26 高価
「あのーすいません、ブラック・ベアの爪を買い取ってくれるって聞いたんですけど」
王都にもどったバッツは、馬車乗り場の近くにあった特設商店に入った。
特設といっても、建物自体は以前からあるもののようだ。
大会前専用に看板を付け替えられ、王都公式ブラック・ベア買取所、と大きく書いてあった。
「はいどうぞ」
ハキハキした声が返ってきた。
店は狭く、カウンターがあって店員はひとりいるだけだ。かといって雑なわけではなく、しわのない服に、髪も整っており、王都の紋章らしいものが服にあしらわれていた。
笑顔と白い歯が印象的な女性だった。
「ええと、これなんですけど……」
バッツは袋をカウンターに置いた。
「英雄学校の生徒さんですか? ええっと、お名前は?」
名簿のようなものを出してくる。
「あ、まだ練習生で」
バッツはさっきのやり取りを思い出して言った。
「ああ! この時期に、めずらしいですね」
「爪の買取りなんですけど……」
「はい確認しますね」
バッツは無造作に一本目の爪をカウンターに置いた。
まるまる一本の爪に、彼女が、はっ、と息をのむ。
わずかに根元が欠け、かけらがカウンターに落ちると彼女は、ひっ、と小声を出した。
「二本しかないんですけど」
そんな様子にかまわずバッツは二本めも無造作に置こうとすると、彼女は両手で受け止めるように
、素早くカウンターと爪の間に自身の手を差し出した。
「あの! 傷がつきますので!」
「傷? ああ、すいません」
カウンターの傷が気になるのだろうと、バッツが爪を取り上げて袋に放り込むと、爪がぶつかり合って中で高い音を出し、彼女は、ひいいっ、と声を出した。
「気をつけてください! 高価な品物なんですから!」
彼女はカウンターから出てくると、バッツから袋を受け取って中に入っていき、ふかふかの布が敷かれた箱を取り出した。
そこに、慎重に取り出した爪を置く。
「このサイズ……。すばらしい……!」
爪に向けていた、大きく開いた目をずいっとバッツに向けた。
「ど、どうも」
「コレクターの方ですか?」
「さっきとったんですけど」
「は?」
無言で見つめ合う。
「僕が、さっき、ですけど」
バッツはもう一回言った。
「ボクガサッキ? という地名はどこですか? もうすこし詳しくおっしゃっていただけますか?」
「え? 僕が、さっき、王都の近くの森で、ブラック・ベアから抜き取ってきたものです」
バッツははっきりと言った。
「……」
女性はいったん天井を見て腕組みをした。
「え、あなたがこれをたったいま?」
「はい」
「すばらしい。すばらしい!」
大きな声で言うと、手を叩き始めた。
「え」
「すばらしい!!!」
「どうも」
「さすが、こんな時期に練習生になるだけのことはある、うん。こんなものをいつも!? 」
「言われてみれば、いつもより大きなブラック・ベアだったかもしれません。ちがいはあるんですか?」
「もちろん!」
女性はカウンターを飛び越えるようにバッツの前に来た。
「いいですか? まるごと抜き取られた爪というのはそれだけで貴重ですが、さらに! わずかに大きくなるだけで飛躍的に価値は上昇するんです!」
「じゃあ、これを売ったら帰りの交通費になりますか?」
「どこまででもどうぞ!」
そのときだった。
思わぬ顔が店に入ってきた。
「タッパさん?」
バッツが言うと、タッパがぎょっとしたように足を止め、バッツを見る。
「お前……」
「いらっしゃいませ」
女性の声にはっとして、タッパはカウンターに向かった。
「これを」
タッパは手持ちの袋から爪を出した。
「ああ、これもすばらしい」
女性はうっとりと見つめる。
一本、欠けのないしっかりした爪だった。
「これで大会にエントリーできますか」
「大会参加希望者ですね? ええ、もちろん」
「エントリー?」
バッツは言った。
女性がなにか書き始めたので、タッパが振り返って小声で言う。
「君の店に売っていたものを買わせてもらった。スーサの資金力に物を言わせてしまったよ。早めに来て練習をすることにした」
「大会に出るんですか?」
諦めたと聞いていたが。
「君も参加するようだな。爪を出したんだろう? おれが持ってきたよりも立派な」
「爪を出せば大会に出られるんですか」
「ここはそういう受付だ」
それもそうか。
「でも、大会なんて……」
バッツは言いかけたが、そのとき森の様子が頭によぎった。
町の近所の森とは全然ちがっていた。
言い方はおかしいが、あんなにブラック・ベアが気軽に出てくるなんて。
もうすこしじっくり見てみたい気もする。どうせ二度と来ることはないのだ。いましかチャンスはないだろう。それに、そんなに質のいい爪が高く売れるなら、使い続けられる剣を買えるかもしれない。父へのお土産だって買えるだろう。
当日までは身を隠したほうがいいか。
「大会、出ます」
バッツが言うと、タッパは満足そうにうなずいた。




