17 分岐点
そう言われなかったが、やらないと終われない雰囲気だったので、バッツは仕方なくもう一頭ブラック・ベアを倒した。
チリのように消えていくブラック・ベアだったものが、妙にバッツにまとわりついて感じた。
「……バッツ君。魔道具で、あるんだよ。ブラック・ベアの動きを止めるものが」
ダジュは困ったように言った。
「それは便利ですね」
「でも君のは。たしかに魔道具ではない……。魔力も感じない……」
ダジュが手元、懐中時計のようなものを見ながら言った。
ダジュが顔を上げ、バッツをじろじろと見た。
「君は、本気で、進路に悩んでいるのかい?」
「え? そう言いましたよね」
ダジュは、何度か言いかける。
「……バッツ君。よかったら王都に来るかい?」
その瞬間、タッパとスーサが目をむいた。
「王都?」
「ああ。そこでぼくらは」
「ちょっといいか!」
アースラは腰から棒を抜いて、バッツに手招きした。
「はい?」
「やろう!」
「やろう?」
アースラはバッツに向かって棒を構える。
ブゥン、と低い音がして、光の剣が浮かび上がった。
「え?」
「君の技をもう一度やってみせてくれ! やらないと、たたっ斬ってしまうぞ!」
アースラが嬉々として歩きだした。
バッツはダジュをちらりと見たが、諦めたような顔をしている。
それでは困る。バッツは、ダジュとは違ってアースラに関しては、コミュニケーションが成立しないかもしれないと疑っているのだ。
バッツは急いでアースラの動きを止めた。
「む?」
バッツは一歩ずつ、ゆっくりと前に出ていく。
急いで終わらせよう。
アースラから目を離さないようにしたまま枝を拾った。
あと5メートル、4メートル、3メートル。
動きを止められたアースラにせまるバッツが、枝をアースラの首筋に近づけたときだった。
こつん、と頭になにか当たった。
意識が逸れる。
その瞬間、にゅっ、とアースラの剣の先端が伸びてバッツの眼前に迫った。
「うわっ」
バッツは思わずのけぞる。
そのとたん、アースラは急接近。
バッツが動きを止めようとする前に視界から消えると、抱えあげて肩車した。
「はっはっは! わたしたちの勝ちだ!」
アースラは笑いながら走る。
バッツは振り落とされないようアースラの頭にしがみついた。目隠しに近いくらい視界をさえぎられたのにも関わらず、アースラは笑いながらぐるっと走ってくると、しゃがんでバッツをおろした。
腕を軽く動かし、投げるマネをするダジュが、バッツを見て笑っていた。
「君の技はおもしろい、だが経験不足だ! 無敵なんて言えないぞ? はっはっは!」
「いや、別に、無敵なんて……」
「うん?」
アースラは、おいおい、と肩をすくめた。
「いまのは油断しただけだ、お前なんて楽勝だ! すぐにでも無敵になってやる! と返すところだろう!」
「え?」
「たしかに、一対一なら、わたしは死んでいただろう! 非常に、非常におもしろいじゃないか!」
アースラはバッツの背中をバンバン叩いた。
「つっ、は、はあ」
「バッツ君」
ダジュが言う。
「君……、英雄学校に見学に来るかい?」
「英雄学校って」
バッツはタッパを見た。
「どうも君は、わかってないことが多すぎるようだ。きっと英雄教室では、君を持て余してるんじゃないかな?」
「英雄教室」
「進路について困ってるというのも嘘ではなさそうだし、ここは」
ダジュが言いかけたが、アースラが大あくびをする。
「眠いな! 帰るぞ!」
アースラは、問答無用とばかりにダジュの腕をつかむと、引きずりそうなほど強引に歩きはじめた。
「ちょ、アースラ! 待て!」
「はっはっは!」
二人の背中が離れていく。
昨日までのバッツだったら、そのまま見送っていただろう。
いまでも英雄になりたいわけではない。
なりたいわけではないから?
バッツの中で奇妙な矛盾を感じながらも、彼らに向かって言っていた。
「その話、もうすこし聞かせてください」
アースラたちが振り返った。
「いただきます」
数時間後、朝になり、バッツは父と朝食をとっていた。
「あのさあおやじ。王都まで行ってもいいかな。来週いっぱいくらいだったと思うんだけど」
「ん?」
バッツの父はパンの上から落ちそうになっている半熟卵から、バッツに視線を移した。
「なんだ?」
「ちょっとさ。王都の学校に通ってる人と知り合ってさ。その人が、帰るときに馬車にのっけてってもいいっていうんだ。それだと、片道の交通費がかからないから、行くならお得だなって思って」
「なんかあるのか」
「……やっぱり、やめとこうか」
「なんだ。言ってみろ」
「大会があるとか、言ってて」
「なんの」
「ブラック・ベアを倒す大会だって。成績がいいと、いろんな商品がもらえたり、英雄学校に入れたりするんだってさ」
「お前、英雄学校入りたいのか」
「そっちは興味ないんだけどさ」
「ないのか」
バッツの父はふっと笑った。
「なに?」
「いいぞ」
「え?」
「なんだ」
「そんなあっさり」
「別にいいだろう」
「何日かかかるかもしれない。その間、ブラック・ベア狩りは休むことになるけど」
「それはやっておく」
「え。じゃあ、いいの?」
「言ってるだろうが。王都だろう? 帰りの交通費なら出してやる」
「いつもはケチなのに」
「たまにはな」
どんな面倒な話になるだろうと思っていたバッツは、拍子抜けしてしまった。
「お前がそんなことを言うのはめずらしいからな」
バッツの口にしていない疑問に答えるように、父は言った。
それがうれしいような、居心地が悪いような、不思議な気分だった。




