第20話 神の恩恵を受けし者
「う~ん、私の世界の話かぁ。それは難しい質問ですね。えーっと……。あ、そーだ!」
私は両手を打ち合わせて、王子を見上げた。
「まずは、王子が質問してください。何が訊きたいですか?」
「え? 私から質問を?」
「ええ。一問一答って感じにしてもらえたら、こっちとしても答えやすいですし」
「ああ、なるほど」
王子は納得したようにうなずいた。
「では、そうだな……。君の世界とこの世界とでは、何か、大きく違う点はあるかい?」
「大きく違う点? そりゃーありますよ、もちろん!」
私は思わず拳を握り締め、前傾姿勢で叫んでしまった。
「へえ……。たとえば、どんな?」
「そうですねぇ……。あっ、そうそう! セバスチャンですよ、セバスチャン!」
「セバス?」
「ええ、そうです。セバスチャンみたいな生き物を、私の世界では鳥って言うんです。でも、セバスチャンみたいに大きくなくて。……あ。でも、ダチョウなんかは大きいか……」
私は一瞬、考え込んだ。
「えっと、セバスチャンにそっくりな鳥はいるんですけど、でも、もっと小さくて……。確か、三十センチくらい――っても、わかんないかな? 大きさの単位って違うのかもだから……えと、このくらいの大きさで」
仕方ないので、両手でおおよその大きさを示す。
「何より違うのは、人間の言葉を話したりはしない、ってことです。私達の世界の鳥は、教えたりすれば、数種類程度の言葉とか歌とか、発するようにはなるんですけど、セバスチャンほど、ハッキリ話すことは出来ないってゆーか……。えっと、人の言葉を正確に理解したり、自分の感情を言葉にして伝えることは、出来ないんじゃないかな?」
実際に理解出来てるかどうかは、鳥に訊いてみなきゃわからないことだから、一応ぼかしておく。
「とにかく、セバスチャンみたいな生き物は、私の世界にはいません! どこ探しても!」
「セバスのような生き物か。それは、わかる気がするな。この世界でも、セバスのように人に近い存在は希少だからね」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ、そうだよ。セバスのような生き物は、私の国では、『神の恩恵を受けし者』と呼ばれている」
「神の恩恵を受けし者?」
「神の恩恵を受けし者は、生まれた時から、あのような姿をしているわけではないんだ。ある日を境に、人並みの知能を与えられ、人語を話し出すらしい」
「ある日を境に!? いきなり巨大化して、人の言葉話すようになっちゃうんですか!?」
「という話だが……。私も、動物が『神の恩恵を受けし者』に変化するところを、直接この目で見た経験はないからね。実際のところはわからないんだが……。ただ、セバスやウォルフから聞いた話だと、そんな感じだったらしい」
「うぉるふ?」
「ん?……ああ、君が知っているわけがないか。私の城にいる『神の恩恵を受けし者』だよ。彼もセバスのように、国に仕えてくれているんだ」
「へえー。王子の国にも、セバスチャンみたいな生き物が……」
そっかぁ……。
なんかちょっと、会ってみたいかも。
「でも、いきなりあんな風になっちゃうなんて、不思議ですよね。えっと、その、『神の恩恵を受けし者』ってものに変化するには、特別な条件とか、あったりするんでしょうか?」
「え? 特別な条件?」
「はい。――だって、そんなものでもなければ、鳥さん達が次から次へと、セバスチャン化してっちゃうような気がしません?」
「セバスチャン化?」
王子は一瞬ぽかんとして……それから、口元に手を当てて吹き出した。
「『セバスチャン化』って……。君は本当に、面白い表現をするね」
……え。
そ、そーかな?
特に、面白い言い方をしたつもりはないんだけど……。
「そうだな……これが条件かどうかはわからないが、もしかしたら、〝長生きすること〟……だろうか」
「――へ? 長生き?」
「ああ。君は、セバスの年齢は知っているかい?」
「え……。あ、ああ――。訊いた時は、『百は過ぎてる』って、言ってたと思いますけど……」
自分でもわからなくなるくらいなんだから、かなり長生きには違いないよね?
「それは多分、変化した後のことを言っているんだろうな。セバスだけではなく、他の数少ない『神の恩恵を受けし者』の例を挙げてみても、変化前、彼らは百年以上は生きていたそうだから」
「ひゃ――っ、百年以上!?……ってことは、変化前、既にみんな、百歳超えてた……ってこと?」
し……信じらんない。
人間だって、そこまで生きるのは難しいのに……。
「じゃあやっぱり、『神の恩恵を受けし者』になるための条件は、長生きってことか……」
なんかそれって……猫が化け猫に変化する条件と一緒、って気がするなぁ。
もしかして、『神の恩恵を受けし者』って……つまりは、えーっと……。
…………妖怪?
そこまで考えて、私はハッと我に返った。
まさか!
セバスチャンが妖怪なんて!
そんなの絶対、あり得ないよ!
でも……もし、仮にそうだったとしても……。
あんなに可愛い妖怪なら、全然問題ないよねぇ?
「うん、そーよっ! やっぱりそーよねっ! 世の中には、『可愛いは正義』って言葉もあるくらいだしっ!」
両拳を握り締め、思わず叫んでいた。
王子は目を瞬かせて、
「ええと……。今のはいったい、どういう意味だい?……可愛いは……正義、だったかな?」
「えっ?――あ、いえ! な、なんでもないです! なんでもっ!」
あ……あははは……。
私ってば、可愛いものに弱いから……。
つい、力入っちゃった。
「え~っと、それで……次の質問は?」
さっさと話題を変えて、気をそらそう。
「ああ、そうだったね。それでは……君の世界の食物と、ここの食物とでは、何か違いはあるかい?」
「食物……ですか?……ん~……、今日の夕食を見た限りでは、思ったほど、大きな違いはなさそう……ですけど」
「へえ、そうなのか。それはよかった」
「でも、まだ一食分見ただけですし……よくわかりません」
「うん。それはそうか。君がこちらに来てから、まだ一日も経っていないんだったね」
「はい。だから、明日の朝食がどんな感じなのか……期待と不安が半々、って感じなんです」
「朝食か……。君は食べることが好きな方かい? それとも、口に入れば何でもいいという――」
「食べるの大好きですっ! 特に、安くて美味しいものが! 食べてる間はもーう、それだけですっごく幸せですっ!」
被せ気味に言い切ると、王子はくつくつと笑いながら、
「だろうね。夕食時の君を思い返せば……それは即座に納得出来るよ」
などと、意味ありげな視線を送って来た。
う……マズイ。
めちゃくちゃ食い意地張ってる子だって、思われちゃったかな……?
……ま、まあいーけど!
王子に、どー思われたって。
私は少しムッとしながら、その視線から逃れるように横を向いた。
「おや? もしかして、怒らせてしまったかな?――気を悪くしたなら、申し訳ない」
心配してるようなセリフではあるけど、王子の態度は、相変わらず余裕たっぷりで……。
なんだか、余計にムカついた。
「ホントにそう思ってます? 絶対、悪かったなんて思ってませんよね?」
「そんなことはないよ。君を傷つけるつもりなんてなかったんだ。……ただ、どの料理も美味しそうに食べていた君を、ふいに思い出してしまったものだから……。あの時の君、とても可愛かったよ。サクラ」
「――っ!」
再び名前を呼ばれ、王子に極上の笑顔を向けられたとたん、私の心臓は大きく跳ね上がった。




