第74話 壺から王子
前略。壺から王子様が出てきた。
こういう言い方をすると若干おとぎ話っぽいな。
私がくだらないことを考えている間に、王子様がずるずると壺から這い出して来る。
うーん、おとぎ話というよりはホラーになったな。
「……ひっ、ひぃぃぃ……っ!」
床に膝をつき、ガタガタと震える金髪。
たしかにちょっとだけ見覚えがある。以前に一回だけ夕食を一緒に食べたっけ。
「王子殿下、なぜこのようなところに……」
ロックスさんが困惑を声に滲ませて問いかける。
だが王子様はその声にすらビクッと肩を跳ねさせ、顔を伏せたまま縮こまってしまった。
初対面の時の、あのキラキラしたオーラは見る影もない。
「王子ぃ? これが?」
「おい、指をさすな。無礼だぞ」
ゼクスさんの失礼極まりない問いを、ケインさんが即座に嗜める。
気持ちはわかる。今の姿は、どう見ても王子様には見えないだろう。でも人に指をさしちゃいけません。
私はゼクスさんの右手を上からぐいっと押し、強制的に下ろさせる。
それよりも、今は聞くべきことがある。
「ところで、王子様。毎回転移者が礼拝堂のどこに落ちてくるのかってご存じですか?」
私はこれ以上怯えさせないように、ごく自然なトーンで尋ねた。
だがケインさんは呆れ果てた顔でこちらを見る。
「開口一番、まずそれなんですね……」
「別に私は王子様が壺にこもるのが趣味でも気にしません」
「確実に違うと思いますが……」
私たちのやり取りなど耳に入らないのか、王子様はただ震えるだけで答えてくれない。
どうしたものかな。
そう思った瞬間。
ゼクスさんが、ヒョイと指を動かした。
「本当にこいつが王子なんだな?」
言うが早いか、縄のような細長い黒い影が、王子様の胴体を一瞬で拘束。
そのまま、吊るし上げるように宙へ跳ね上がった。縄の端は、ゼクスさんの指先に繋がっている。
「うわああああああっ!!!!」
「「殿下!!」」
王子様の絶叫が狭い倉庫に木霊する。
慌てて駆け寄る騎士二人だが、王子様はすでに彼らの手が届かない高さまで吊り上げられていた。
「おいゼクス! 王子殿下になんて真似を——」
「助けてくれ!! 何でも言うことを聞くから!! 命だけは! 命だけは助けてくれえええっ!!」
ケインさんの抗議を遮る勢いで、王子様が命乞いを始めてしまった。
どうしよう。
騎士二人はそれを複雑そうな表情で見上げていた。
助けなくていいのかな?と思っていると。
「……『何でも言うことを聞く』はいくらなんでもまずいだろ。王子のくせに」
ゼクスさんが心底呆れた目を向けると、王子様は悔しそうに顔を歪めた。
……たしかに? そうなるのか。(王子様視点では)死ぬかもしれない状況なのに、命乞いも自由にできないのか。王子様って大変な立場なんだな。
騎士二人が即座に助けない理由も、なんとなく分かった気がする。
「……くそっ! 何でこんなことに……。せっかく、王族しか知らない『緊急用の隠し扉』から、『秘密の地下通路』を通って王都の外へ逃げようと思ってたのに……! こんなことなら護衛をまいてくるんじゃなかった……」
「全部吐いたぞこの王子」
「別にそこまで教えてくれなくてもよかったのに……」
私とゼクスさんは哀れな生き物を見る目で王子様を見る。
騎士たちは、揃って頭を抱えていた。
ゼクスさんは王子様を吊るした影の縄を、ブランコのように左右に揺らした。
「ぐえっ、い、命だけは——」
「それはもう聞いた。で、何でも言うこと聞くって話だったよな?」
「え」
ゼクスさんが吊るされた王子様を見上げて魔王のように笑った。
王子様は、宙づりのまま石のように固まった。器用なことだ。




