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桜咲く国の姫君~神様の気まぐれで異世界に召された少女は王子と騎士見習いに溺愛される~  作者: 咲来青
第4章 ルドウィン国の王子

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第7話 抱擁の理由

 しばらくその場で泣き続ける私を、王子はただ黙って、見つめ続けていた。



 ……恥ずかしい。悔しい。

 こんな人の前で――姫様を傷つけた人の前でなんて、絶対泣きたくなかったのに。


 気持ちとは裏腹に、涙は容赦なくこぼれ落ちて来て……。


 こんな顔見られたくなかったから、顔を覆うなり、後ろを向くなりしたかったんだけど。

 それをしたら、王子に弱みを見せることになる気がして、出来なかった。



「君は……いつもそんな風に泣くの?」

「――っ、違います! 泣いたりなんか……私は、人前で泣いたりなんか――!」


「そうか。では……人前で泣くのは、これが初めてなんだね?」

「そ――」


 『そうです』と言おうとした瞬間、王子は私の腕を引いて、自分の胸元に顔を埋めさせた。



 一瞬、頭が真っ白になる。


 後ろから抱き締められた時も、びっくりして、恥ずかしくて、すぐに離れてほしくて、メチャクチャに暴れてやろうかと思ったけど。


 真正面から抱き締められた時の衝撃は、すぐにどうこうしてやろうと思えるほどの余裕を、私に与えてくれなかった。


 王子の胸板の厚みや、抱き締めている腕の力強さ。

 女性とは違う体の感触や、男性的な――でも、嫌悪感を感じさせない――どこか安心感すら覚える香り。

 規則的に響く鼓動。


 触覚、嗅覚、聴覚を刺激する情報が、一度にわっと押し寄せて来て……。



 驚いたのももちろんだけど、何よりも意外だったのは、抱き締められても、少しも『嫌だ』という感覚が、自分の中に芽生えなかったことだ。

 それどころか、王子のたくましい腕に包まれているうちに、妙な安心感なんかも生まれて来てしまい……。


 そこでようやく、私はハッと我に返った。



「な――っ、何するんですか!? 離してくださいっ!……離してってばっ!」


 慌てて、王子の体を引き離しに掛かる。


「まあ、落ち着いて。泣き顔なんて、他人(ひと)には見せたくないんだろう? こうしていれば、君の顔は見えないと思ってしたことなんだが……余計なお世話だったかな? あのまま、君の可愛い泣き顔を、眺めていて欲しかった?」


「――っ!」



 な……何言ってるの、この人?

 何が『可愛い泣き顔』よ!?


 ……よくもそんな、恥ずかしいセリフを……!



「私はどちらでも構わないけれどね。こうして、君を胸に抱いているのも。君の可愛い泣き顔を、見続けているのも。……さあ、どうする? 君はどちらがいいのかな?」


「そんなの、どっちも嫌に決まってるじゃない!」


 間髪(かんはつ)をいれずに叫ぶ。

 すると王子は、


「……そうか。残念だな。君がどちらを選んでも、私にとっては、美味(おい)しい話だったのに」


 またワケのわからないことを言って、私を混乱させた。



 ホントに何なの、この人? 私をからかって、遊んでるの?


 ……ああ、もう……。

 王子の第一印象が、どんどん変貌(へんぼう)()げてっちゃってるんですけど……。



 つかみ所のない王子の言動に、私は完全に呑まれてしまっていた。

 思いっきり拒絶したいのに、私の体は、王子のたくましい腕の中にすっぽりと収まってしまっていて、ろくに動くことも出来ない。



 うぅ……どーしよう。

 ずっとこのままなんて耐えられない!


 ……けど、離れたら離れたで、涙でぐしゃぐしゃになっちゃってる顔を、見られちゃうことになるし……。



 ああもうっ!

 ホントに、どっちか選ばなきゃダメなの?

 どーにかして、どっちからも逃れる方法はないの?



 目が回りそうなほど、ぐるぐると考えを巡らせてると。

 ふいに、頭上でくすりと笑い声がした。


「まったく。君は本当に可愛いね。……仕方ない。この辺りで勘弁してあげようかな。君の涙を最初に見たのは私だ――という栄誉を、与えてもらえたわけだからね。今はそれだけで良しとしようか」



 ……は? 栄誉?


 …………何それ?



 ますます混乱する私を胸から離し、体を逆方向に向けさせると、王子は私の肩に手を置き、優しく押し出すようにして、窓辺まで移動させた。


「――はい。これで元通りだ。ここでなら泣けるんだろう? 君が泣き止むまで、こうしていてあげるから……思う存分泣けばいい」


「な……泣けばいい、って……」



 突拍子もない誰かさんのせいで、涙なんかとっくに止まっちゃってるっつーの!



「もう泣いてません!――ってか、これからだって泣きません!……さ、さっきのはたまたま……。あなたがあんまり、姫様に酷い仕打ちするから、つい――」


「……酷い仕打ち、か……」



 ……あれ? 黙っちゃった。


 ちょっと、言い過ぎた……かな……?



 私が後悔し始めた頃、王子の大きなため息の音が聞こえて――。


「それにしても、君は優しいね。先ほど君は、リアとは会ったことがないと言っていたが――それでも、その会ったこともない人のために、泣いてあげることが出来るのだから」


「そ――っ、そんなんじゃありません!……確かに、会ったことはないけど……でも姫様は――リナリアさんは――っ!」


「……リアは? 君の何?」


「――っ!……それ、は……」



 ………言えない。


 姫様と私は……きっと……だと、思うけど……。


 でもまだ、何の確証も得られてないことだし……。

 私が勝手に、そう思ってるってだけのこと、だし……。



「今はまだ……言えません。でも……でもいつか、ちゃんとお話出来る時が来ると思います。だから……その時まで、待ってもらえませんか?」



 なんとなくそんな気がする――ってだけで、みんなに納得してもらえるほどの説明、出来るワケないもん。

 ちゃんと証拠をつかむまで――確証が持てるまでは、気安く口にしちゃいけない気がする。


 ……まあ、その証拠ってヤツが見つかる保証なんて、どこにもないんだけど……。



「わかった。君がいい加減なことを言うとも思えないしね。――待つよ」

「王子……。ありがとうございます」



 この人のことだから、また何か言い出すんじゃないかって、ちょっと心配だったんだけど。

 意外にも、すんなりと受け入れてもらえて、私はホッと息をついた。

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