第71話 大混乱の王宮
辺境の山城にいるはずの転移者が、ドラゴンの群れを率いて王宮に侵攻してきた。
その急報は、一瞬にして王宮の隅々まで駆け巡った。
次の瞬間、典雅であるべき王宮は、阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌する。
「ひぃぃっ! 転移者が! 転移者がもうすぐそこまで来ているぞ!!」
「馬鹿な、辺境にいたはずではなかったのか!?」
「さっさとどきなさい! 使用人風情が私の道を遮らないで!!」
廊下は貴族も使用人も入り乱れ、我先にと出口へ殺到する。
格式高い儀礼などはかなぐり捨て、ドタドタという粗野な足音と怒号があちこちで響き渡る。
厚い壁の向こうからは、ドラゴンの咆哮と、王宮の一部が粉砕される轟音が絶え間なく聞こえてくる。
そんな状況で最悪なことに、王は軍を率いて転移者討伐のため辺境に出陣しており不在。
留守を預かっていたはずの王子は、この騒ぎが起きたとたんにどこかへ行方をくらます始末。
だが、王子はどこへ逃げたと怒る暇は誰にもない。
転移者という脅威が、国をも滅ぼしうる史上最強の災厄が、すぐそばまで迫っているのだから。
*
「……おいココロ。お前はいつから歩く大量破壊兵器になったんだ? まるで俺が脇役みたいじゃねーか。腹立つな」
逃げ惑う人々を眺めながら、ゼクスさんがあからさまに呆れた顔で呟く。
「私が聞きたいですよ! 処刑されそうになってたときより対応が酷くなってますよ!? なんで!?」
「……酷い有様だな」
大量の疑問符を浮かべる私に対し、ケインさんは逃げまどうかつての同僚たちを見て、神妙な面持ちで目を伏せている。
そんな中、私は廊下の先に、見覚えのある背中を見つけた。
王宮にいた頃、いつも身の回りの世話をしてくれていた——。
「あ、ソフィアさんだ」
反射的に、親しみを込めて声をかけた。
その瞬間。
「ヒッ……!!」
ソフィアさんは、顔を真っ青にして振り返った。
少し離れたこちらからでも、彼女がガチガチと歯の根が合わないほど震えているのが分かる。
あー……、馴染みの人を見かけたからつい声をかけちゃったんだけど、やめた方がよかったかな。かわいそうなことをしちゃったかも。
私、ソフィアさんとは割と上手くやれてたと思ってたんだけどな。想像以上に怖がられてたんだな。
あまりの拒絶ぶりに、私は思わず視線を落とした。
「知り合いか?」
「えーーー、まぁそうですね……。王宮で過ごしていた頃に、かなりお世話になった人です」
言葉を濁すが、私たちの進路は彼女のいる方向だ。
近づきたくなくても、歩み寄る形になってしまう。
「ひ、ひぃぃっ! 来ないで! 悪魔めぇっ!」
「……お前は世話になった人間にずいぶん嫌われてんだな?」
「……不可抗力です」
ゼクスさんの憐れみの視線が痛い。
私だってこんな風になりたくてなったわけじゃないのだ。そうとしか言いようがない。
私はソフィアさんを少しでも安心させようと、何か言おうと口を開いた。
その刹那。
——キンッ!!
真横で鋭い金属音が響き、反射的に顔を向ける。
そこには、剣を抜いたケインさん。
そして、狼のような鋭い目つきで私を見下ろし、切っ先を突きつけてくるルークさんがいた。
「ここにいたか、転移者……! 今すぐにロックスとケインの洗脳を解け!!」
正直、この王宮で一番会いたくなかった人が、そこに立っていた。




