第78話 よそはよそ
真っ暗な通路を、私が先頭に立っよそはよそてひたすらまっすぐに進む。
私たちの足音だけが、狭い通路の石壁に反響していた。
数分ほど歩くと、急に視界が開けた。
そこは、がらんとした無機質な広間だった。
礼拝堂の裏側に収まるような広さではない。ゼクスさんが言った通り、空間魔法で拡張された特殊な部屋なのだろう。
「……ここ、ですか?」
目はだいぶ慣れてきたが、それでも薄暗い。ギリギリ部屋の輪郭がわかるくらいだ。
後ろからゾロゾロとついてきた騎士や魔導師たちも、その光景に「礼拝堂の裏にこんな場所が……」と息を呑んでいる。
「この部屋の中心だ。ここに魔法陣が浮かび上がり、転移者は現れる。その際、魔法陣から放たれる光が空へと突き抜けるのだ。それが外からは礼拝堂から立ち上がっているように見えるから、公には礼拝堂に現れることになっている」
「へぇ……」
王子様が指し示した場所を見るが、床には何もない。
魔法陣の残滓って言っても、本当に何も見えないんだな。これは誰も気づかないのも納得だ。
ゼクスさんは迷いのない足取りで中央へ歩み寄ると、無造作に床へ手をかざした。
その瞬間。
——ブワッ!
床から円形に、幾何学模様の金色の光が爆発した。ゼクスさんの手の動きに呼応して、巨大な魔法陣が姿を現したのだ。
「なっ……!? 魔法陣を、呼び出しただと……!?」
王子様が目を見開き、群衆がハチの巣をつついたような騒ぎになる。
ゼクスさんは外野の動揺など無視して、光の紋様をじっと見つめた。
「お、ちゃんとあったな。あとはこれの入口と出口を入れ替えるだけだな。……なるほど。確かに見たこともねー座標が入口になってんな。これがココロの世界の位置なのか……」
魔法陣を覗き込みながら、ぶつぶつとよくわからないことを呟くゼクスさん。
「いけそうですか……?」
私はゼクスさんの背後からのぞき込むが、金色に輝く魔法陣であるということしかわからない。複雑な図形や見たことのない文字が大量に躍っている。
「当然だろ。もう書いてあるもんを入れ替えるだけだ。すぐ終わるから、ちょっと待ってろ」
要はコピペで済むってことなのだろうか。
ゼクスさんはタブレット端末を操作するかのように、指先で魔法陣のパーツをガチャガチャと動かし始めた。書き換えているようだ。
その指先に迷いは一切ない。
王子様をはじめ、周囲の魔導師たちが泡を食って動揺する。
「ま、まさかそんなことができるはずが……っ!? 魔法陣の術式を直接いじるなど……!」
「できるに決まってんだろ、座標操作くらい。まさか本当にそんなことも知らねーのか?」
ゼクスさんは呆れ果てたように吐き捨てるが、それでも魔法陣から目を離さず、手も止めない。
「知るわけがないだろう! 魔法陣なんて高等魔法、百年以上前に滅んだはずの——」
「あ? まあ俺も人間を飛ばす魔法陣なんて初めて見たけど。ちょっとした荷物を移動させるくらいのなら、その辺の街中でだって使われてるだろ」
「は? 街中で? そうなのか?」
王子様が、後ろの魔導師たちを振り返る。魔導師たちはビクッと肩を震わせた。
「そ、そんなことはあり得ません! 我々王宮魔導師ですら知り得ぬ高等魔法が市井で、しかも日常的に使われているなど——」
「へぇ。ココロから聞いてまさかとは思ってたけど。本当にこの国の王宮魔導師って無能揃いなんだな」
魔法陣から目を離さないままのゼクスさんの声には侮蔑の感情すらなく、ただの事実確認のように無感動だった。
顔を真っ赤にして怒鳴り散らす魔導師たち。
「名誉ある王宮魔導師に対して何たる侮辱! そんな嘘には騙され——」
「できたぜ。これで帰れるぞ」
怒号を遮るように、ゼクスさんが顔を上げた。
「え、もうですか!?」
魔法陣を見ても、正直さっきとの違いはわからない。でもゼクスさんができたというならできたんだろう。
けれど、ここまで苦労してたどり着いたわりには、あまりにあっけなかった。こんなので終わりか。
……私、本当に帰れるのか。
あれだけ帰りたかったはずなのに、いざその時が来ると、急に胸の奥がチリッと痛んだ。
この王宮に未練なんて一ミリもないけれど。
ゼクスさん、ケインさん、ロックスさん。
せっかく友達になれたと思った彼らとも、もうお別れなのだ。……もう、おしまいなのか。
「……帰る? 転移者が、自分の世界に?」
背後にいた誰かが、呆然とした声を漏らした。
王子様を含め、周囲の全員が信じられないものを見るような目をしている。
私たちが何のためにここまで来たと思っていたんだろう。
「そりゃあ帰りますよ。当たり前——」
「納得できるかぁっ!!!」
突然の怒号が、狭い広間に響き渡った。
え???
「お前ら転移者のせいで、この国がどれほどの被害を受けたと思ってる!!」
「そうだ! 一方的に奪うだけ奪って、責任も取らずに消えるなど、許されるはずがない!」
一人が声を上げると、堰を切ったように非難の嵐が吹き荒れる。狭い部屋で騒ぐから余計に騒がしい。
王子様もまた、冷たい目でこちらを射抜いた。
「……お前たち転移者がこの国に現れるようになったせいで、この国はめちゃくちゃだ。その上で、なんの償いもせずに、勝手に元の場所へ帰るというのか? それはあまりにも、身勝手が過ぎるのではないか!!」
激昂する王子様。
私は、大きく、深い溜息を吐いた。
「……前からずっと思っていたんですけど、その《《お前たち》》って言い方、おかしいですよね?」
私は言葉を切り、叫び返した。
「私は私、一人だけです! 他の転移者たちが何をしたかなんて知らないし、私には関係ない!!」
静まり返る広間。
ゼクスさんが不敵な笑みを浮かべるのが横目に見えた。
「よく言った。それでこそ魔王の第一の部下だぜ」




