29 前日
「っしゃあ!」
夕方、掲示板が設置されるという広場に行くと、ちょっとした人だかりができていた。
バッツはためらったが、スーサはその中に力づくで入っていくと、声を上げて、もどってきた。
「どうだったと思う?」
誰が見ても予選が通過だったとわかった。
「かんぱーい」
バッツたちは、酒場でグラスを合わせた。
スーサがうまそうに喉を鳴らす。
「っかあー!」
「お酒飲むわけじゃないんですね」
中に入っているのは、ビール、に見立てたお茶だ。
「あたりまえだろうが。明日は大会だ」
スーサは言った。
「じゃあ、明日じゃなかったら飲むんですか」
バッツが言うと、タッパが代わりにうなずいた。
「スーサは貴族の五男なんだ。パーティーがあれば酒も飲めなければならないらしい」
「へえ」
バッツが興味なさそうに言うと、スーサが、くっくっくっ、と笑った。
「ちょっとは興味持ったほうがいいぜ」
「はい」
気持ちの入っていない返事に、また笑う。
「まったく、お前がうらやましいぜ」
スーサが言った。
「なにがですか?」
「なにがって、ふっ。そりゃそうだろう。英雄学校にスカウトされたり、気分次第で辞めて、一般枠で大会に出たり。好き放題じゃねえか」
「僕は、二人がうらやましいですが」
バッツが言うと、スーサは笑みを引っ込めた。
「……そりゃどういう意味だ?」
声も低くなる。
「どうって、そのままですが」
「どういう意味か、聞いてんだよ!」
スーサがテーブルを強く叩くと、店内に響きわたった。
会話が止まる。
「……はいはいお客さん、テーブルはうちの店のものですから、手荒に扱わないでくださいねー」
ふっとやってきた女性店員が、軽い調子で言うと、すぐタッパが謝りスーサも頭を下げた。
「すいませんでした」
スーサが立ち上がって各方向に頭を下げると、店内にざわめきがもどった。
「僕には、特に目標っていうものがないので」
バッツがそのまま話にもどったので、一瞬スーサは聞き逃しそうになった。
「なに?」
「僕を高く評価してくれてるみたいですけど、僕は別に、英雄学校でも大したことはなかったんですよ。英雄学校での目標なんてないから、きっと、二人が英雄学校に入ったらどんどん僕よりもすごい人になるんじゃないですか? 目標があるから」
バッツは淡々と言いながら、細長く切られて揚げたポテトを食べた。
「いや、入れなくてもかな。これおいしいですね」
「お前な」
「そうだ。なんか、予選の通過者が減ってるって言ってなかったですか」
掲示板の近くで漏れ聞こえた話だ。
大きなブラック・ベアの数が多いとか、大怪我をした参加者が増えているという。
「魔力を森に多く流してるから、らしいが」
「それって今回だけですか?」
「いや」
「だったらおかしいんじゃ? あと、夜はどうなってるんですか?」
「夜? 夜は立入禁止だ。出現率が大幅に上がってるからな」
「いえ、じゃなくて、夜はどういう状態なんですか?」
「そんなことは知らないが」
「気にならないんですか? 昼間が出やすい状態なら、夜はどうなってるか、とか」
「森からは出てこないようにコントロールされてるらしいぞ」
「じゃあ、ブラック・ベアだらけでぎゅうぎゅうですか?」
バッツは、ブラック・ベアがひしめきあっている森を想像した。
「森って、いま行けますかね。近くだったし、勝手に歩いてけばいいような。それで朝まで待っててもいいし」
バッツの言葉に、二人は半ば呆れていた。
「お前、そんなことできねえよ」
「なんでですか」
「そんなの許したら、大会当日、本来はいないはずの人間がいることになるだろ。不正の余地ができるじゃねえか」
近い距離でも馬車で移動するのは、そういう、人間の動きを管理するためなのだろうか。
「ブラック・ベアが、うろうろしてるのって見たことあります?」
「ないが」
「じゃあ……。人間がいなければ、ブラック・ベアって現れないんですかね」
「なに?」
「なんでもないです」
バッツは言って、無言で食事をした。
その様子を見て、タッパとスーサは肩をすくめた。




