12 疑問
「おお、行くのか」
夜中、バッツが薬湯を飲もうかと調理場に顔を出すと、父が鍋の前に立っていた。
「まだ起きてた?」
「薬草を干すんだ。この品種は夜中がいいからな」
手際よく近くの草をひとつ、根元をひもで縛る。そのままいまの隣に別の草を縛り、ということを繰り返して列にする。
ずらりと並んだ薬草の束を壁のフックに巻いて留める。
また同じように繰り返すと、緑のカーテンができあがっていく。
薬湯を飲んだバッツは、ぼうっとそれを見ていた。
「どうした? 行かないのか」
手は止めずにバッツの父は言う。
「おやじ。ブラック・ベアってさあ。待つんだよな?」
「うん?」
「来ない場合は、相手が動くのを待つだけだよな?」
「どうだろうな」
「え?」
「それでもいいし、そうじゃなくてもいい。好きにやればいいって言っただろう」
「そうだけど」
「なんかあったか」
「いや……、早く終わらせる方法ってあるのかなって思ってさ。おやじはどうやってた?」
「やり方を教えてほしいのか」
「いいや。行ってくる」
バッツは家を出ていった。
森の中でバッツは、いつものようにブラック・ベアをしとめて爪を回収した。
しかし町にはもどらない。
剣は9本も持ってきていた。
このあたりだと決め、夜の空気を受け止める。
そうして2体目のブラック・ベアが現れた。
何度か移動しながら、5体目のブラック・ベアが現れたときだった。
自分から動いてこない。
バッツを見ているだけだ。
バッツもブラック・ベアを見ている。
こうなると長い。
冷たい空気を感じるだけの時間だ。指先が冷えてくるが動きが鈍るほどでないのは、毎日飲んでいる薬湯の効果でもあった。
近づいてこないブラック・ベア。
本当に動かなかったことなど一度もない。そのうち動く。
なぜだろう。
気温か、あるいは森の魔力量が関係しているのだろうか。
頭が冷える。
森の空気を吸う。吐く。
意識ははっきりしている。
すぐにでも爪を取れる。
何分でも何時間でも待てる。
細い風が吹いて、葉の切れ端のようなものが右から左へ、曲がりくねった軌道で飛んでいった。
バッツとブラック・ベアに変化はなかった。
なぜこの均衡をあたりまえだと受け入れていたのだろう。
なにかまずいか?
時間がかかる。
時間がかかったらまずいか?
そりゃ、早く帰りたい。
うーん。
でも、うまくいってるなら、余計なことしなくていいんじゃないか?
彼らはこんな経験はなかったようだ。
単にやり方の違いだろうか。
なんで今日気になったのだろう。
バッツは……。
急にブラック・ベアが動き出した。
後手にまわった。
しかしここにタッパがいたらそうは思わなかっただろう。それくらいわずかな間だった。
すでにバッツは対応している。
ブラック・ベアは止まり、バッツだけが動く。
さく、さく、と葉をふみながら進む。
バッツはブラック・ベアの首に剣を刺し、爪を抜いた。
ブラック・ベアが散る。
バッツはまだ考えていた。
いま、なぜブラック・ベアは動き出したのか。
「そうだ」
鼻をかこうとした。
……バッツが先に動いたから?
バッツは鼻をかきながら、驚きに思考停止。視線だけがきょろきょろ動いていた。
バッツは夜明けまで森にいた。
自分から動き出さないブラック・ベアがさらに3体も出た。
やはりバッツが無駄に動くと、ブラック・ベアが動きはじめた。
後手をとることになる。
大きな問題はなかった。
体になじんだ反射にまかせるだけだ。
「なるほど」
バッツは言った。
「ただいま」
「遅かったな」
朝になっても父は調理場にいた。
「ふわああ」
「学校行けよ?」
「うん。あのさあ」
「なんだ」
「動かないブラック・ベアのやり方、わかったんだ」
「ほう」
「こっちが先に動くんだろ?」
「ふうん。50点だな」
「は? なんで」
「ヒントをやろう。先に動くブラック・ベアも、動かないブラック・ベアも、同じだ」
「どこが」
「ちがうのはお前のほうだ。朝飯、作ってあるから食ってけ」
「え、なに? どういうこと?」
「詳しく解説してほしいか?」
「……いい」
「そうか」
バッツの父は、バッツに背を向けて、にやりとした。




