22 編入
「バッツ君はこの部屋を使っていいよ」
案内された建物の、一階の一番端に連れていかれた。
奥に長い部屋で、ベッド、机、一番奥に窓がある。いつの間にか外は真っ暗だ。
「もうすっかり日が暮れてるね」
ダジュは言った。ここがだめだったらどこに泊まれたのか。もうすこし時間の余裕を持ってほしい。
「この部屋、いくらですか?」
「え?」
「無料だよ。朝、昼、夜の食事は食堂で勝手に食べていいからね」
「え? え?」
「明日の朝迎えに来るから、食堂の利用法を教えるよ。今日はもう寝たいだろう?」
「え? ……え?」
無料であることを期待していたものの、受け入れる準備はできていなかった。
「いや、無料って」
「気にしなくていいんだよ」
ダジュは微笑み退室していった。
どうしようか。
世の中に無料の宿なんてないだろうから、つまり、ダジュが払ってくれている?
それななんだか悪いな。
といったん思ったが、あの乗り心地の悪い馬車についての説明もなかったし、ゆったりと休める宿を一日分くらいは用意してもらっても問題ないだろうという気もしてきた。というより、そうすべきだ!
バッツは、ベッドに横になって考えていたつもりだったが、すぐに眠ってしまった。
「みんな、紹介するぞ!」
翌朝、食堂で、遠慮をしながらパンとベーコンとスープを食べたバッツは、すこし休んでからダジュに誘われるままに向かった先。
それは教室だった。
ずらりと学生が着席していて黒板の前にはパワーがいて、気づけばバッツは名前を紹介されていた。
ダジュは席についている。
バッツは、人数的には20人ほどしかおらず、ひとクラスとしてはすくない人数だと思った。なのにあまりすくなく感じないのは、体格の差だろうか。細い、華奢、と感じる人はひとりもいない。女子生徒は制服で体つきがわかりにくい気がしたが、首が太い。
そして、バッツの横に立っているのは、昨日のパワーだ。
「編入生のバッツくんだ!」
「編入?」
「そうだ。席は窓側の一番うしろが空いているぞ!」
パワーは言った。
「編入っていったら、その、転校とか」
「そのとおり! 君は今日からここで学ぶということだ」
「はえ? あの」
バッツのとまどいに、パワーもとまどっていたが、にっかりと笑った。
「なに? 将来の方向性に悩んでいるんだろう? なにかきっかけを探していた。ブラック・ベアを倒せるという特技も活かしたい。うってつけじゃないか! そうだ、学費はいらないから安心していいぞ!」
「……??」
また無料?
なにをどう反論していいのかわからなくなって、バッツはいったん、言われたとおりの席についた。
席に座ると、隣の女子が話しかけてきた。くりくりした目でまっすぐバッツを見ている。
「おはよう。バッツ君でいいんだよね? わたし、リルラ」
「お、おはよう」
「荷物なんにもないの? 見せてあげるよ」
彼女は机を引きずって側面を合わせると、境界線に教科書を置いた。
「ありがとう。でも……」
バッツは声をひそめた。
「これがホームルームで、このあと授業が始まる?」
「そうだよ」
「もしかして、英雄学校?」
「そうだよ?」
「あの……。僕は、その、王都で泊めてもらうところを探していただけなんだけど、気づいたらこんなところにいて。どうしていいか……」
バッツは彼女の反応を待った。
そうだ、今夜の宿は探さなければならないだろう。ダジュにばかり頼むのも悪い。彼女に、知っている宿がないかきいてみるか。
彼女はうなずいて、ちょっと考えるような顔をしてから、にやりとした。
「俺、ただの一般人だから……、みたいなやつ?」
「え?」
「まあ、人生で一回は、やりたくなるよね。英雄学校に編入だもんね。この時期に編入なんてすごいよ」
彼女は満足そうにした。
「この時期?」
「知らない? 一年の終わりには9割退学になってるの。20人ちょっとかな? いまは、成績のいい人しか残ってない時期だから。バッツ君だっけ。そんな時期に入れるってことは、結構な実力ってみんな思ってるよ。あ、退学になってもいい仕事とか学校とか紹介してもらえるから安心してねー」
リルラは、うんうんとうなずきならぺらぺらとしゃべると、バッツの肩を軽く叩いた。
「あ、ちが、本当に僕はただの一般人で。実際に一般生徒として学校に通ってるわけで……」
バッツが言うと、彼女はちょっと困ったように笑う。
「わたしは平気だけど、あんまり続けてると感じ悪いからやめておきなよ? 怒る人もいるかも。ほら、ぼくまたやっちゃいました? って言われてもさ。やっちゃってるじゃない? 人間関係的に」
彼女は口の前に人さし指を持っていって、小さくバツをつくった。
なにがなんだかさっぱりわからない。
「バッツ君は、ブラック・ベアの大会の学内予選には出るんでしょ?」
「学内予選?」
「出られるのは3枠だけだからさ。もうほとんど決まっちゃってるけど、挑戦はしていいんだよ。初回挑戦は絶対受けてもらえるからさ」
「挑戦……?」
「え、ブラック・ベアを倒したことはあるんだよね?」
「それは家の手伝いでやってるよ」
「普段はどんな感じのチーム構成でやって……、家の手伝い? 家族とやってるの?」
「うん。ひとりだけど」
リルラは、はっ、と息をのんだ。
パワーが、そうだ、と教壇で大きな声を出した。
「大会参加の第4枠を設定することにした。いったん、枠はバッツ君に与えるぞ! さ、みんながんばってくれ!」
パワーの言葉に生徒たちの表情が変わった。
「まだワンチャン……?」
「先生! 第4枠の人も、1度は挑戦を受けなければならないんですよね!?」
「もちろんだ!」
リルラの表情にもすっかり笑顔がなくなって、観察するような視線に変わっていく。
バッツはといえば、知らないものを知らない人たちだけで納得しないでほしいという気持ちだけだった。




