第57話 魔物
しばらく続いた暑さも少し落ち着いたころ。私は庭の手入れを始めていた。
見渡す限り広がる大量の雑草。ドラゴンたちにまとめて燃やしてもらおうかとも考えたが、火事になるのが怖くて頼むのをやめた。もし延焼したら城が焼けるどころか山火事になってしまう。
そのため、ドラゴンの代わりにケインさんに手伝ってもらっている。
ケインさんは庭に勝手に生えてきた細い木をのこぎりで切る作業を請け負ってくれた。どんどん木は伐採され、開けた場所が広がっていく。
さて、ケインさんに任せてばかりいないで私も作業をしないと。
崩れかかった城の塀にも蔦が這い、その周りには背の高い雑草が大量に生えている。まったく、一体どれだけ放置したらこんなに荒れ放題になるんだろう。
手始めに、この辺りの雑草を抜いていこうかな。
そうして私の背よりも高い雑草を両手で引っぱる。深く根を張っているせいで、一束引き抜くのも一苦労だ。
「ふぅ。これは大変だ」
全然進んでないのにもう疲れてきた。ちょっと気分転換がてら、別の場所に移動しようかな。
「……門の方をやろうかな。こっちが一番目に付くもんね」
そう自分に言い訳して移動。雑草もこちらの方が細いし、楽に抜けそうだ。
よしよし。これなら私でもちゃんと進捗をだせるだろう。
これで後でケインさんに「これしか進んでないんですか?」って目で見られる心配もない。
そう考えて、表門の周りの雑草に手を付けたとき。
コンコン。
控えめに門の扉を叩く音が聞こえた。
私は雑草を持ったまま立ち上がる。
え、誰だろう。この城に私やケインさんがいることは知られていないだろうから、ゼクスさんの知り合いだよね? とりあえず開けるか。
「はーい! ただいま開けます!」
「え、開けない方が——」
ケインさんが後ろで何か言ってこちらに駆け寄って来ていたが、門のそばにいた私がかんぬきを外す方が早かった。
かんぬきを外して、私が門の扉を軽く引くと、ものすごい勢いで外側から門の扉が押された。
「うわっ!?」
扉に押されて吹っ飛ばされた私を、いつの間にか剣を持ってきていたケインさんが受け止めてくれた。そして私を地面に置いて、ケインさんは入ってきたものと向き合う。
「それ」はケインさんの背よりもずっと大きく、ケインさんの上に大きな影を落としている。
私はそこで初めて入ってきたものを見た。
思わず息を呑んだ。
門に大きな身体を押し入れるようにして入りこんできた「それ」。見た目は大きな黒い獣のようだが、毛むくじゃらの足は八本あり、顔は猿だ。
一言で言って『異形』だった。
「な、なんですかこれは……」
「見てわかるでしょう! 魔物ですよ!」
そう言ってケインさんは魔物に斬りかかった。
私は座り込んだまま、ただ呆然と眺めていることしかできない。
「あーコイツは近所に住んでるやつだな」
「うわっ」
いつの間にかゼクスさんが私の後ろに立っていた。
まだ寝ぼけているらしい、気の抜けた声が後ろから聞こえて振り返る。
「この城に人間がいなかった時期に、城をなわばりにしてたらしい。それを俺が無理やりぶん取ったから取り返しに来たんだな」
「……それはゼクスさんが悪くないですか?」
「しかたねーだろ。俺はこの城が欲しかったんだから」
私たちがのんびりと話しながら観戦していると、今も鍔迫り合いをしているケインさんから怒号が飛んだ。
「おいゼクス!! さっさと加勢しろ!! 何ゆったり眺めてんだ!!」
「そのくらい一人で片付けろよ。俺も暇じゃねーんだぞ」
そう言いつつもゼクスさんはあくびをしている。
「どう見ても暇そうにしてるだろうがああああ!!!!」
ケインさんは怒りに任せた叫びと共に、魔物を頭から真っ二つに断ち切った。
魔物はドサリと地面に倒れ、動かなくなった。黒い血が倒れた魔物を中心にして地面にゆっくりと広がっていく。
私はその様子をただぼんやりと見ていた。
「……私、ドラゴン以外の魔物って初めて見ました」
「普通、ドラゴンの方がずっと珍しいんですけどね。これはどこにでもいるありふれた魔物ですよ」
ケインさんは剣についた血を払いながら、息一つ乱さずに答えた。
私は倒れた魔物から目が離せない。
「こんな怖いのもいるんですね」
「本来、魔物とは人間に敵対的なものが普通です。この城のドラゴンが例外と考えた方が良いかと」
静かに答えたケインさんの言葉に、ゼクスさんが声を上げた。
「この城のドラゴンも、ココロが来るまで普通のドラゴンだったんだ! お前のせいでおかしくなったんだぞ!!」
「え、私のせいですか? 私なんにもしてないんだけどな……」
「お前が猫じゃらしとかやったからだろうがーーーー!!!!!」
今度はゼクスさんの絶叫がこだました。
なんだか急にいつも通りの感じに戻ったな。
私はふっと笑って短い瞬きをし、倒れた魔物を視界から外した。
こうして城は元の空気を取り戻し、何事もなかったかのように私たちの騒がしい日常は返ってきた。
さあ、草むしりに戻らないと。
私は地面に手をついて立ち上がった。




