第8話 無鉄砲な王子
私と姫様の事情と言うか、秘密と言うか。
打ち明けられるようになるまで待ってくれると、王子は約束してくれた。
でも、ひとつだけ訊いてもいいだろうかとお願いされ、『ひとつだけなら、まあいっか』と、軽い気持ちでうなずくと。
「君は、どういう経緯で、リアの身代わりをすることになったんだい?」
ものすごくストレートな、そして、もっともと言える質問をして来た。
「……え? えっと、それは……」
……どーしよう?
王子にも、ホントのことを話した方がいい?
でも、話したところで、信じてくれるのかな?
セバスチャン達があっさり信じてくれたのが、まず奇跡――って言ってもいいくらいのことだと思うし。
「それは、あの……セバスチャン達が戻って来てからお話するってことじゃ、ダメですか?」
「ダメではないが……。まあ、それはともかくとして。どうして君は、セバスのことをセバスチャンと呼ぶんだい?」
「へっ?……えっと、それは……その方が呼びやすいから、ですけど?」
「呼びやすい?」
王子はイマイチ納得してないご様子だけど……。
べつにいーでしょ!?
執事ったらセバスチャン! セバスチャンなのよっ!
……あ、でも、セバスチャンって執事なんだっけ? 私が勝手に思ってるだけ?
私がつらつらと、どうでもいいようなことを考えていたら、王子はクスッと笑って。
「セバスをセバスチャンと呼ぶことと言い、私を王子と呼ぶことと言い……君は、本気でリアの身代わりをする気があったのかな?」
「……え?」
「身代わりを引き受けるのであれば、リアの性格や身のこなし、歩き方や話し方、周囲の人間に対する呼び方や接し方……一通り覚えておかなければ、すぐに変だと気付かれる。そうは思わなかった?」
「う――っ」
そ……そりゃそーだけど。
姫様の性格とかは、前もって聞いてたけど……。
でもそれはっ、王子が予想以上に早く現れちゃったから、いろいろ覚えたり練習したりする暇がなかったからでっ!
「しょ……しょーがないじゃないですかっ! 王子がこんなに早く来るとは思わなかったし……。準備不足に練習不足は、王子のせいでもあるんですからねっ?」
……って、また言っちゃった……。
王子様に対して、すごく失礼なこと言っちゃってる、よね……?
「そうか。それは申し訳なかった。――だが、私もリアを傷つけてしまったと知って、じっとしていられなかったのでね。後先も考えず、飛び出して来てしまったんだ。……今頃、フレディは大変なことになっているだろうな。悪いことをしたよ」
「……ふれでぃ?」
「弟だよ。フレデリックというんだが、私はフレディと呼んでいる」
「へえ……弟さんですか。でも、大変なことに……って?」
「事情を弟だけに話して、『後は頼む』と飛び出して来てしまったからね。今頃、大変な思いをしているんじゃないかな」
「えっ、弟さんだけに!?……だ、大丈夫なんですか? 王子って、長男ですよね? 次期国王になる人なんですよね? そんな人が、思いつきでふら~っと城出て来ちゃったら、大事件になっちゃうんじゃないですか?」
「思いつきでふら~っと……というのは酷いな。これでもいろいろ、考えた末の行動だったんだが……」
「いろいろ考えて? 王子がお供の人も連れず、真っ暗な道を馬に乗って……ってのが、いろいろ考えた末の行動なんですか!? この国に来る途中で、事故や事件にでも巻き込まれてたら、それこそ大問題でしたよ!?」
「ははっ。大丈夫だよ。そんな大事にはならない。これでも、剣の腕には自信があるんだ。数人の野盗に取り囲まれたところで、どうということもないよ。城に関して言えば……フレディは控えめな性格ではあるが、やる時はやる男だし、とても優秀だからね。父上――陛下や重臣を説き伏せることなど、お手の物なんだ」
ほ……ホントかなぁ?
かなり呑気に構えてるけど……。
でもまあ、優秀な弟さんがいるなら、問題ない……のかな?
