第19話 王子のお誘い
夕食後。
私は椅子に座ったまま、アンナさんとエレンさんが、手際良く食器類を片付けて行く姿を、ただただボーッと見守っていた。
手伝いたいけど……。
きっとまた、『とんでもないことでございます!』とかって、丁重にお断りされちゃうんだろうし……。
「君……いや、サクラと呼ばせてもらおうか。サクラはこの後、何か用事があるのかい?」
「へっ?……よ、用事ですか?……いえ、特には……」
いきなり王子に名前を呼ばれ、一瞬ドキッとしてしまった。
……だって、晃人と両親以外で、名前を呼び捨てにされたのって初めてだったから……。
「では、よかったら、これから散歩に付き合ってくれないか? 綺麗な月夜に、たった一人でというのも、味気ないからね」
……月夜……。
やっぱりこの世界でも、『月』は『月』でいいのね。
異世界と言っても、共通点多くて助かるなぁ……。
――って、いやいや。
ここでの注目点は、そこじゃなくて!
「散歩……ですか。……えーっと……二人きりで?」
「そう。二人きりで」
「…………」
王子と二人きりってゆーのは、なるべく遠慮したいんだけど……。
どーせまた、人をからかって遊んだりとか、面白がったりとか、するだけなんだろーし……。
「……ん? もしかして、私が怖いのかな?」
「な――っ! べ、べつに怖くなんかないですっ! ただ――っ」
「では決まりだね。行こう」
私の言葉をさえぎり、王子はサッと立ち上がり、私に片手を差し伸べた。
「……なんですか、この手は?」
「エスコートだよ。姫君と共に歩くのであれば、当然だろう?」
「いえ、いいです。私、姫様じゃないんで」
キッパリ断ると、王子はクスッと笑って、
「そうか。それは残念。――ではセバス、サクラを少し借りるよ」
セバスチャンに声を掛け、先に立って歩き出した。
「は、はい。いってらっしゃいませ」
セバスチャンに見送られながら、私は渋々、王子の後に続いた。
散歩ってゆーから、てっきり、城の中庭にでも行くのかな~って思ってたんだけど。
予想に反して、王子は部屋を出ると、右方向に歩いて行き……下ではなく、上に向かう階段へと足を掛けた。
「えっ? 散歩って、外じゃないんですか?」
焦って訊ねると、
「ああ、そうだよ。こちらの方が、月が、より綺麗に見えると思うんだ」
王子は顔だけを私に向け、柔らかく微笑んだ。
「……はあ。そうなんですか……」
月の見え方なんて、よくわからないけど……。
城内のことは、王子の方が詳しいに決まってるから、素直について行く。
一階上がると、更に上へと続く、幅の狭い階段が、右側の奥の方に現れた。そこも、王子は無言のまま上って行く。
……く、暗い……。
灯りは、壁に備え付けてある小さなランプだけだから、足下が薄暗く、歩きにくいったらない。
しかもこの階段、どこまで続くんだろう?
前を見ると、延々と続く螺旋階段だけが目に入り、げんなりしてしまう。
それに加えて、目的地がわからないという不安で、歩いてる時間が、やたら長く感じられた。
「大丈夫? 一人で歩くのが大変なら、無理せず、私の手を取ればいい」
そう言って、王子はまた、私の前に手を差し出して来た。
私はぷいっと横を向き、頑として、その申し出を断った。
「大丈夫ですっ! このくらい、一人で歩けますから!」
「しかし……。その長いドレスでは、歩きにくいだろう?」
「それは……確かに、歩きにくいですけど……。でっ、でも平気ですっ! 転ぶようなヘマはしませんから、ご心配なくっ!」
「……そう? ならばもう少し、頑張ってもらおうか」
……あ。
この人、また笑ってるな?
前を向いちゃったから、顔は確認出来ないけど……肩が小刻みに震えてるもん。
ぜーったい、笑ってる!
……まったく。
どこまでも、人のことバカにして……。
意地でも転ぶまいと、私が必死に足下を見つめ、用心深く上ってると、
「ああ、やはり。……今夜は月が綺麗だ」
しみじみとした王子の声につられ、顔を上げた。
「わあ――!……ホントに、綺麗……」
月は大きくて、青白く光ってて……なんだか、幻想的で素敵だった。
しばらくは無言のまま、二人で夜空の月を見上げてた。
柔らかい風が、ふうわりと髪を揺らす。
その心地よさに、うっとりと浸りたくなったけど……そうのんびりもしてられない。
私は王子を見上げ、思いきって切り出した。
「……で? 私をこんなところに連れて来た、本当の目的は何なんです?」
「本当の目的?……何のことだい?」
「ごまかさなくてもいいですよ。みんなの前だと、言いにくい話があったんでしょ? だから、散歩だとか適当なこと言って、私を連れ出したんですよね?」
王子は目を見張り、少しの間、無言で私を見つめ返していた。
ふいに、『やれやれ』とでも言う風に肩をすくめ、
「……参ったな。君には全てお見通しというわけか」
体をこちらに向け、にこりと笑う。
「でも、君と夜空を見上げたいと思ったのは、本当だよ。――それは信じて欲しい」
『信じて欲しい』のとこで、瞬時に真剣な顔つきになり、私を意味ありげに見つめ……。
「うっ。……ど、どーでもいーです、そーゆーことは! それより、さっさと本題に入ってくださいっ」
急激に顔が熱くなるのが、自分でもわかった。
でも、ここで顔を背けたら、負けのような気がして……私は必死に踏ん張って、真正面から、王子の顔を睨み据えた。
まったくもう!
いちいち、妙な色気出さないで欲しいんだけどっ!
……どーゆー反応していーんだか、わかんなくなっちゃうじゃない……。
「困ったな。そんな目つきをされると……。本題と言っても、そう改まったことではないんだ。先程までの話の、続きと言うか……。もっと、君のことを教えてもらいたいと思ってね」
「……私のこと?」
「そう、君のことを。たとえば……君の世界の話とか」
「私の世界の……」
……って言われてもなぁ……。
どの辺りから……どの程度のことを話せばいいのか……ってことすら、わかんないや。




