあな」
「強さに、興味がなさそうでした」
「あれだけのことができるんだ、興味がないわけはない」
そう言いつつも、タッパにも自信がなかった。
「戦っている気がないとか言っていたが……」
「てきとー言ってんだろ。おれたちのこと、気に入らねえみたいだったからよ」
「それはこちらの態度が悪かったからだろう」
「ふん。大会はいつだ」
「ちょうど10日後です。王都までの移動日数も考えるなら、あと自由な時間は5日です」
ガイルは言った。
「わかった。とにかく彼は重大なヒントだ。なにかつかむにはそれしかない」
賛成も反論の声もなかった。
放課後、バッツはホームルームが終わるとすぐに教室を抜け出した。
ビーンが走ってついてくる。
正門を出て、やっと速度をゆるめた。
「来てないぞ」
ビーンが振り返りながら言った。
「ああ、うん」
「迷惑なやつらだよな!」
ビーンは、校舎をにらむように言った。
タッパたちのことだ。
「学食までつけまわしてくるんだからよ! しかも、急に、お願いがあるんだ~、とか、申し訳無さそうにしやがって! えらっそうにしてたくせによ!」
ビーンが力強く言ってくれると、バッツは、自分がまっとうな反応をしているのだと思える気がした。
断り続けるというのは、気分が良くないものである。
ふと横を商店の軒先で元気よく声を張り上げている、バッツたちと同世代くらいの少年が目に入った。
愛想よく、やってくる客をさばいている。時間的に考えて、学校に通っていないだろう。
働いている。
「どうかしたか?」
「ビーンって、卒業したらなにをするかとか、決めてるんだっけ」
「うん」
「え?」
バッツは立ち止まった。
「進路を決めてるのか?」
「なんだよ。うちの宿屋を継ぐだろうな、ってだけだぞ? バッツだって薬草屋継ぐんじゃないのか?」
「うちは、そんなにもうかってないし、おやじも趣味みたいなもんだからお前は自分で進路考えろって言ってる。だから学校に行かせてるんだって」
「ふーん」
「ビーンは?」
「うちはさ、いろんな人間がいるって知っておくべきだから、学校に行けってさ。まあ人間の勉強と学校の勉強よ」
「そうか」
「なんだよ、どうした?」
「いや、なんでもない」
バッツの頭には、懸命な彼らの姿がちらついている。
将来。
バッツはその言葉を思い浮かべてみても、学校に通い、夜にはブラック・ベアの爪を回収する。
それ以外の一日が浮かばなかった。




