03 薬草屋
昼休みになると、タッパのところにひとりの生徒がやってきた。
「スーサか」
いつも挑みかかるような目つきでタッパに接してくる生徒だった。
「ようタッパ」
スーサはタッパの机に手をついて、見下ろすようにした。
「どうかしたのか」
タッパは視線を落とし、教科書を片付けながら返事をした。
なにも言わないので見上げると、そこでやっとスーサはポケットからなにかを出して机に置いた。
ブラック・ベアの爪の先端だった。人間の、人さし指の第一関節ほどの長さだ。
「これは……」
タッパの顔つきに満足したように、スーサは笑みを深くして、声をひそめた。
「ブラック・ベア。お前だけじゃねえんだ」
見れば、すこし離れてタッパを見ている生徒が二人いた。この三人、いわばスーサ班でやったということなのだろう。
昨日だろうか。タッパは雨の中、朝まで見張っていたはずだったが彼らを見逃したことになる。すでに発熱していたのかもしれない。
「ブラック・ベア? まさか夜の森に入ったのか? 危険だな。それに昨日は雨だったじゃないか」
白々しくタッパが言うと、スーサは鼻で笑った。
「二回、しとめたらしいな」
タッパはちらりと仲間の二人を見た。きまり悪そうに目をそらす。
「あいつらは、しゃべりたがらなかったけどよ、お前をバカにしたらペラペラ話してくれたぜ」
タッパは横を向いて咳をした。
それが咳払いというよりも喉の奥から響くような音で、スーサはけげんそうにした。
「カゼでもひいたか。めずらしい」
「まあ……」
「ぼやぼやしてると、おれたちが先に行っちまうぜ」
スーサはタッパの肩を軽く叩くと、教室を出ていった。
放課後、タッパは訓練を辞退し、大通りの武器屋に向かった。
タッパの顔を見ると店主はすまなそうな顔でやってきた。
「やあタッパ君、ごめんね、前に頼まれたあれ、まだ入ってないんだ」
「いえ、今日はそのことではなく、たまにはいろいろな剣を見てみようかと」
「タッパ君が欲しがるような剣は、どうかなあ」
店内は魔道具エリア、一般武具エリアと分かれている。高額商品は壁のフックを利用して目立つように飾られていて、だんだんスペースが狭くなり、商品がひしめき合うように密集していく。
タッパの見立てではさらに安い、セール品のエリアにあの剣はあるはずだった。
頭を下げ、タッパは奥に向かった。
大箱に、鞘に収められた剣が無造作に突っ込まれている。
一本100ゴールド、という札を二重線で消して、50ゴールドと上書きしてあった。
長さも太さもバラバラで、鞘にすら入っておらずむき出しだ。こだわりを持った人間が購入する剣ではない。
ひとつ、細い剣を手にとってみた。
記憶の中の剣。
似てるといえば似ている。
だがこれといった特徴はなく判別は難しそうだった。
「めずらしいもの見てるね」
店主がやってきた。
「ええ。剣を使い捨てて戦うようなシチュエーションも検討しなければならないかと思いまして」
「そうかい」
「こういう剣は売れるんですか?」
「タッパ君が言ったように、使い捨てる覚悟をする場合とか、あとは練習用かな」
「なるほど」
おおよそ予想通りだった。
やはり森に潜むしかないか。彼が日常的に森に行くのでなかったら、もう会えないことになってしまうが……。
「ああそうそう! 薬草屋が買っていくこともあるね」
「薬草屋?」
「うん。なんでも、どうせ腐食するから使い捨てるんだとか。変わったもんを切るらしいんだ。魔道具に腐食しないのもあるって言ったらさ、こっちがもったいないってさ」
店主は、人さし指と親指をつなげて丸をつくった。
タッパは礼を言って店を出た。
そして店主に教わった薬草屋へ向かった。
大通りから離れ、建物の間隔が広くなり、通行人の数も減っていく。
木々が増えてきたあたりに、その建物はあった。
家の壁から屋根にかけて植物のつるがからみついていて、薬草屋、という看板は半分埋もれていた。知らずに来たら空き家だと思っただろう。
なんとなく期待できないな、とタッパはため息をついた。
「こんにちは」
戸を開けながら中に入ると、室内は独特なにおいで満たされていた。タッパは反射的に息を止めてから、おそるおそる呼吸を再開する。
中は狭く、ベッドが3つ並ぶかどうかというほどしかない。
平台は区分けされ様々な草や、種、瓶詰めが置かれている。壁を埋めるように棚がならび、そこにもぎっしりと商品があった。
うかつに自分で商品を取ろうものなら、なにかひっくり返してしまいそうだ。
「ああ、いらっしゃい」
横の戸が開いて中年男性が姿を見せた。そのとき、においがいっそう強まった。
「こんにちは」
タッパの声を聞いて彼は、ん? と言った。
「カゼかい? それなら……」
男性は戸の奥にもどっていった。
カップを持ってもどってきた。
「ほい。これでも飲みな。学生さんだろ? サービスしてやるよ」
「これはどうも」
と受け取ったタッパは、店内に漂うにおいの正体がこれであることに気づいた。
黒ずんだ緑色の、どろりとした液体の表面で、ぼこり、と気泡がつぶれた。
湯気が上がり温かい。
男性はタッパを見ている。
タッパはなにも言えず、どうにでもなれと一気に飲み干した。
液体と個体の中間くらいのそれを飲むと、昔、訓練中に地面にはいつくばって土や草を口いっぱいに頬張ったことを思い出した。
「……ありがとうございました」
タッパはやっと言って、カップを返した。
「まずいだろ」
男性は笑っていた。
「いえ」
「でもカゼなんか吹っ飛ぶよ?」
「ありがとうございます」
金をもらいたいくらいの味だと思ったのは初めてだ、とタッパは内心思っていた。
帰りかけてふとタッパは、壁の商品のひとつに目がいった。
顔を近づけ、観察する。
「これは」
「ああ、ブラック・ベアの爪だよ。いろいろと使い道が」
「どうやって手に入れたんですか?」
言葉をさえぎるようにタッパは言った。
タッパは慎重に爪をつまんで持ち上げた。
長い。
タッパの中指と手のひらを足した長さよりもさらに長い。
先端は鋭く、タッパの親指よりも太い。
「根元がいびつだ。これは、戦いの中で剣が当たって折れたんじゃない。体内にあった状態……。つまり、倒したあと抜いた。だから手に入ったんだ。こんなに質の良いものが市場に流通しているのを見たことがない」
「あんた詳しいね。どこの子?」
「英雄教室に通っているタッパと申します」
「ああ、エリートさんか」
タッパはあらためて男性を見た。
背格好はあの生徒と似ているか。いや判断がつかない。
しかし間違いない。
やっと見つけた。
「あなたは夜中に、たったひとりでブラック・ベアを倒していますね」
タッパは言った。




