第11話 名前で呼ぶ練習
残るって言ったのは私だけど……強烈に、置いて行かれた感に襲われてしまうのは、どーしてなんだろ……?
「……明日、か……」
ホントに、明日帰っちゃうんだ……。
仕方ないことだってわかってるけど……やっぱり寂しいよ……。
『次に会う時までには……ギルと呼べるように――』
さっき言われた王子の言葉が、脳裏をよぎる。
次に会う時……って、いったいいつ……?
隣の国って、ただ『会いたい』って理由だけでも、会いに行ったり出来るのかな?
それとも、ちゃんとした理由――国王様のお使いとか、国の行事とか――そーゆー、正式っぽい理由がなきゃ、会えないのかな?
……そーだ!
次に会う時じゃなくて、明日。
明日私が、急に名前で呼んだら……王子、喜んでくれるかも……。
「ちょ――、ちょっと練習……してみよっ、かな……」
深呼吸して、心を落ち着かせる。
「ぎ――……ギ、ギ――っ、ギギ、ギル……」
――って、ダメダメっ!
もっと自然に言わなきゃ!
「……ぎ、ぎ――る――。ギル……ギルフォー……ド」
……うー……、まだダメだ……。
どーしても、照れが入っちゃう……。
あーもーっ!
ただ、〝名前で呼ぶ〟ってだけのことなのにっ!
こんな簡単なこと、どーしてさらっと言えないのよーーーっ!
……仕方ない。
ここで少し、練習して行こう――。
会ったとたん、名前を呼ばれて驚く、王子の顔が見たい。
その後で、嬉しそうに笑う、王子の顔も……。
「よっし、頑張るぞっ!」
バカみたいに張りきって、私は何度も何度も、『王子を名前で呼ぶ練習』を繰り返した。
誰かに見られたら、思いっきり変なヤツだと思われちゃうだろーな……とは思ったけど、気にせず続けた。
王子とお別れする時は……笑顔でいて欲しいから。
だから、どんなバカげたことであろうとも、直前で失敗して、ガッカリさせたくない。
『やっぱり、照れちゃって無理だった』なんてことがないように、しっかり練習しておくんだ。
「ギル、ギル。ギルギルギルギルギル……」
……まるで呪文みたい。
くすりと笑って、夜空を見上げて……大きなスクリーンに、王子の姿を映し出す。
笑った顔。怒った顔。真剣な顔。
澄ました顔。驚いた顔。ムッとした顔。
恥ずかしそうな顔。切なそうな顔。辛そうな顔。
それから、私をからかってる時の……ちょっと意地悪な顔。
たった二日の間に、いろんな王子を――ううん、ギルを知った。
出会う前の印象は最悪。
だって、桜さんを傷付けた人――ってイメージしかなかったから。
第一印象は、そこまで悪くなかった……けど、すぐに、〝人を(私を?)からかうのが大好きな、意地悪な人〟って印象に変わった。
関わってく中で、少しずつ、いろんなギルが顔を覗かせて……。
そのたびに、うろたえたり、困ったり、怒ったり、恥ずかしかったりで……何度も何度も、振り回されて。
散々振り回されたのに……いつの間にか、そんなギルに惹かれてて……。
「……あ。――私、今……心の中でも『ギル』って……」
――呼べた。
やっと自然に呼べた!
これでもう、明日は大丈夫!
「うん! 名前も呼べるようになったし、また肌寒くなって来たし……。そろそろ、部屋にもーどろっと」
上機嫌でつぶやくと、私は、弾むような足取りで塔の入り口に向かい、螺旋階段を駆け下りた。
結局、道順を一度も間違えることなく(もともと、迷うような道順でもないんだけど)、部屋の前まで辿り着くことが出来て、私はホッと息をついた。
ホントによかったぁ~。
ちゃんと迷わず、戻って来ることが出来て。(迷う必要がない場所でも、迷ったりしちゃうのが、私だったりするから……)
大満足でドアノブへ手を伸ばすと、内側からドアが開き、セバスチャンが現れた。
「姫様! ご無事でお戻りくださったのですね! なかなかお戻りになられませんので、何処かで迷っておいでなのではと、心配しておりました。今、捜しに参ろうとしていたところです」
うるうるした瞳で訴え、私の両腕にすがりつく。
「ご、ごめんごめん。ちょっと、いろいろ思うところがあって……」
「は? 思うところ……でございますか?」
きょとんとするセバスチャンを、曖昧な笑顔でかわし――するりと部屋に入った。
「姫様!……ようございました。ご無事でいらっしゃったのですね」
中に入るなり、エレンさんとアンナさんが寄って来て、ホッとした顔で迎えてくれる。
「ごめんね、二人にも心配掛けちゃって。……えっと、夜空がすっごく綺麗だったから、見惚れちゃってたの」
『ギルと会ってた』なんて、正直に言うのも照れ臭かったから、適当にごまかしていると。
再び、セバスチャンがペッタペッタと足音をさせながら近付いて来て、意外なことを私に告げた。
「では、姫様。今宵はお疲れでしょうし、湯浴みでもなさいまして、ごゆっくりお休みくださいませ。用意は整ってございますので」
…………え?
今、何て言った?
ユ・ア・ミ?
……ゆあみ――……湯……?
ええっ⁉
もしかして、お風呂のことっ!?




