第32話 辿りついた平和
「ココロちゃーん! ちょっと畑を見てきてくれるー?!」
「はーい! 今行きまーす!」
私は大きな声で返事をした。
ドラゴンの王都襲撃——私の処刑予定だった日から半年が過ぎた。
私が(勝手に)乗せてもらった荷馬車は商人のものだった。
隣町まで売りに行く予定だったらしいが、売れ行きが悪く、あちこちの街を回っているうちに、いつの間にか王都まで来てしまっていたという。
なんでそんなことを私が知っているのかというと、あの後、私は割と早々に荷馬車の持ち主である商人に見つかってしまったのだ。
商人は大層驚いていたが、私が「とにかく遠くに行きたいんだ」と必死に伝えると、大変親切にも彼の住む町まで快く連れていってくれた。
だが、その町はとにかく遠かった。
国の辺境にあるらしいその小さな町まで、馬車で一か月以上かかり、その間の食事などまでお世話になってしまった。
今考えると、本当に後先を考えていなかった。申し訳ない限りだ。
旅の間、「流石にただで世話になるのは悪い」と私があれこれと手伝いをしていると、「なかなか手際がいいから」と町についた後も使用人として雇ってもらえることになった。
それから、私は彼の家の使用人として働き始めた。
他に数人いる使用人たちと一緒に、料理や掃除などの家事をしたり、軽い農作業を手伝ったりして、毎日のんびり過ごしている。
この家の人たちはみんなとても優しくて、本当に久しぶりに深く息が吸えたような気がした。
誰も私を『転移者』と呼ばない。
そもそも、誰も私が転移者だとは知らないし、そんな疑いを持つ人もいない。
この辺境の町まで転移者が来たことも、その被害が及んだりしたことも、これまでに一度も無いらしい。そのため転移者の存在すら、この辺りの町の人々にはほとんど知られていないようだった。
家主の商人も、偶然王都まで足をのばしたらタイミング悪くドラゴンの群れに襲われた、程度の認識らしい。転移者のことも、噂話で少し聞いたことがある、くらいのようだった。
「ほんっっっとうに気楽……」
私は小さな家庭菜園の真ん中で、土のついた両手を大きく上げて伸びをした。
誰も私のことを知らない、というのはこんなに快適だったのか。
相変わらず元の世界に帰る方法は見つかっていない。それでも、王宮に戻る気はさらさらない。捕まったら殺されるから、という理由ももちろんあるが、たとえ帰るヒントが王宮にあるとしても、あの息が詰まる空間には二度と戻りたくない。
この町でのんびりしながら、帰る方法を探すのも悪くないかもね——なんて思いながら、私は雑草を引き抜いた。




