第4話 王子と黒馬
この人が……ギルフォード王子……。
馬に乗ってた時は、月を背にしてたからよくわからなかったけど……。
改めて見ると、王子はなかなかの美形だった。
でも、王子様と聞いてとっさにイメージするような、オーソドックスなタイプとは違って……何てゆーのかな? ちょっとワイルドさも含んでる、みたいな……。
……いや、王子様のイメージっても、人それぞれ違うのかも知れないけど。
とりあえず、私が抱いてたイメージは、金髪碧眼(この辺りからして偏見?)で、髪質はサラサラ、又はふわふわで、体はやせ型。
それに比べて、ギルフォード王子の髪は黒――と言ってもいいくらいの、深いこげ茶色。
髪質は……見た感じだと、ちょっと硬めのような気がする。
瞳の色は……う~ん……薄暗いから、ハッキリとは確認出来ないけど、明るめの茶色――赤っぽい茶色じゃなくて、黄色っぽい茶色――かな?
体は、やせてないワケじゃないんだけど、やせてはいるんだけど……どちらかとゆーとガッシリしてるってゆーか、たくましい感じ?
見た目の印象だけで言えば、白馬の王子様ってよりは、黒馬の騎士――って言った方が、ピンと来るんだよなぁ……。
「リア? ぼんやりして、どうかしたのかい?」
「……え?……あ、いえっ! べ、べつに……」
……ヤバイ。
じろじろと、全身くまなく見つめ過ぎたか……。
ん~……、めっちゃ怪しまれちゃったかも……。
気まずくてうつむいていたら、
「リア! 腕から血が出ているじゃないか!」
急に大声を出され、ビクッと体を縮こめる。
すかさず、王子は私の腕をつかみ、袖口を肘の辺りまでたくし上げた。
「えっ? ちょ…っ!」
焦る私に構うことなく、王子は私の腕を、自分の顔の前まで持って行き……。
「ひゃ…っ!?」
……舐めた!
王子が私の腕を……傷口を……な、なな……っ、舐めたーーーっ! 舐めてるぅううーーーっ!
いやーーーっ!
いきなり何するのよっ、この人ぉおおおーーーーーっ!?
ただただ仰天して、硬直したまま動けないでいる私を、特に気にする風もなく……。
王子は私の傷口を舐め終わると、再びじいっと傷口を見つめた。
「……ダメだな。すぐに血が滲んで来てしまう。――セバス!」
「ピョッ!? はっ、はいっ」
「急ぎ城に戻るぞ! リアの治療をしなくては」
王子は軽々と馬に飛び乗った後、私へと片手を差し伸べて来た。
「おいで、リア」
……え? 『おいで』……って?
「怖がらなくていい。アルフレドも、リアを気に入っている。暴れ出したりはしないから。ほら、おいで」
……アルフレド……ってゆーのは、たぶん、この黒い馬の名前なんだろうけど……。
う~ん……。
つまり、この馬に一緒に乗れ――って言ってるワケね?
「おいでって言われても……。私、乗ったことないし」
「心配はいらないよ。あぶみに足を掛けてから、手を伸ばせばいいだけだ。あとはこちらで引き上げる」
「……あぶみ?」
……ああ、鞍の横にぶら下がってるヤツか。
「いえ、やっぱりいいです。歩いて帰ります。――ねっ、セバスチャン?」
「ピッ?……い、いえ……。やはり、さく――……ひ、姫様は、ギルフォード様の馬に、乗せていただいた方がよろしいのでは……」
「えっ、なんで!? 腕なんてちょっと擦っただけだし、足はなんともないんだから、ちゃんと歩けるよ?」
「ですが……。カイルが旅立った今、灯りは私が下げているものだけですので、足下を照らすには、不充分かと思われますし……。やはり、ギルフォード様と共に、馬にお乗りくださいませ」
「えーーーっ!?……そんなぁ~……」
会ったばかりの人と一緒に、乗ったこともない馬で戻れ、なんて……。
「リア、我儘を言わず私の手を取るんだ。擦り傷などと侮っているが、そのまま放っておいたら、傷口が膿んで来てしまうかも知れないよ?」
……って、元はと言えばこの擦り傷は、あなたが急に現れたからびっくりして……。
「姫様、どうかお願いいたします。このままでは、爺は心配で心配で……」
……あーっ、もうっ! わかったわよ。
乗ればいーんでしょ、乗ればっ!?
私は王子に向かって手を伸ばし、渋々頼んだ。
「……お願いします。乗せてください」
「うん、良い子だ。では、私の手をつかんで、あぶみに足を乗せて?」
王子の言う通り、あぶみに右足を乗せる。すると王子は、右手で私の左手を引き寄せてから、もう片方で私の右脇をつかみ、そのまま一気に抱き上げた。
「きゃ…っ!」
王子に抱き寄せられ、胸元に顔がくっつく。思わず赤面してしまったけど、王子は私を横向きに座らせると、手綱を握り、
「しっかりつかまっておいで。アルフレドも不慣れな場所だからね。足を滑らせたり、つまずいたりするかも知れない」
ドキドキしてしまっていた自分が、恥ずかしく思えるくらいの涼しい顔で、注意を促すのだった。
馬上での王子は、一言も言葉を発することなく、ゆっくりと馬を歩かせていた。私も初めての乗馬ってこともあったし、王子の両腕に挟まれるような形になっちゃってる……ってこともあって、妙に緊張してしまって……。
……う~ん……。なんでこんなことになっちゃったのかなぁ……?
王子がこっちに着くのは、明日ってことだったから、まだまだ全っ然、心の準備してなかったよ……。
それに、一国の王子様がたった一人で馬に乗って……しかも、こんな真っ暗な中やって来るなんて、誰が思うってゆーのよ?
てっきり、馬車か何かに乗って、供も数人引き連れて……って感じだと思ってたのに。
私はそうっと、王子の顔を窺った。
月明かりの下、改めて眺めてみても……やっぱり美形、って印象は変わらない。でも、もうちょっと柔らかな雰囲気の人を想像してたかな。
……ふむ。
美形は美形でも、端正って表現するより、精悍って表現する方が合ってるとゆーか……キリッとした顔つきは、やっぱり王子ってより、騎士って感じ。
「リア」
「………ふぇっ?」
ぼけーっと眺めてたところにいきなり呼び掛けられ、妙な声を上げてしまった。
「あ……、なっ、なんですか?」
「さっきは慌てていたから、言うのが遅れてしまったが……すまなかった。君に怪我をさせてしまうなんて……」
「え……? あ、いえっ! 確かに驚きはしましたけど、あんなところに――しかも夜に人がいるなんて、誰も思いもしないでしょうし……。怪我って言ったって、ちょこっと擦っただけですから。気にしないでください」
焦って答える私をじっと見つめてから、王子は静かに首を横に振った。
「いや。どんな理由にしろ、怪我をさせてしまったのはこちらの落ち度だ。他国の姫君である君に――クロヴィス様の、大切な一人娘である姫君に怪我をさせたとあっては、申し訳が立たない」
「そんな大袈裟に言われたら、こっちが困っちゃいますよ。本人が大丈夫って言ってるんですから、それでいいじゃないですか。――ねっ?」
この程度の傷に、そこまで深刻な反応されちゃってもねぇ……。
まるで、国際問題にもなりかねない、ってくらいの言いようじゃない?
いくらなんでも、大袈裟過ぎるでしょ。
「リア……。ありがとう。君は優しいね」
くすぐったそう笑みをこぼす王子は、真顔の時よりも幼く――少年のように見えた。




