第72話 転移者と洗脳
剣を向けて向かい合う、ケインさんとルークさん。
廊下にはピリピリとした、肌を刺すような緊張感が漂っていた。
「ケイン……。ロックスだけでなく、冷静なはずのお前までこんな小娘に洗脳されてしまうなんて……! そこをどけ! 俺が今すぐ転移者を片付けて、その洗脳を解いてやる!」
向かい合っているのはケインさんなのに、ルークさんの目も、殺意も憎悪も、そのすべてが私に向けられている。
心臓が凍りつくような恐怖で、足がすくんで動けない。
そんな私の横で、ゼクスさんは暇そうにあくびをしていた。
これでも一応空気を読んでいるのか、話に割り込んでくることはない。今のところは。
それよりも、ケインさんとルークさんは、王宮にいた頃は割と仲が良かった印象がある。
(……私のせいで、こんな風に仲違いさせてしまって申し訳ないな)
そんな感情が胸を締め付ける。
ケインさんは、複雑な表情でルークさんを見つめていた。
「洗脳……か」
そう呟き、一瞬だけ私の方をちらりと見る。
そしてすぐに、ルークさんへと視線を戻した。
「……洗脳されているのは、どちらなのだろうな。まあ、つい最近まで同じだった俺が言えたことではないか」
「? 何の話だ」
ルークさんが不審げに眉をひそめる。
ケインさんは静かに、諭すように言葉を続けた。
「ルーク。俺は正気だ。そして、彼女は……お前たちが恐れるような化け物ではない。少し変わってはいるが、ただのか弱い異邦人だ」
「騙されるものか! そいつは王国を滅ぼす災厄だ! ただのか弱い人間が、刻限の細塔を壊して王宮に乗り込んでくるものかっ!」
「それは私じゃないです!! 全部ゼクスさんがやりました!」
激昂して叫ぶルークさんに、反射的に大声で言い返してしまった。
——その瞬間。
廊下の柱の影から、突然何かが飛び出した。
凄まじい速さでルークさんの背後に回り込んだかと思うと、ゴンッ!と鈍い音が響く。
「……あ」
ルークさんは前のめりに廊下に倒れ伏した。
あまりに一瞬のできごとに、私は目を丸くして固まることしかできなかった。
「……ロックスさん」
倒れたルークさんの後ろから現れたのは、ロックスさんだった。
剣の鞘で不意を突いて殴ったらしい。
なんでロックスさんが。ロックスさんは私のことを嫌っていて、洗脳されたと嘘をついたんじゃなかったのか。
ロックスさんは困惑している私の前まで来ると片膝をついた。
「転移者様。お怪我はありませんか」
「……あ、はい、大丈夫です。おかげさまで……」
王宮中がパニックになる中で、私を心配するロックスさんの目には、敵意も悪意も見当たらなかった。
……本当に、私のために駆けつけてくれたのか。
「……転移者様、本当に申し訳ございませんでした」
ロックスさんは苦渋に満ちた表情でこちらを見つめた。
「転移者様が牢に入れられてから、ずっと後悔していたのです。俺が余計なことを言ったせいで、このような事態を引き起こしてしまったと——」
「違う!!!」
ロックスさんの言葉を遮って、ケインさんが叫ぶように割り込んだ。
「転移者がロックスを洗脳したと……! 俺が団長に報告したんだ! 俺のせいだ! 俺のせいでココロさんの処刑は決まったんだ!!」
ケインさんは叫ぶように言葉を絞り出した。
罪悪感に押しつぶされそうな表情で、視線を地面に落とす。
「……ロックスはずっと、あなたを信じていました。これまでの転移者とは違い、あなたは何もしていないと。俺がそれを信じられなかったんです」
言葉を切り、深く深く頭を下げた。
「……ココロさん。本当に、すみませんでした。全部俺のせいで——」
「もうわかりましたから。いいですよ」
私がそう言うと、ケインさんは弾かれたように顔を上げ、私の目をまっすぐに見た。
「ですが——」
「なんで処刑されそうになったのかも事情はだいたいわかりました。それにもう謝罪ももらいましたから。それでいいです。それでもまだ申し訳ないって言うなら……私が帰れるまで、ちゃんと協力してくださいね」
私がそう言って笑うと、ケインさんもロックスさんも、憑き物が落ちたように安心した顔で笑ってくれた。
「感動の再会かなんか知らねーけど、早くしねーとまたどんどん兵がくるぞ」
ゼクスさんが暇そうに、両手を頭の後ろで組んで言った。
本当に、空気が読めるんだか読めないんだかわからない人だ。
「そうでした! 礼拝堂に急ぎましょう! ロックスさんも一緒に来てくれますか?」
「もちろん、お供します」
即答したロックスさんを、ケインさんが訝しげに見る。
「お前、本当に大丈夫なのか? 王宮騎士としては、かなりまずいんじゃ……」
「それはお前もだろう。どっちにしろ転移者についての王宮中枢の誤解が解けなければ、俺もお前も王宮騎士には戻れない。なら、協力するほかないだろう」
「まあ……それもそうか」
思いのほか合理的な判断だった。
私に協力することで迷惑がかからないのであれば、ガンガン協力してもらうとしよう。
……ロックスさんは、裏切ってなかった。
かつての仲間が味方になってくれたのは、素直に心強かった。




