最終話 帰還と、
王子様は怒り心頭といった顔だが、私はもう知ったことかと睨み返した。
そんな一触即発の空気の中、ゼクスさんがいつもの軽い声を上げた。
「そうだ。帰るんなら送別会しねぇとな」
「え?」
私が反射的に振り返ると、ゼクスさんは右手を天高く掲げる。
「吹け! 嵐よ!! アイスストームッ!!」
「はっ!? それは伝説の古代魔法では……ッ!?」
——ゴオォォォッ!!
直後、鼓膜を震わせる轟音と共に、猛吹雪がこの空間を飲み込んだ。
凄まじい爆風が、私たちの頭上にある分厚い石壁と天井を、まるで紙細工のように粉砕して吹き飛ばす。
がれきが四散し、閉ざされていた視界が一気に開け、青空が姿を現した。
打ちあがった大量のがれきが雨のように降り注ぐ。
「うわあああああっ!!」
「潰されるぞ! おい早くどけ!!」
「さっさと道を開けろ!! 俺は王子だぞ!!!」
先ほどまで威勢の良かった王宮の面々は、命からがらクモの子を散らすように逃げ去っていった。
私とゼクスさん、そしてケインさんとロックスさんの周囲だけは、見えない壁に守られているかのように塵ひとつ降ってこない。
ロックスさんが呆然と見上げている。
「……こんな魔法は、見たことがない。すごいな……」
ロックスさんが呆然と空を見上げ、ケインさんが深いため息をつく。
「またとんでもないことを……。礼拝堂を粉々にするなんて罰当たりなやつだ」
そんな小言はどこ吹く風で、ゼクスさんは魔法石を取り出し叫んだ。
「おい! ドラゴンども!! 全員集合だ!!」
その声に応じ、王都のあちこちにいたドラゴンたちが、翼をはためかせ集結する。
瓦礫の山と化した礼拝堂の跡地に、巨大な影が次々と舞い降りた。
クロが私の隣にのしのしと寄ってくる。……一番お世話になり、一番仲良くなれた相棒だ。
クロは喉を鳴らし、私の肩に大きな額をこすりつけてきた。
私はその温かい頭を、抱きしめるように撫でる。
「じゃあね、クロ。……みんなも、たくさん遊んでくれてありがとね。本当に楽しかったよ」
一頭一頭、感謝を込めて頭を撫でて回る。
さて。
私は三人に向きなおる。
「……皆さん、本当にありがとうございました」
堪えていた涙が、一気に溢れ出した。
見れば、あの鉄面皮だったケインさんが、ボロボロと涙をこぼしながら必死に目を押さえている。ケインさんって泣くんだ……。最後に貴重なものを見た。
初めて見る彼の人間味あふれる姿に、ゼクスさんが引いた目で見ている。
ロックスさんは「こちらこそ、ありがとうございました」と力強く微笑んで頷いてくれた。
「お前が魔法陣に乗ったら、俺が魔力を注ぐ。それで帰れる」
「……わかりました。最後の最後まで、本当にお世話になりました。大したお返しもできていないのに、申し訳ないです」
「ほんとだぜ。……だからまた来いよ。お前は魔王第一の部下なんだからな」
元の世界に帰ったら、私にこちらにくる術はない。
ゼクスさんもそれくらいはわかって言っている。……それでも、その言葉が嬉しかった。
「……はい。絶対、また来ます!」
私は精いっぱいの笑顔で答え、金色に輝く魔法陣へと足を踏み出した。
片足を乗せたところで、輝きが強くなる。
私の冒険は、もう終わってしまうんだな。
ゼクスさんが魔法陣の横にしゃがみ込んで手を翳した。
「じゃあな、ココロ」
その瞬間、魔法陣が《《一回り大きく》》膨れ上がり、世界がカッと白く染まった。
*
次に目を開けたとき。
そこは、夕日が差し込むいつもの通学路だった。
薄汚れたアスファルト。地味な家々が立ち並ぶ、何の変哲もない住宅街。
毎日通っていた退屈な景色が、今は酷く愛おしくて、鼻の奥がツンとする。
私、帰って来れたんだ……!
はやく家に帰ろう!
そう思って走り出そうとした瞬間、足元にあった何か大きなものに躓いた。
「う゛っ」
今しがた蹴っ飛ばしたものが、低いうめき声を上げる。
「えっ……な、なに!?」
下を見ると、大きな黒いかたまり。いや、人間か。……黒いローブを羽織っている。ものすごく見覚えがある。
「いってーな……なんなんだよ……」
ボヤきながら、のろのろと起き上がり、辺りを見回す男。
「…………ゼクスさん?」
「はぁ!? なんだ! おい、どこだここ!!!」
「……私が元いた世界、ですね」
「なんで俺まで巻き込まれてんだーーー!!!!」
住宅街に響き渡る、自称魔王の絶叫。
私たちが本当の日常を取り戻すまでは、もう少しだけ時間がかかるようだ。




