第38話 魔王の魔法
「拭き掃除はこんなものかな……」
私は自室にした、城の一室を見渡した。
経年劣化している部分はもちろんそのままだが、それでも数日前にここに来たばかりとは見違える綺麗さだ。
そろそろこの部屋の掃除も一段落かな。
私の新生活の忙しさもやっと落ち着いてきたころ。
ゼクスさんは今日も天井に大穴が開いた部屋で、色あせたソファに寝そべって日向ぼっこをしていた。ドラゴンも彼の足元で昼寝をしている。
私がこの城に来てから毎日そうしているので、どうやらこれが彼の日課らしい。
今日は分厚い本を何冊もソファの周りに散らかして、寝っ転がったままペラペラとめくっている。
私は自室の掃除のついでに、この部屋までほうきを持ってきて掃除をしていた。一応読書の邪魔をしないように、静かにやるように気を付ける。
本に視線を落としたまま、ゼクスさんがふいに言った。
「そういや、異界にはどんな魔法があるんだ?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ? 私がいた世界に魔法はないですよ」
「は??」
ゼクスさんは本から顔を上げた。
「魔法がない!? そんなことありえんのか!?」
「そう言われましても……なかったものはなかったので。むしろ私はこの世界に来て、魔法があることにびっくりしましたよ。とはいっても、ほとんど魔法を見たことはないんですけどね」
せっかく魔法がある世界にいるのに、なんだかもったいない話だな。
「王宮なら、王宮所属の魔導師くらいいただろ。見なかったのか?」
「うーん、いたんですかね? 騎士はたくさんいましたけど、魔法使いは……記憶にないですね」
「……この国の王宮付きの魔導師は募集がほとんどねぇから貴族が独占してんのかと思ってたが、もしかして数が少ないのか……? まあ俺は王宮魔導師なんて頼まれたってなる気ねーから関係ねーけどな!」
「え、ゼクスさんって魔法使いなんですか?」
「あ? 言ってなかったか?」
なんだかさっきと同じような流れだ。
「俺は魔王だぜ。魔法なんて使えるに決まってんだろ」
ゼクスさんのドヤ顔。
忘れてた。この人(自称)魔王なんだった。
それにしても、魔法か。
結局、王宮ではケインさんが魔法石で見せてくれた風の魔法以外を見ることはなかった。もしかしたらそこも、私への情報が制限されていたのかもしれない。
「……魔法、見てみたいです」
気づいたときには、口からそう零れ落ちていた。
ゼクスさんは一瞬目を見開いた後、それはそれは嬉しそうに笑った。
「いいだろう! 記念すべき人間の部下・第一号に、この魔王様が直々に魔法を見せてやるぜ!!」
なんか、やたらと恩着せがましい感じになったなぁ。まあいいけど。
ゼクスさんはソファから跳ね起きるように立ち上がった。
そして右手を開いて高く掲げる。
「吹け! 嵐よ!」
前言撤回。今すぐやめてほしい。
「え、ちょっと待——」
「アイスストーム!!」
——ゴオッ!
止める間もなく、部屋の中には猛吹雪が吹き荒れた。
私とゼクスさんの周りだけを避けるように雪は飛んでこなかったが、身を切るような冷たい風は容赦なく吹きつける。めちゃくちゃ寒い。
数秒が経って、ようやく吹雪は収まった。
その頃には、この部屋の天井は残っていたわずかな部分も完全に吹き飛び、まっさらになっていた。壁に張りついた雪がパラパラと絨毯張りの床に落ちる。
絶句する私の横で、ゼクスさんは両腕を手でこすっていた。
「寒ッ!」
当たり前だ。何考えてるんだこの人は。
私が呆れた目で見ても、ゼクスさんはどこ吹く風だ。いや、風はたった今この部屋で吹いてたんだけど。
「すげーだろ! こんな魔法使えるやつは国中探したってそうそういないはずだぜ!」
「そんなことより、この部屋……どうするんですか……」
私は雪まみれの部屋を見回した。
壁も床も、大量の雪に覆われている。ゼクスさんが座っていたソファ以外には物がほとんどないのが救いだろうか。
「んー? これくらい、ほっとけば勝手に乾くだろ。今日は天気もいいし、天井も前より開放的になったしな!」
ケラケラと笑った。
……この人にこれ以上言っても無駄だろう。こういう人だと諦めるしかない。
これからは不用意なことを言わないように、私が気をつけていこう。
私は小さくため息を吐いた。
ちらりと横目にゼクスさんを見る。ゼクスさんはもうソファに戻って寝転ぼうとしていた。
でも、こういう深く考えなくて、あまり気にしないところもこの人のいいところだよな。
そんな風に考えたとき、ゼクスさんが突然バッとこちらを振り向いて目を輝かせた。
「そうだ! 別の魔法も見せてやろうか!!?」
「結構です」
それとこれとは話が別だ。