とにかく王子は、弟さんのことを心から信頼してる、ってことだよね……。
「仲いいんですね、弟さんと」
私は一人っ子だから、羨ましくって、思わず笑みがこぼれてしまう。
王子は一瞬、驚いたような顔をしてから、ふっと笑って。
「……そうだね。仲はいい方だと思うよ。母親は違うんだが、幼い頃からよく懐いてくれていたしね……」
え……。
そっか。お母さん、違う人なんだ……。
「あの……ごめんなさい。私、立ち入ったこと――」
「どうして謝るんだい? 腹違いの兄弟なんて、珍しい話でもないだろう? 父親が国王というのなら、尚更ね。それに、本当に私とフレディは仲がいいんだよ。嘘だと思っているのかい?」
「いえっ、嘘だなんて思ってません! 私は兄弟いないから、羨ましいな……とは、思いましたけど」
「……そうか。まあ、兄弟もいろいろだと思うけれどね。幸い、私達は上手く行っているが……中には、互いの存在を疎ましく思っている兄弟だって、いるかも知れないよ?」
「えっ。……あ……そっか。……そうです、よね……」
歴史上にだって、仲悪かった人達、結構いるわけだし……。
世の中、仲の良い兄弟ばかりじゃないんだよね。
……でも、なんだか……。
悲しいなぁ、そーゆーのって……。
「ところで、腕の具合はどうだい? まだ痛む?」
「……へ?……あ、あぁ……。いえ、もう全然。痛くもなんともないです」
唐突に訊かれたから、一瞬、何のことか思い出せなかった。
腕に擦り傷こしらえちゃったんだっけ。
「セバスが薬を持って来ると言っていたが、かなり遅れているようだね。傷の具合を確かめたいから、見せてもらえるかな?」
「そうですよね。セバスチャン、よく効く薬があるとか言っ――て――……え?……え? 傷の具合……って?」
「腕の傷だよ。傷の具合を確かめたいから、腕を出して」
「え……いやっ、大丈夫です! ホントにもう、これっぽっちも痛みませんし!」
「ダメだよ。どんなに浅い傷でも、軽く見ちゃいけない。膿んでしまったら大変だ。――ほら、見せてごらん?」
王子は片手を差し出し、私の方へ歩み寄って来る。
「いえっ! ホントのホントに、大丈夫ですからっ!」
私は慌てて両腕を後ろに回し、王子に見えないように傷を隠した。
「まったく、強情だな……。いいから、ほらっ」
「ちょ――っ! お、王子!?」
強引に腕をつかまれ、私はギョッとして声を上げた。
王子は自分の顔の前に私の腕を持って行くと、また肘辺りまで袖をまくる。
「……ああ、よかった。血は止まっているようだ」
「だから大丈夫だって言ったじゃないですか! わかったら離してください!」
「うん。しかしこれでは、乾いた血が邪魔をして、傷口が見えない……」
「――ッ!?」
止める間もなく、王子は私の腕に唇を当て、傷痕をひと舐めする。
「ひぁ――ッ!」
くすぐったくて、思わず声を上げてしまった。
それでも王子は、舐めることをやめようとしない。
ホントに……この人は……まったく……いったいぜんたい……。
何考えてるのぉおおおおーーーーーッ!?
私が固まってる間にも、王子は傷口に唇を当て、傷痕をなぞるように舌を這わせていた。
そして、しばらくしてから唇を離し、
「……よし。血は全て舐め取っ――」
そこで言葉を切ると、『信じられない』とでも言いたげな顔で、私の腕を凝視する。
……んん? どーしたんだろ?
今度は王子が固まってる。
腕をつかまれたままの沈黙状態に耐えられず、
「あの……どうかしました?」
恐る恐る訊ねたら、王子はゆるゆると顔を上げ、私をじっと見つめて。
「……君は……。君はいったい……」
「え?」
「何者なんだ――?」
………………はい?
王子の質問の意図がわからず、私はきょとんとして首をかしげた。




