第75話 宙づりの王子
「……転移者が落ちてくる魔法陣の場所? そんなものが知りたいのか? 王宮を明け渡せとかじゃなくて?」
宙づりの王子様が、きょとんとした顔でこちらを見た。
「明け渡してもらっても俺は一向に構わねーぞ」
「い、いや、そういう話では……。そ、それで、転移者が落ちてくる場所だったな。もちろん知っている。教えるから先に下ろしてくれ……」
「別にこのままでも案内くらいできるだろ。礼拝堂のどこかってことくらいはこっちも知ってんだ」
現状、まるで紐でつながれた風船のようなスタイルになっている。無論、風船が王子様、そして紐を持っているのはゼクスさんだ。
このままで行く気なのかゼクスさん。相手は仮にも一国の王子様なのに、本当に怖いもの知らずだな。
王子様は抵抗を諦めたのか、うなだれたままボソボソと話し始めた。
「……確かに、転移者が現れるのはこの礼拝堂だ。だが、厳密にはここではない。一度外に出て、国のごく一部の枢要しか知らない秘密の入口から入り直す必要がある。その扉は、王族にしか開けられないのだ」
秘密の地下通路に秘密の入口……。この国は「秘密のあれこれ」が随分たくさんあるんだな。
ふと疑問が浮かんだ。
「……そもそも、なんで転移者がそんな場所に落ちてくるんですか?」
つい、本音が口から滑り落ちた。
「わからん。転移者についてはもちろん我々も国を挙げて調べたが、結局何もわからなかった。むしろ、転移者である君こそが知っているのではないのか?」
王子様は私たちに取り囲まれている手前、声を荒らげることこそしなかったが、それでも刺すような視線を私に向けた。
「転移者たちは、一体どうやってこの世界に来て、何のためにこの王国を破壊しようとするんだ?」
そんなの、他の転移者なんて一人も知らない私に聞かれても困る。
なぜ私が赤の他人の動機まで把握していると思うのか、本当に理解できない。
王子様の棘のある言葉に、ケインさんが耐えかねたように一歩前に出た。
「王子殿下……っ!」
私はそれを遮って、努めて無表情で言い返す。
「知りません。私も来たくて来たわけじゃないので。……王子様だって、この世界の人間の考えをすべて把握しているわけじゃないですよね? それと同じです」
「なっ——」
王子様が顔を真っ赤にして食ってかかろうとする。が、それをゼクスさんの冷めた声が遮った。
「用がねぇなら、もうこの部屋に長居する意味はねぇな。行くぞ王子。案内しろ」
ゼクスさんが風船の紐、もとい王子様につながれた影をぐいっと引っ張った。
「ぐえっ」
宙づりのまま、ゼクスさんに引きずられていく王子様。
私たちも慌てて、礼拝堂のホールへと戻った。
ゼクスさんが、外へと続く巨大な扉に手をかける。
「で、とりあえず外に出るんだよな?」
「あ、ああ。出たらそのまま礼拝堂の裏手に回って——」
扉が勢いよく開け放たれた。
真昼の強烈な陽光が差し込み、一瞬、視界が真っ白に染まる。
それと同時に、王子様の言葉がピタリと止まった。
ゼクスさんも、扉を開けたまま動きを止めている。
ようやく目が慣れてくると、そこには——。
騎士、魔導師、衛兵。
ありとあらゆる武装勢力が、礼拝堂の入口を包囲していた。
「お、王子殿下が!!」
「王子殿下を人質にするなど……! なんと卑劣な転移者だ!!」
「ああ! 殿下までが転移者の手に落ちてしまわれるなんて!」
なんか私が王子様を縛り上げてるみたいな言いようだな。
どこからどう見ても、王子様を縛り上げてるのはゼクスさんなんだけど。
「王子様を繋いでるのは私じゃないのに、なんで毎回こうなるの……?」
「日頃の行いじゃねぇか?」
ゼクスさんのドヤ顔。
「えぇ……私、ゼクスさん以下ってこと……?」
「おいどういう意味だ」
まあいいか。こうして敵に囲まれるなら、王子様を捕獲しておいて正解だったかもね。
なんか私もだんだんゼクスさんに感化されてる気がするな。
それは口に出さないでおこうと、私は静かに心に誓った。




