06 圧倒的
タッパ班の二人は即座に弓を引いていた。
ブラック・ベアの目に命中。
前足を振り上げ、かばうような動きをとりつつ、口が開いた。
「いただき!」
スーサは、チャンス到来とばかりに剣を抜き、ブラック・ベアの口の中に突きこもうとする。
「さがれ!」
タッパは叫んだ。
声に一瞬、踏み込み足が緩み、突きがあまくなる。
「邪魔を」
怒りに声を張り上げようとしたスーサだったが、突きがブラック・ベアの喉奥に到達するまえに口が閉じ、剣が噛み砕かれた。
ためらいなく突いていれば手首を噛み切られていたかもしれない。
スーサの頭をよぎったとき、ブラック・ベアの前足が振り下ろされる。
頭に受けたら終わる。
「おおお!」
スローモーションにも見える景色の中、スーサは必死でからだをよじった。
前足は耳をかすめて、肩の防具へ。
爪は当たっていない。が、関係なかった。
圧倒的な力が防具をひしゃげさせ、肩の骨を砕いた。
「おがっ……」
それでもスーサは気力で、ブラック・ベアに目を向けたままステップバック。
続けて真横に振りまわされた前足に反応してしゃがむ。スーサの頭上をかすめた。
スーサは後転しながら後退、振動が肩に響いて苦痛に顔をゆがめる。
遅れてスーサ班の弓がブラック・ベアの顔面をとらえた。
続けてタッパ班の二射目。
フォローを受けながら、スーサはなんとかタッパのところまで後退した。
ブラック・ベアはやみくもに前足を振り回し続けることはなく、じっと彼らを見ていた。
「他よりでかい」
タッパは言った。
スーサも気づく。全体にブラック・ベアの体格が違う。
口の中に突き出した剣が届かなかったのは、タッパの静止の声だけでなく、実際の距離的な問題でもあったのだ。
「撤退する」
タッパが言うと、スーサは冗談じゃないとばかりににらみつけた。
「勝ち逃げか」
「全滅するぞ」
「おい、あいつの視力を奪え! もう片目も潰すんだ!」
スーサの指示でスーサ班が矢を放つ。
残っていた左目に矢を受け、ブラック・ベアが前足を振り回した。
「これで視力は」
「よく見ろ」
タッパは言った。
なにを言っているのかと、タッパに言い返そうとしたスーサはぎくりとした。
ブラック・ベアの右目。
矢は抜け落ちて、すでに再生していた。
「まれにああいうのが出る。おれたちは撤退した。ギリギリだった」
「なら、おれが仕留めたらおれの勝ちだな!」
「まだ言うか」
タッパはポケットからあるものを取り出した。
授業で使っている魔道具だった。
「おい」
スーサが言う。
「命あってのものだろう」
筒状の器具の下部についているひもを引く。
ネットが射出された。授業中に使われたものだ。
空中で展開されたネットが、ブラック・ベアを上からふわりと覆った。
ブラック・ベアは、体にからみついたネットをつかむ。
魔力を帯びた金属の網だ。強度は抜群、ブラック・ベア相手にも試用を重ねた特製だ。
スーサは舌打ちした。
「これじゃあ英雄教室のやっていることを、正しいと認めてるようなもん……」
スーサがいいかけたときだった。
ブラック・ベアが、ネットを前足でつかんだ。
振り回す、しかしすっぽり覆ったネットは体に絡みついて取り外せない。
気づくや、ブラック・ベアはネットをしっかりとつかんだ。
前足を下に引くようにして、ネットを頭に押しつける。
ブラック・ベアが天に向けて大きく口を開いた。
ネットを噛む。
前足で引く。
ぎりぎり、ぎりぎりと金属が軋む音がした。
パン! とどこか間の抜けた音がして、ネットの一部が弾けるようにちぎれ、ブラック・ベアの頭がネットから突き出た。
さらに大きく突き破り、中から上半身が出た。タッパたちを見ている。
タッパたちからは距離5メートル。弓隊は10メートルほどあるが、安全圏とは程遠い。
「撤退だ」
「了解」
今度はスーサもすぐ言った。
全員、ブラック・ベアに背を向けて走り出す。
「うがっ!」
タッパの横でスーサがおかしな倒れ方をした。
脚をおさえている。近くには、折れた剣の柄が落ちていた。さっきスーサが噛み砕かれた剣の柄だ。
ブラック・ベアを見る。
石を拾っていた。
「石?」
ブラック・ベアが拾う? タッパは混乱した。
そして遅れた。
人間のようなスローイングではなく、地面の近くで手首のスナップを効かせるような動きだった。
暗闇を切り裂く石。視認できない。
「がっ」
スーサ班の弓隊のひとりがひざを抱えるようにしゃがんだ。
タッパが持っていた剣を捨て、スーサを抱えながら声を張り上げる。
「とにかく目を狙って時間を稼げ! その後、けが人を近くの者が抱えて退却!」
タッパ班が矢を放つが、ブラック・ベアは前足を上げ、深く前傾した。
分厚い毛皮と肉によって守られているブラック・ベア。矢はその表面をわずかに削ることしかできない。
対応されている。
まずい。
「おれを置いていけ。時間は稼いでやる」
スーサは言った。
見捨てることは合理的だ。
しかしだ。
英雄教室は、合理を目指した。
英雄ではなく兵士をつくる。
それを拒否したからタッパたちはこんなところにいるのではないのか。
実に勝手で、思い込みの強い判断だと思う。
だがタッパの考える英雄は、ここでスーサを見捨てたりしない。
「スーサを連れていってくれ」
「タッパさんは?」
タッパはスーサをおろし、弓の生徒の腰の剣を抜いた。
「おれが時間を稼いだほうが生存率が上がるだろう」
「おれたちも残ります!」
「そうじゃない。行く前に矢を頼む。両目を射抜いてくれ。おれはブラック・ベアを攻撃してそのまま横を駆け抜ける形をとる。全員が四方にバラければ生存率は上がるだろう。追われた者は、恨みっこなしだ。いいか?」
「はい」
タッパ班の二人が言い切ると、タッパは笑みを浮かべた。
ネットを完全に引きちぎったブラック・ベアは。
お別れのあいさつは終わったかとばかりに、退屈そうに見えたのは、タッパたちの考えすぎだろうか。
そのときだった。
ブラック・ベアと、タッパたちの間。
不意に、木の間から人影が現れた。
少年だ。
一般的な身長。
ブラック・ベアに対峙するにはあまりに小柄だった。
無造作に近づいていく。
ブラック・ベアも当然気づいている。
そちらに足を進めようとした。
だが、ぎこちない。
前足、後ろ足、どちらも、なにかしようとして、迷っているように、動かしかけて動かさない。
意味不明な行動というか、行動をとれていない。
あれは……。
その間に、すでに少年はブラック・ベアに手が届きそうな距離まで来ていた。
持っていた剣でブラック・ベアの喉を貫く。
ブラック・ベアの体がびくりと動き、目の光がうつろになる。
少年は刺さっている剣から手を離し、前足をつかんで、爪を引き抜いた。
ブラック・ベアは倒れる。そしてすぐ、霧のように消えた。
あとに残ったのは、腐食した剣と、爪を持った少年だった。
タッパが薬草屋で見かけた、彼だった。




