第11話 油断ならない人
「君……どうかしたのかい? 難しい顔をして黙り込んで」
王子の声で、ハッと我に返る。
いけないいけない。
姫様がこのまま帰って来なかったら、この国はどうなっちゃうんだろうとかって考えてたら、つい……。
私は慌てて首を振り、作り笑いを浮かべた。
「い、いえっ! なんでもないです! すみません、ボーっとして……」
「ボーっとしていたと言うより、何か考え込んでいるように見えたが……」
「そっ、そんなことありませんよ! 考え過ぎです。王子の考え過ぎっ」
「……まあ、言いたくないのであれば、それでもいいよ。こう見えても私は、気が長い方だから」
引きつり笑いの私と違って、満面の笑みで返す王子に、私はぐっと詰まってしまった。
……ぬぬぅ。
信じてないな、これは……。
やっぱりなんか……やりにくいなぁ、この人……。
そんなことを思いながら、張り付いた笑顔で王子を見上げていると。
ノックの音が響いて、反射的に振り返る。
「さく――……ひ、姫様。入らせていただいてよろしいですかな?」
「セバスチャン? うん、いいよ。入って!」
「失礼いたします」
部屋に入るなり、セバスチャンはトテトテと近付いて来て、私達にペコリと頭を下げた。
「申し訳ございません! あれこれと各方面に申し付けておりましたら、遅くなってしまいました。――さ、さく――姫様。よく効くお薬を持って参りましたので、傷口にお塗りくださいませ」
恐縮しつつ、すっと薬を差し出す。
「ああ、いいのセバスチャン。傷ならもう――」
「ありがとう、セバス。もう顔を上げていいよ。――それより、薬は私が塗ってあげることにするから、少しの間、あちらを向いていてくれないか?」
……へっ?
私が『もう治ったから』と断ろうとしたら、さえぎるように王子が身を乗り出して来て、またしても妙なことを言い出した。
「は? あちらを向けとおっしゃいますのは……何故でございましょう?」
セバスチャンは不思議そうに顔を上げ、王子の顔をしげしげと見返す。
「リアの爺やと言えども、私以外の男に、彼女の柔肌を見せたくはないし、婚約者としても、やはり良い気はしないからね。――頼むよ、セバス」
「ピャヒャッ!?」
「な――っ!」
セバスチャンと私は、同時に驚きと困惑の声を上げた。
「もっ、もも、申し訳ございませんっ! 老いぼれゆえ、そこまで気が回らず……。し、失礼いたしましたーーーっ!」
慌てたように一礼してから、セバスチャンはくるっと後ろを向いて、トテトテテーーーっと、すごい勢いで部屋の隅まで走って行った。
私は顔を熱くしながら、王子に抗議してやろうと、胸の前で両拳を握る。(……いや。べつに、ファイティングポーズを取ったつもりはないんだけど)
「おっ、王子!? 何バカなこと言ってんですか! セバスチャンが私の肌なんか見るワケ――」
「いいから! 君も話を合わせてくれないか? 私の力のことは、父と弟、残り数人ほどしか知らないことなんだ。セバスを信頼していないわけではないが……なるべくなら知られたくない」
「あ……。そ、そーゆーことだったんですか……」
王子に耳元で懇願され、事情を知った私は、納得してうなずいた。
確かに、王子の能力が多くの人にバレちゃったら、大変なことになっちゃうもんね。
多くの怪我人が、『私も』『私も』って、ウジャウジャ寄って来ちゃうに決まってる。
……でも、王子の治癒能力って、舐めることでしか発揮出来ないものなのかな?
だとしたら、私みたいな軽い擦り傷ならまだともかく、もっと大きな――重症、って感じの傷口……だったら……。
……う。
思わず、ダラダラの流血シーンを想像しちゃった……。
王子のその、〝舐めることで傷を癒せる能力〟が、どんなに強力な力だったとしても。
……やっぱ嫌だよね、他人の傷口をひたすら舐めて回る、なんてのは……。
「わかりました! とりあえず、セバスチャンには数日、腕見せないように気を付けます。傷が消えてるのがバレたら、大変ですもんね」
「ああ。そうしてもらえるとありがたい。……本当は、数日と言わず……ずっと、誰にも見せて欲しくはないけれど」
「……へ? 傷口……ですか? でも、ホントにかすり傷だったし、あの程度なら、数日で治っちゃうと思いますし……」
「そうではなくて。君の柔肌の方……だよ」
「なっ、や…っ?」
意味ありげに耳元でささやかれ、一気に赤面してしまう。
ホントにいったい、なんなのこの人っ!?
姫様って人がいながら、私にちょっかい出そうってーの!?
……って、あ……。
姫様とは、婚約解消……なんだっけ。
でっ、でもでもっ!
たとえ今はフリーだとしても、今日会ったばかりの女子高生に、どーゆーつもりでこんな……こんな恥ずかしいセリフをっ!?
「……ふふっ。可愛いね。耳まで真っ赤だ」
「だ――っ!……っからっ、どーしてあなたは、そーゆー……!」
私は慌てて両手で耳を塞ぎ、数歩後ずさって、彼と一メートル以上の距離を取った。
……やっぱり、この人苦手だ!
人のことからかって、遊んでる気がする!
……こんな人が、王子様だなんて……。
姫様は、この人のどこを好きになったんだろ?
実は、本性知らなかったりするんじゃないの?
……でもまあ、とりあえず。
これからは、なるべくこの人には、近付かないようにしよう。
心に誓いつつ、私は更に大きく、王子と距離を取るのだった。




