02 ズレ
午前中の校庭で、タッパが筒のひもを引くとネットが射出された。
ネットは空中で広がりすっぽりと、過不足なくブラック・ベアの模型にかぶさった。英雄教室が推し進めている道具開発のひとつだ。
「よし、見事だタッパ」
教師が言った。
タッパが一礼して列までさがり、持っている筒を興味なさそうに見た。こんなものの扱いに見事もなにもあるだろうか。
そんなものよりも。
頭の中は、昨夜の光景でいっぱいだった。
たったひとりでブラック・ベアを倒した少年。
顔がはっきり見えなかった。男だったはずだが、ブラック・ベアを倒すには小柄だった。
鍛えた女性である可能性を考え英雄教室の人間を確認したが、確信が持てる者はいなかった。
なぜあんなことができるのか。
敗北感、劣等感もあったが、それよりも大きいのは、とまどいだった。
明らかに、なにか特殊なことをなにかしていて、それがブラック・ベアの自由を奪っていた。
昼休みに入り、タッパたち三人、深夜のメンバーは食堂に向かった。
全生徒が利用する施設に入ると、一般生徒からの視線を感じる。噂話が聞こえることもあった。どうしても目立つ。
トレイを取り、料理をのせていきながらタッパは話しかけた。
「昨日の、見つけたか?」
「英雄生徒にはいないみたいっす」
「警備兵ですかね?」
タッパ班の二人はこたえた。
なるほど、とタッパは思った。
深夜の力試しという、危険な環境に身を置きたくなるというのはあり得ることだった。また、その実力を持っているとしたら、学校外なら警備兵くらいだろう。
そう納得しようとしていたが、昨夜の光景は、そんな単純なことではないはずだ、とタッパに語りかけてくる。
タッパたちは、あいている席についた。
「うっ」
近くの席の男子が、こわばった顔でタッパを見ながら席を立った。
誰だ。タッパの記憶にはなかった。
だがその隣であくびをしている一般生徒の顔が妙に気になった。
ちょうど食事を終えて立ち上がるとき、食堂で近くの席に座った生徒を見てビーンが顔をしかめた。
「どうかしたのか」
バッツは言った。
「昨日」
ビーンは、紙がこすれるようなかすかな声量で言いながらトレイを持って立ち上がった。
そうか、とバッツは思い出した。ビーンが廊下でぶつかった英雄生徒だ。
本人は覚えていないようだったが、近くにいる生徒が覚えているようでビーンを軽くにらんでいた。
「おい」
話しかけられ、ビーンはびくりとして体をこわばらせた。
「……な、なんでしょうか」
「そっちの」
話しかけられたのはビーンではなく、バッツだった。
「はい?」
「……ブラック・ベアと戦ったことはあるか」
「は?」
「いや、なんでもない」
二人は早足で食器を返して、食堂を出た。
「なんだ? いまの」
「さあ」
バッツはあくびをした。
夜になると雨が降り始めた。
タッパはひとりで雨具をまとって森に出かけた。
音を立ててしまうがそれ以上に雨の音が大きく、すべてかき消された。
昨夜よりも早い時間からタッパは森の端にひそみ、ブラック・ベアの出現に気をつけながら、町からやってくる人影を待った。
ここにいれば町から来る人間はすべてわかるはず。
タッパには、少年の行動が日課であるという予感があった。
あまりにも、さりげなかったからだ。
毎日通る道、毎日水をあげる花、毎日収穫する作物。
彼にとって、ブラック・ベアを倒すことが、そういったものと同等に思えた。
朝まで我慢するつもりだと決意していた。
しかし太陽がのぼっても、誰も現れなかった。
そうして二日続けてタッパは森に潜んだ。人影は現れなかった。
三日目など、かなり気温が低下し、体は震えていたがタッパはその場を離れなかった。何度も何度も、少年がブラック・ベアを倒す光景を思い出した。
不鮮明だった光景が、何度も思い出すうち、だんだん鮮明に感じてくる。だが肝心な少年の顔はいつまでも鮮明にはならない。
なぜか浮かぶ顔はあった。食堂で見かけた生徒だ。
しかし彼は一般生徒だ。ブラック・ベアを単独で倒す力があって、一般生徒にとどまり、誰にもそのことを明かそうとしない。そんなことがあるか? 意味がわからない。
そのはずだ……。
しかもブラック・ベアを倒したあと、剣は腐食しているようだった。ならば魔道具でないどころか、最低限の表面処理も行われていない安物だ。使い捨てているのではないか……。
「あっ」
タッパは思いついた。
使い捨てているのであれば、また買いに行くのではないか。
武具屋で聞き込みだ。すがるような気持ちでタッパは考えた。
日中、廊下でビーンが言った。
「バッツ、最近あくびしてないよな」
「え?」
「いつもしてるからさ」
「ああ。三日前かな? 雨が降るって聞いたから、まとめて家の手伝いしたんだよ。夜にやってるやつ。だから眠くない。今日からまた眠いけど」
「ふーん。手伝いってなんだよ」
「うーん。魔物退治かなー」
バッツが言うと、ビーンは笑った。
「大げさにいいやがって! 害虫駆除とかそんなもんだろ!?」
「まあ、そんなもんかもなー」
それよりも、とバッツは、いまの眠さについて力説しはじめた。




