19 順調と逆境
「おはようございます」
翌朝、まだ朝もやが出ているころ、バッツは荷物を背負って馬車乗り場に現れた。
すでにダジュとアースラが待っている。バッツを見て手をあげた。
「おはよう。荷物はそれでいいのかな?」
「はい」
馬車は布製の屋根がついていて、乗り込むと中は荷物が半分ほどを占めていた。それでも、三人が乗り込んでもゆったりとスペースには余裕がある。
「座席があるんですね」
バッツは言った。荷台が、単に板張りの荷馬車しか見たことがなかったからだ。
座椅子のような形をした席が4つある。布製で、軽く触るとソファのようにやわらかだ。背もたれはソファよりも開いていて、ベッドをやや起こしたような角度だ。
「これがあるとないとじゃ、疲れが違うからね」
そう言ってダジュは座ってみせた。
足を伸ばしたままでも座ることができる。実際に体をあずけるともっと背もたれが倒れて、半分横になっているようでもある。
「たしかに楽そうですけども」
「できるかぎり止まらず行きたいんだ」
かなりの距離があるはずだが、できるかぎりと言っている。気持ちの問題だろう。
「馬は途中の町で交代するよ」
「そういうものなんですね」
馬も疲れるのだろう。
「出発してください」
ダジュが声をかけると、馬車が動きはじめた。
かるく車体を揺らしながら、柵に囲まれた馬車乗り場を離れ、ゆったりと町を出た。
街道に入る。馬車がすれちがうこともできる広い道だ。
「馬車は初めてかい?」
「あまり町の外に出たこともないです」
「ずっとこの町で暮らしてるの?」
「はい。特に不便だとか、遠くに行きたいとか思ったこともなかったので」
「それでも王都に行きたいと思ったんだね」
「はい」
「そう」
ダジュは、どこかうれしそうだった。
「あの」
「なんだい?」
「なんか速くないですか?」
バッツは前方、手綱を握っている御者の先の景色と、座席の後部を覆う布が揺れ、見える景色を見比べていた。
みるみる馬車は速度を上げている。
平坦に整備された道だというのに車体はガタガタと揺れ、バッツの体も揺れていて、思わず手が座席を握っていた。
「馬車ってもっとなんてうか、パカパカ、ゆったり走るものじゃないんですか?」
「ああ、それはもっと近所を行く荷馬車じゃないかな。明日には王都につきたいからね」
「あ、明日? もっとかかるんじゃないんですか?」
「この速度なら問題ないよ」
「ええと、うっ」
バッツは体を支えた。
「慣れてないと、揺れるだろう? ああ、むしろ力を抜いたほうがいい」
「でも」
「脱力してごらん。だいじょうぶ、座席の形は、放り出されないようデザインされてるから」
言われたとおり、席の肘掛け以外にも、足や肩など、どこか包み込むような形をしているのはバッツも感じていた。
横のアースラを見ると、なんとぐっすり眠っている。
たしかに体に力は入っていないが、車体の揺れに合わせて体も揺れている。彼の体でああなのだから、バッツなど寝ていられないだろう。
「夜もここで寝てもらうよ。食事はもう買ってある。そっちの荷物にパンと肉が入ってる。水で溶かせば飲めるスープもあるけど、ちょっとクセがある味かな」
ダジュは荷物の説明を始めた。
バッツは、この馬車に乗ったことをすこし後悔し始めていた。
部屋がノックされた。
タッパが出てみると、スーサがいた。なにか言いたげに感じられるが、なにも言わない。
「どうかしたのか」
仕方なくタッパは言った。
「おれは英雄教室、辞めるわ」
スーサが言った。
「なに?」
「くだらねえ。心底。おれたちは命を張ったんだ。それが、危ないからやめなさい、で終わるとはな。しょせん、学生の遊びとしか思われてねえ」
昨日、タッパたちは教師たちに呼び出され、かんたんな話があった。
タッパやスーサが考えていたこと、とっていた行動は知っている。その上で、あの、本当の英雄生徒たちに勝てると思うか、という内容だった。
勝てると即答したところで、強がりとしかとられないだろう。つまりなんの意味もない問答だ。
「それは」
「それとな」
スーサはタッパの胸ぐらをつかんだ。
「一番がっかりしたのはお前だ、タッパ」
服を引きちぎらんばかりにスーサは手に力を込めていた。
「お前も、ひとりでもやる、くらい言うと思ったがな。……もうここにはなにもない。なにもな」
「そうか」
「ふん」
スーサはタッパを押しのけるようにした。
タッパが数歩後退する。
つまらなそうに見て立ち去ろうとしたスーサは、部屋の奥に立て掛けてあるものを見つけて立ち止まった。
目をこらす。槍だ。それはわかる。
だが横の剣と比較して異様に大きい。
スーサは導かれるように部屋に入っていった。
「なんだこれは」
スーサは、壁に立てかけてる槍を持ち上げようとして重さに驚いた。
バランスの問題ではなく、両手で持ち上げなければ無理な重量だ。それに長さが3メートル以上ある。太さもスーサの手首より太い。
武器というより、荷物を抱えるような持ち方になってしまう。
「それでブラック・ベアをやる」
タッパは言った。
「なに?」
「弓のサポートがなくなったからな。いきなり近づくわけにもいかないだろう。距離と、威力がいる。その槍ならどうかと思ってな」
スーサは槍を見る。
俊敏な動きは難しい。素早く突ける重さでもない。
「魔法剣などないし、威力があって、中距離から攻撃できる方法を考えた結果だ。まあ仕方ない」
スーサは力を込めて持ち上げる。
「冗談みたいな重さじゃねえか。どこから持ってきた」
「武器屋でホコリをかぶっていた。破壊力は重さと速さだ」
「速さが出せないだろうが」
「高く掲げて、頭に振り下ろして速度と重さを稼ぐ」
「タッパ。お前が使えるのは普通の槍だろう」
「大会までの練習をする」
「時間がない!」
「どうとでもする」
スーサはため息をついて、大きく首を振った。
「バカだ。お前は」
「そうだな」
「……もうひとりバカがいたらどうだ」
タッパはスーサを見る。
「二人で突けばもっと速度が出せるだろう。単純な腕力ならおれのほうが上だ。いきなりうまくやれるっていうわけにはいかないが、これでブラック・ベアの脳天をぶち抜いてやる。それに、うちの馬車を出してやるよ。馬を休まず走らせてやる。王都まで二日だ。もっと練習ができる」
「そんなに早くつくはずが」
「つくんだよ。到着するまで走り続けるバカみたいな馬車があるんだ。庶民は知らねえだろうが」
スーサは笑った。
「今夜から実践だ」
「いきなりは危険だ」
「危険は承知だろうが。それに、しっぽを巻いて逃げたあいつらに弓のサポートをさせりゃいい。おれたちが死ぬことだけはないようによ。大会には出られなくたって、喜んでやってくれるだろうが」
スーサは笑いを引っ込めた。
「ぶっ潰してやろうぜ」
スーサの言葉に、タッパはうなずいた。




