第14話 優しくなんか……
「サクラ様? いかがなされました?」
「あ、ううん。ごめんね。ちょっと、ボーっとしちゃって」
「もしや、お加減が優れないのですかな? ご無理はいけませんぞ?」
「大丈夫だってば。心配性だなぁ、セバスチャンは」
私はあははと笑って、話の先を促した。
「そんなことより、姫様の記憶って、もう戻ってるの? それとも、まだ……?」
「まだ……なのではないでしょうか。ご記憶が戻られていないからこそ、他人行儀になってしまわれ、陛下を避けるようになってしまわれたのではなかろうかと――」
「避けるように?……そっか。姫様の方から、距離置いちゃったんだ?」
「いえ、それが……。先に距離を置かれましたのは、陛下からだったような気がいたします」
「国王様から!?……なんで? どうしてそんな、突き放すようなことを?」
「どう接すればよろしいのか、わからなかったのではないでしょうか? あれほどご活発で、よくお笑いになるお子様だった姫様が……正反対のご性格になってしまわれたのですから」
「だからって、それは姫様のせいじゃないじゃない! 記憶を失っちゃったからなんでしょ?……姫様、急にそんなことになっちゃって……きっと、心細かったと思う。わからないことだらけで、不安だったと思うよ? そんな時に、いくら性格変わっちゃったからって、父親が娘を遠ざけるなんて――!」
……酷いよ。姫様、可哀想だよ。
私は……私のお父さんは、そんなことしなかった。
私が記憶失ったって知っても、いつも優しく接してくれた。『大丈夫。そのうち思い出すよ』って……笑い掛けてくれたよ?
それが父親ってもんなんだって、ずっと信じてたのに……。
なんだか無性に胸が痛んだ。
私がお父さん――ううん、お母さんからも受けてたたくさんの愛情を、姫様は、ずっと受けられずに育ったんだって思ったら……堪らなかったんだ。
「じゃあ、姫様は……ずっと寂しかったのかな? セバスチャンや、アンナさんやエレンさんや、カイルさん……たくさんの人達に囲まれてても……それでもやっぱり、孤独を感じてたのかな?」
「……それは姫様にしか、おわかりにならないことですが……恐らく、お寂しかったでしょうな……」
セバスチャンはしょんぼりして……アンナさん達も、悲しげな顔でうつむいてしまった。
「でも……でも国王様は、姫様のこと、大事には思ってるんだよね? ただ、急に変わっちゃったから、戸惑ってるだけで……愛情がないワケじゃないんでしょう?」
訊ねながら、私は初めて会った時の、国王様の優しい眼差しと、温かい手を思い出していた。
国王様、目に涙浮かべてた。
姫様のこと、きっとずっと心配して……眠ってなんかいられなかったはず。
国王様の姫様に対する気持ちは、絶対、十年前と変わってなんかいないよ。
……でなきゃ、あんな顔出来るワケない。
「サクラ様は、お優しいですな。お会いになったこともない姫様のために、胸を痛めていらっしゃる……」
「――え?」
セバスチャンの言葉に、私は複雑な気持ちになった。
優しい……?
……違う。そんなんじゃない。
そんなのとは違うんだよ、セバスチャン。
この気持ちは……何て言うんだろう?
優しさとか、思いやりとか……そーゆーんじゃなくて。
どっちかってゆーと、後ろめたさとか罪悪感とか……申し訳ない、って気持ち。……そんな感じなんだ。
「私は……優しくなんかないよ。むしろ……」
思わずつぶやいてしまって、ハッとした。
慌てて周囲を見回すと、セバスチャン達はきょとんとして、こっちを見てる。
「あ――、えっと……。そ、そー言えば、カイルさん、まだ旅支度終わらないのかな?――ま、まあ、旅に出るとなったら、いろいろ必要だろうし、時間掛かって当たり前か」
あはははは……と、笑ってごまかしてた、その時。
ドアがノックされ、廊下から、カイルさんの声がした。
「支度を整えて参りました。失礼してもよろしいですか?」
「うむ、入れ」
セバスチャンが応じると、ドアが開き、カイルさんが入って来た。
カイルさんの荷物は、思ったより少なかった。
何泊かすることになるかもしれないんだから、それなりに大きなバッグとかに、荷物をギュウギュウに詰め込んで来るんだろうなって、思ってたんだけど……。
「カイルさん……荷物って、それだけ?」
「は?……はい。そうですが」
肩に担いだ麻袋(ってゆーんだっけ? すごく丈夫そうな袋)に、何が入ってるんだろ?
あれに入るものだけで、何日も旅が続けられるのかな?
……それとも、数日と掛からずに、姫様を見つけられるってゆー、自信があるの?
「あの……サクラ様……?」
私がカイルさんの荷物を、じーっと凝視してるもんだから、彼は困ったような顔で首をかしげた。
「あ……。ごっ、ごめんなさい。つい――。え……っと、カイルさんは、その……姫様がどの辺りにいるか、とか……見当はついてるの?」
「……いいえ。ただ、サクラ様がおっしゃったように、姫様は王子に――ギルフォード様に会いに行ったと考える方が、自然に思えます。ですから、まずはルドウィンに向かおうかと――」
「……そっか。そう……だよね……」
返事をしながらも、私は、このまま彼をルドウィンに向かわせていいものかどうか、迷い始めていた。
確かに、さっきまでは――姫様の小さい頃の話を聞くまでは、ルドウィンに向かったんだろうって思ってた。
でも、今は……たぶん、違うんじゃないかと思ってる。
姫様は、ルドウィンにはいない。姫様は、王子に会いに行ったんじゃない。
姫様は……姫様はきっと……。
今の私には、確信があった。
けど……確信はあっても、確証はなかった。
だからやっぱり……このことは、みんなにはまだ言えない。




