第68話 引越し、あるいは帰還
「さっさとドラゴンに乗れ! 行くぞ!」
ゼクスさんがふんぞり返って言い放つ。
「行くぞって……今すぐですか!?」
「当たり前だ!」
「荷物とかあるだろう。どうするんだ?」
「そんなもん、王宮にだいたい何でも揃ってんだろ。最悪、後で取りにくればいい! ほら、もう出発するぞ!!」
ゼクスさんは身一つで、ミケにひらりと飛び乗った。
どうやら本気らしい。まあ、この人はいつだって本気だけど。困ったことに。
「……こうなったらもう聞かないですから、仕方ないですね。行くしかないか」
「正気とは思えん……」
ケインさんは呆れ顔で深いため息を吐きながらも、ポチの背に乗り込んだ。もう早くも説得は諦めたらしい。
私はクロの首筋にそっと手を触れた。
王宮に「行く」、というよりは「戻る」の方が心情的には正しい。
戻りたいかと言われれば、もちろん戻りたくはない。
けれど、王宮に元の世界に帰るためのヒントがある。いつかは向き合わなければならない場所なのだ。それが今になっただけだと思えばいい。
(……よし、腹をくくろう)
顔を上げれば、ドラゴンに跨った二人が、私の決意を待つように静かにこちらを見つめていた。
私はクロの背に飛び乗った。
「行きましょう! 王宮へ!!」
「おう! さっさと行くぜ!」
「……行きますか」
翼が力強く羽ばたき、私たちは一気に空へと舞い上がった。
ゼクスさんを先頭に、私とケインさん、そして他のドラゴンたちが編隊を組んで続く。
一瞬で城門を越え、眼下には私たちを取り囲んでいた王国軍の軍勢が広がった。
「逃げる気か!? 一体どこへ——」
見上げる兵士たちの叫び声も、吹き抜ける強風にかき消されていく。
視界に入るのは、突き抜けるような青空だけだ。
ふと後ろを振り返ると、住み慣れた城がどんどん小さくなっていくのが見えた。
……ここに戻ってくることは、もうないのかもしれない。
「新しい家の方が広くていいぞ」
しんみりしていた私を見透かしたように、前を行くゼクスさんが能天気な声を投げかけてきた。
私は鼻の奥がツンとするのを隠すように、明るい声を返す。
「……そうですね。前より掃除が大変になりそうです」
「それよりゼクス、王宮に行ったところでどうするつもりだ? 王都の空を通れば王宮からは丸見えだし、いくら全勢力をこちらに向けていると言っても、王宮が空ということはないだろう」
「そりゃあ留守番くらいいるだろうよ」
「確実に迎撃されるぞ」
ケインさんの言葉にも、ゼクスさんが動揺した様子は全くない。
「王宮の防衛力がこっちに流れてる今が一番手薄だろ。留守番程度なら俺が全員撃ち落としてやるよ」
「正気か? 王宮の防衛だぞ。十や二十じゃきかない——」
「なんとかなる! それに、王宮で魔法陣の跡も探さないといけなかったしな。ココロを元の世界に返すためのやつ。一石二鳥だろ」
「ゼクス……。お前、遊び半分かと思っていたが、最初からココロさんのために……」
ケインさんが感心したように声を漏らす。
前を行くゼクスさんの背中が、目に見えてビクッと跳ねた。
「お!? お、おう! あたりめーだろ!! 全然忘れてなんかねーし、今思い出したわけでもなかったぞ! わざわざ王宮を襲撃すんだ、それくらいの目的はあるに決まってんだろ!」
忘れてたのか……。
私は半眼でゼクスさんの後頭部をじっと見つめる。
一方、ケインさんは少し遠い目をしていた。
「……王宮を襲撃、か」
やっぱりケインさんは複雑だよね。かつて自分が命を懸けて守っていた場所を、今度は攻める側になるのだから。本当に大丈夫なんだろうか。
「あの、ケインさん——」
「ご心配には及びませんよ。転移者への恐怖で暴走している今の王宮を正すには、これしかないと理解していますから」
言葉とは裏腹に、その表情はどこか暗い。
正直、私も不安だ。本当に戻って大丈夫なんだろうか。もし、失敗して捕まってしまったら——
「王都まではあと数時間はかかる。のんびり行こうぜ」
一人だけ本当に引っ越し気分で楽しそうなゼクスさんの声が響く。
不思議と、こちらのガチガチだった緊張が少しだけ解けていくような気がした。
*
一方、地上に展開していた王国軍。
はるか上空を飛んでいくドラゴンの群を仰ぎ見ながら、王は顔を真っ青にしていた。
「あれは……王都の方角ではないか……!」
しばらく呆然としていたが、事の重大さに気づき、絶叫する。
「すぐに王都へ戻るのだ! 全軍、反転!!」
「しかし、今から戻ってもドラゴンには追い付くことは到底——」
「「ならば王都を見殺しにしろと言うのか! 私の王宮が、民が危ないのだ! いいから戻れ、死ぬ気で走れ!!」
「撤退だ!! 全軍撤退ーーっ! 王都へ急げ!!」
騎士団長も血の気を失い、喉がちぎれんばかりの号令を飛ばす。
王は、王都の命運が絶望的であると悟りつつも、それでも一縷の望みに縋るように、大軍を率いて来た道を引き返し始めた。




