第77話 秘密の入口
「もういいですよ、ケインさん」
悔しさで奥歯を噛み締め、肩で息をするケインさんの背中に、私はそっと手を置いた。
「放っておいて、もう行きましょう。あの人たちは王子様が盾になってる間は手出しできないんでしょ」
視線を向けると、ゼクスさんは暇そうに、王子様を吊るした影の紐を指先で遊んでいた。ヨーヨーみたいに上下に揺さぶられる王子様がなかなかに可哀そうだ。
「そうだな。じゃあ行くか」
「はい。行きましょう。ケインさんも」
私が腕を引いて促すと、ケインさんは苦い表情のまま、しぶしぶといった様子で歩き出した。ロックスさんは何も言わないが、ケインさんを気遣うように心配そうに見ている。
背後からは、騎士や魔導師の集団が一定の距離を保ちつつ、ゾロゾロとついてくる。まあ放っておいていいだろう。さすがに王子様を巻き添えにしてまで攻撃してくることはないと思いたい。
そんな楽観的な希望を抱きつつ、私たちは礼拝堂の裏手へと回り込んだ。
そこは表の華やかさとは打って変わって、薄暗く、じめじめとした湿気が漂う場所だった。
そびえ立つ真っ白な外壁が、威圧的に私たちを見下ろしている。
礼拝堂の正面入り口のちょうど真裏に差し掛かった頃。
宙づりの王子様が声を上げた。
「こ、ここだ。ここには王族じゃないと開けられない魔法がかけられている。だから本当に下ろしてくれ……」
「ほんとかよ」
ゼクスさんは疑わしげな目を向ける。
それを聞きながら礼拝堂を見あげるが、そこには何もない。ただ、のっぺりとした白い壁が広がっているだけだ。
本当にこんなところに入口があるんだろうか。
「……開けられないのは困りますし、そろそろ下ろしてあげてもいいんじゃないですか?」
「仕方ねーな。逃げんなよ」
ゼクスさんがパッと影から手を離すと、王子様を縛っていた影が霧のように消えた。
重力に従って、王子様がお腹から地面にダイブする。
「ぐえっ」
王子様は悶絶しながらもよろよろと立ち上がると、何もない外壁に震える手を当てた。
その瞬間、壁が淡く白い光を放つ。
——ゴゴゴ、と低い振動が響いた。
王子様の手が触れた周囲の石材が、まるで生き物のようにスライドし、奥へと引っ込んでいく。
見る見るうちに、大人一人がギリギリ通れるほどの通路が出来上がった。
すごい。いかにも魔法っぽい。本当に魔法だけど。
後ろの集団からも、どよめきが上がる。どうやら彼らもこの隠し通路の存在を知らなかったらしい。
「へぇ。魔法空間に隠し通路か。古い魔法だがセンスは悪くねぇ。王宮魔導師にもこんなのができるやつがいるもんだな。まあ俺もこのくらい楽勝でできるけどな」
ゼクスさんが、楽しそうに講評を垂れる。
対して、王子様は信じられないものを見るような目を向けた。
「……何を言っている? この魔法は数百年前の偉大な王宮魔導師たちが作り上げた、現代では失われた高等魔術だぞ……?」
「はあ? 確かに古いけど、魔導書にはフツーに残ってるレベルだろ」
うん? なんか話が噛み合わないな。
「……とにかく、この奥だ」
王子様はゼクスさんとの議論を早々に諦め、通路の先を指し示した。
灯り一つない闇が、ぽっかりと口を開けている。
こんな大勢の前で秘密の入口を晒してよかったのかと王子様を見上げると、彼は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「……命には代えられないからね」
そりゃあそうだ。私でもそうすると思う。
「王子様としてどうなのかはわかりませんが、私はいいと思いますよ」
驚いたように目を見開いた王子様を横目に、私は迷うことなく先陣を切ってその闇へと一歩踏み出した。




