第9話 次に会う時まで
「リア、ここは寒くない? 無理に付き合わせてしまっているが……もし辛いようなら――」
「だっ、大丈夫ですっ。……今は、あったかいです、から……」
王子が『戻ろう』って言うかもしれないと思うと、怖くて……。
思わず彼の言葉をさえぎるように、そう言ってしまっていた。
さっきまでの肌寒さが、嘘みたい。
王子の腕の中はあったかくて、なんだかホッとする……。
「そうか。……よかった。私の我儘に付き合って、君が具合を悪くしたということがあっては、悔やんでも悔やみ切れないからね」
「そんな――。王子はいつも大袈裟過ぎますよ。ちょっとくらい具合悪くなったって、死ぬワケじゃないんですから」
「そうかな?……それはわからないよ。人の命や、運命というものは――いつどこで、どう狂って来てしまうか、わからないものだから……」
「え?……王……子?」
私を抱き締める腕に、力がこもる。
彼は私の髪に顔を埋めるようにして、
「リア……。君は……君だけは……」
消え入りそうな声で、何やらつぶやいた。
「――え、なんですか? 今、何て言ったんです?」
こんなに近い距離にいるのに、彼が何て言ったのか、全然聞こえなくて……私は答えを求めた。
でも、私の声が耳に入らなかったのか、
「もし君が――カイルではなく、私を選んでくれたなら。その時は、どうか――すぐに呼んでほしい。どこにいようと、必ず駆けつける。そして君に――」
私を振り向かせ、両手で肩をつかむと、熱い眼差しでささやく。
「永久の愛と、誓いのキスを捧げよう」
……とこしえの……愛?
誓い……誓いの……き――っ、キキキっ、キスぅう~~~ッ!?
「きっ、キスって――! なっ、何言ってんですかっ!? そんなのいいですっ、いらないですっ! 全ッ――力で遠慮しますっ!」
ぶんぶんぶんと、大きく首を振って拒否する。
すると、王子は〝この世の終わり〟とでも言うような顔をして、
「酷い……。酷過ぎる。君がそこまで残酷な人だったなんて……」
私を非難するように、じっと見つめる。
「ざ――、残酷って言われても……。いっ、いらないものはいらないんですっ! 私、まだ十六歳だしっ!」
王子はきょとんとして、僅かに首をかしげた。
「君のいた世界では……十六歳でキスすることは、禁止されているのかい?」
う……っ。
禁止――されてるワケじゃ、ない……けど……。
――ってゆーか、もっと早くに経験してる子だって……いるんだろう、けど……。
でも……。
それでもやっぱり……。
「ひっ、他人はカンケーないんですっ、他人は! 私が〝まだ早い〟って思ったら、それが全てなんですっ!」
……それに、事前にキスの予告なんかされちゃったら……。
恥ずかしくて、素直に王子を選べなくなっちゃうじゃないっ!
すんなり王子を選んだら、まるで……私が、きっ、キス……したがってるみたい……じゃない?
……か……考え過ぎ、かな……?
そんなことが、ぐるぐる頭の中を回ってて。
めまいがして、王子に視線を移すと――。
何とも言えない複雑な表情をして、私をまっすぐ見つめていた。
「王子……? あ、あの……」
戸惑って見つめ返すと。
王子は片手で私の顎をつかんで上向かせ――親指でスッと、唇をなぞった。
「――っ!」
くすぐったくて、身を縮める。
王子は寂しそうな笑みを浮かべながら、
「それでは、キスを諦める代わりに。――リア。次に私に会う時まで、この唇は……誰にも触れさせないで欲しい。……たとえ、カイルであっても」
「な――っ! な、何言ってるんですか、いきなりっ!……そ、そんなことあるワケ――っ」
「『ある訳がない』と、私の目を見て言えるかい? あと少しで唇が触れる。――そんなところで、邪魔が入ったことはなかった?」
「――っ!…………え?」
ドキリとして目を見開く。
身に覚えがないことではなかったから……。
「……まあ、この場合の『邪魔』というのは、私のことだけれど」
王子は自嘲するようにつぶやくと、薄く笑った。
王子、もしかして……カイルと私がキスしそうになってたこと……知ってるの?
……じゃあ、まさか……。
さっき中庭で話してたのって……その時のことについて、だったんじゃ……。
「……君は、つくづく嘘がつけない人だね。気持ちが全て、顔に出てしまっているよ?」
「えっ!?」
とっさに、両手を頬に当てる。
顔に出てるって……どんな風に!?
私、そんなに……変な顔しちゃってるのっ!?
「……ほら。そうやって、すぐ人の言葉に反応してしまうところも。嘘が上手いのもどうかと思うが、嘘がつけない人というのも……見ている方は、なかなかに辛いものだね」
寂しげな微笑みに、胸がキュウッとなる。
やっぱり、王子にはバレちゃってるんだ……。
私がふらふらしてるから……王子もカイルも、傷付けちゃってるんだよね……。
私……私、どうすればいいの?
早く自分の気持ちを決めなきゃいけないのに……。
どちらが好きか、想いを定めなきゃいけないのに。
なのに全然……。
どうしていいのか、全然わからないよ――!




