第10話 二つの約束
王子とカイルの間で、気持ちがふらふらしたままの自分が、つくづく嫌になり、私が落ち込んでいると。
王子は私の頬にそっと片手を当て、少し困ったように微笑んだ。
「ああ、また……そんな顔しないで。責めているわけではないんだ。……カイルは魅力的だからね。君が惹かれてしまうのも、無理のないことだと思う。わかってはいるんだけれど……ね」
「……王子……。あの、私――」
「いいんだ。君は、私もカイルも、どちらも好きだと、正直に告白してくれた。黙ったまま、どちらにも覚られぬよう、したたかに二人と付き合うという方法だって、あったにもかかわらず……。隠すことも、ごまかすこともせず、まっすぐに気持ちを伝えてくれた。……そんな君だから、私もカイルも、急速に、君に惹かれてしまったのだろうね。……嘘のつけない君が……純粋な君が大好きだよ、リア」
「王子……。でも、あの……、――っ!」
『もう黙って』とでも言うみたいに、今度は正面から抱き締められた。
私の鼓動は、たちまち大きく、苦しいくらいに速く打ち始め、全身が一気に熱くなる。
強く――だけど優しく、彼の両腕は私を包み込んで――。
ドキドキするのに、ホッとする感覚もして……戸惑いながらも、私は王子の背に手を回し、上着にしわが寄るくらい、ギュッとつかんだ。
王子は、耳に息が掛かるほど――唇が、微かに触れるほどの距離まで顔を近付け、熱っぽくささやく。
「君をこのままさらって行けたら、どんなにいいだろう。君の気持ちも、カイルの気持ちも、全て無視して――君を奪ってしまえたら。……奪って、そして……永遠に、君を、誰の目にも触れないところに、閉じ込めておけたなら――」
とっ、閉じ込め――っ!?
……王子。
それは、私のいた世界では――立派に犯罪ですっ!!
思わず、そんなツッコミを入れたくなっちゃった、けど……。
でも……どーしてかな……。
王子に言われると……こんな、犯罪まがいの行為を口にされても、全然、嫌じゃない。
嫌じゃないどころか……ちょっと、嬉しくも感じちゃったり……して……。
……うぅ……。ダメだ。
私、どっかおかしいのかな?
束縛が嬉しいなんて……本当に、どうかしちゃってるのかも……。
……あー……ホントにダメ。
なんだか、頭がぼーっとして……。
「……すまない、リア。私が引き留めておいて、こういうことを自ら言い出すのは、失礼だと思うんだが……。そろそろ、部屋に戻らないか?」
「はい。…………え?……えっ?」
無意識に返事しちゃった後。
頭の中で、王子のセリフを反芻してから、ようやく、その意味を理解した。
思わず、『どうして?』って気持ちを込めて、見上げてしまう。
「……これ以上、共にいると……冗談抜きで、君をこのまま、さらって行きかねないからね。……少し、頭を冷やしたいんだ。取り返しのつかないことを、してしまう前に」
王子は切なげに、私の髪をゆっくりと撫でた。
そんな仕草にドキッとし、慌てて視線を外す。
「リア。私との約束――どうか、忘れないでほしい。次に会う時までには……『ギル』と呼べるようにしておくこと。それから――」
「――っ!」
突然のそれに、ビクッとした。
王子の掌が、私の左頬を包み込むように撫で……親指が、唇で留まる。
「……ここは、他の誰にも触れさせないこと。――誓ってくれるね?」
王子の、甘い魅惑的な声と、その仕草に。
全身が燃えたぎるように熱くなり、脳内が沸騰しそうで、ボーっとなってしまった私は、返事するどころではなくなってしまった。
――顔が熱い。
頭はもっと熱い。
唇がくすぐったい。
……だからもうっ!
こーゆーこと、いきなりしないでってばーーーーーッ!!
「リア?……誓っては……くれないのかい?」
王子は哀しそうに私を見つめ、手を下ろした。
私は慌てて、ぶんぶんと首を横に振る。
「……それは……誓ってくれるという意味? それとも……誓えない、という意味?」
また、ぶんぶんぶんと横に振る。
「では……誓ってくれるんだね?」
ぶんぶんぶんぶんと、今度は縦に振る。
「……よかった。君に拒否されたら、どうしようかと思ったよ」
ホッとしたように微笑んで、王子は再び髪を撫で……その流れで、髪の束をすくい上げると、ゆっくりと顔を寄せて来て、髪の端にキスした。
「~~~~~っ!?」
かっ、髪にキスって――!
この人、ホントに……唇以外であれば、どこにキスしても許される――とでも思ってるんじゃないでしょーねっ!?
……今のでいったい、どれだけの場所にキスされちゃったことになるんだか……。
思い返して数えるのだって、怖いくらいだわっ!
もう……、バカっ! 王子のバカっ!
バカバカバカーーーーーッ!!
真っ赤になって、ひたすらパニクる私をよそに、王子は、どこまでも涼しい顔で、
「ありがとう、リア。私の我儘に付き合ってくれて……。それでは、戻ろうか」
とか言って、さりげなく片手を差し出して来る。
私は、ちらっとその手を見やってから、大きく首を横に振った。
「――え? 戻らないのかい?」
「わっ、私、もう少しここにいます。戻るなら、王子一人でどーぞっ」
「……それは、べつに構わないが……。一人で戻れる?」
「だ、だいじょーぶですっ! 一人で来たんですからっ!」
「フッ。それもそうだね。――では、先に失礼するよ。おやすみ、リア」
優しく笑うと、王子は私に背を向けた。
とたん、胸がズキリと痛む。
もう会えないワケじゃないのに。
……明日になれば、また会えるのに。
それなのに、遠ざかって行く背中を見ていたら――なんだか、無性に寂しくて……。
「あ――あのっ!!」
思わず、大声で呼び止めていた。
意外そうに振り向く王子に、慌てて訊ねる。
「あ……明日……っ。明日は、いつ頃帰るんですかっ?」
「――いつ頃――。……そうだね、たぶん……昼頃になると思うよ」
「……昼、頃――……。そ、そーですか。わかりました。……え、と……。呼び止めて、すみませんでした」
「……いや。もう一度、君の声が聞けて嬉しかったよ。……では、ね――」
螺旋階段を下りて行く王子の姿は、すぐに視界から消えた。
私は独りでその場に残り……急激に襲って来た寒さと寂しさに震え、ギュッと自分の体を抱き締めた。




