15 進路
「友だち?」
ダジュはバッツを見た。
言えよ、と小声でビーンがうながす。
「あの、いきなりすいません。僕はこのビーンと同じクラスの生徒なんですけど、実は、進路について考えていて……」
「進路?」
「はい。それで、英雄学校の人はすごいと聞いたので、どんなこと考えて進路を決めたか、ひとこともらえたらと思ったんですけど」
言いながら、バッツはいまにも回れ右しそうな逃げ腰になっていく。
ダジュは笑顔で首を振った。
「それならかんたんだ。そういう問題の答えは、いつだって君の中にあるものさ」
「でも、別にないんですけど……」
「あまり他人の言葉に左右されすぎないほうがいい」
ダジュは言う。
「特に、やりたいこと、なんていうのは難しくてね。やりたいことの中にもやりたくないことは含まれているし、逆もそうだ。つまり」
「つまり?」
「自分はなんだったらやってもよくて、なんだったら耐えられないのか。それくらいシンプルに考えればいいと思う」
ダジュの言葉は、バッツの思いもしないことだった。
バッツのなにかが、ふっと軽くなった。
「あの、ありがとうございます」
バッツは深く頭を下げた。
「もちろん、よりよく考えることは、ぼくも忘れてないよ?」
ダジュがいたずらっぽく言うと、バッツは目をパチパチさせた。
そのとき、うっ、とビーンが低い声を出した。
ダジュも顔をしかめる。振り返って部屋の中へ呼びかけた。
「アースラ! こんなところで薬湯を出さないてくれ」
自然と、ダジュの視線を追うように部屋の中を見るバッツ。
中央にテーブル席があり、奥にはベランダに通じる窓があった。それが開いているにも関わらず、薬湯の強いにおいが入り口まで漂ってくる。
「もしかしたら、腐っているというのは気のせいかもしれないと思ってな」
アースラは、水筒の中をのぞいていた。
「あとで捨てるんだ、宿中の迷惑になるからやめてくれ!」
「もっともだ」
アースラは、なぜかウインクをした。
「はやくふたをしてくれ」
「その薬湯、まだ使えるかも」
バッツは言った。
「あ、こいつ、薬草屋の息子なんです」
ビーンが言う。
「いや、しかしこんなにおいがしていては」
「いつ買ったものですか?」
「四日前だ。低温で保ってあるのに腐ってしまった」
「見てもいいですか」
うなずいたダジュを見て、バッツは部屋に入っていった。
水筒を手にとって、手のひらにすこしだけ出した。
それをなめて、うなずく。
「これは常温のほうがいいかな。買ったとき、言われてませんか?」
「あまり熱くすると菌が死ぬとか言っていたが」
「冷やしすぎてもだめなんです。魔道具ですか?」
「低温で保てる水筒だ」
「そんなものを使うと思わなかったのかも……」
「飲めるのか?」
「飲むと、下痢とか、吐き気とかすると思います」
「君、飲んだじゃないか」
「慣れてるんで」
「捨てるしかないようだな」
「焼けば使えますよ」
バッツが言うと、ダジュは意外そうにした。
「しかし、熱くすると菌が死ぬと」
「死にますけど、半分くらいの効果は一週間くらい残ります」
「なら」
ダジュは荷物から小さなフライパンを取り出すと、その上に薬湯を流した。
手元でなにか操作すると、みるみるフライパンが熱されていく。
薬湯から焦げがにおいがしたと思うと、さきほどまでの胸が詰まるような強いにおいが香ばしい香りに変わった。
「これはいい」
「一週間って、ずいぶんもつんだな?」
ビーンは言った。
「薬湯のままだったら、あれなら半年くらいもつと思うけど」
「そんなに!?」
「治療や、非常食、それ以外にもいろいろ使えると思う。めちゃくちゃ高いやつなんじゃないかな」
ダジュが笑った。
「君、そんなに詳しいものがあるじゃないか。もちろん他にやりたいことができたら、それもいいけどね」
そっすね、とビーンも笑っていたが、バッツはまだよくわかっていなかった。
数時間後、バッツは夜の森にいた。
爪の余裕があるので今日はやらなくてもいい。
だがなんとなく気持ちが高ぶっていた。
単純にいえば、ダジュにほめられて嬉しかったのかもしれない。
まさか薬湯の味を指摘しただけで、英雄学校、の生徒からほめられるとは思わなかった。多少、大げさに言っていたかもしれないが、指摘自体は間違っていなかったはずだ。
バッツは夕方のことを思い出しながらブラック・ベアをしとめた。
爪を抜いて巨体がチリのように消える。
薬草屋そのものを継がなくてもいいか。
知識が活かせるかもしれない。
そんなことを考えていて、ふと気づいた。
木の近くに人影。
「驚いた。昼間の話はなんだったのかな?」
ダジュ。それにアースラ。
ダジュの言葉はおだやかだったが、油断なくバッツを見ていた。




