頂点を極めた者~9~
「ここにいたのか」
私がこの公園の特徴でもある象の滑り台の上で膝を抱えていると声を掛けられた。
「……光貴」
光貴はクスリともせず、不機嫌そうな顔、いや少し違うかもしれない。今まで見たことのない妙な表情をしていた。光貴は階段を上ってくると私の隣に腰を掛けた。
滑り台の上は二人も座れるほど広くなかったから、光貴は一段下の階段だった。私は光貴に背を向けるようにして、足を放り出す。
しばらくの間、沈黙が続いた。私は何を言って良いのかわからず、このまま滑り下りて逃げてしまおうかとも思った。というか、冷静になったら、なんかすごく恥ずかしいことを言っていた気がする。夢中になっていたからよく覚えていないけど。……絶対聞こえてたよね?
「……怪我は大丈夫なの?」
特にそうしようと思った訳じゃなかったけど、私の口から出た言葉はどこか冷たいものだった。どうもうまく話せない。
背中に光貴の返事が響いた。
「ああ。……ちゃんと勝ったぞ」
「よかったね」
やっぱり自分でもわかるぐらい素っ気ない返事をしてしまう。けど、光貴の返答は意外なものだった。
「……良く、なかった」
光貴はそう戸惑うように言った後、呟いた。
「ごめん」
振り返ると光貴が頭を下げていた。いつも以上に小さく見える光貴に私は動揺を隠せなかった。
「な、なんで謝るの?」
ギリギリ聞き取れるぐらいの小さな声で光貴は続ける。
「律、泣いてた。俺がケンカしたからだろ?」
私は否定することも肯定することもできないで、ただ、つばを飲み込んだ。
「俺、律を守りたかった。夢、見たんだ。律がDDOにさらわれて、殺されそうになってしまうんだ。俺は律を守ろうとして、でも守れなくて……」
光貴の声が少しだけ震えていた。
「光貴……?」
光貴の手すりを握る手に、指が白くなるほど力が入っているのがわかった。
「怖かった。律がいなくなるのが。虎牙がDDOのメンバーだと思って、夢が本当になるんじゃないかって。でも、結果的に俺の行為は律を苦しめただけだった。馬鹿なことに、俺は律が応援してくれると思っていたんだ」
何かを追い出すかのように光貴は大きく息を吐き出した。
「お前が泣いてるの見て、気づいた。ごめん」
日の光はいつの間にか赤々としていて、私たちを染めていた。だから寂しいのはきっと夕日のせいだ。私は滑り台を滑り降りると振り返った。今にも泣きそうな顔の光貴がこちらを見ていた。
「覚えてる?」
私は照れくさいのを笑顔で隠す。
「この公園で光貴はヒーローバカになっちゃったんだよ?」
「律こそ……覚えてたんだ」
どうやら、あまり聞こえていなかったらしい。安心なんだか残念なんだかよくわからない。まあ、いいや。それなら――
私は少し驚いたような顔をしている光貴に向かって首を振った。
「ううん。ごめん……。さっき思い出したの。でも私、あの時、光貴に守ってやるって言われて嬉しかった。だけど、同時にすごく悲しかった。ああ、私はいつも守ってもらってばかりだな。どうして私は光貴のこと、守ってあげられないんだろうって」
「うん」と頷く光貴が何を考えているのか、私にはわからなかった。
「今でもそう。私は守ってもらってばかり。……光貴。約束、守ろうとしてくれてありがとう。だからもう一つ約束して?」
光貴の顔はいつの間にか逆光になっていてよく見えなかった。でも、「なんだよ」と返す声を聞いて私は笑った。いつの間にか、いつものふてぶてしい光貴に戻っていたから。
「光貴も守って」
「え?」
「私だけじゃなくて、光貴のことも守ってあげて。私、光貴が辛いの、嫌だよ」
……光貴がいなくなっちゃったら私も嫌だもん。そう付け足したのだが、恥ずかしくて小声になってしまった。光貴には聞こえなかったみたいで、もう一度言えと言われたけど、言えなかった。だから代わりに私は
「守ってくれてありがとう。あと、嬉しかったよっ」
そう言ってからやっぱり恥ずかしくなってしまって、その場から離れた。顔が熱い。多分、トマトのように真っ赤のはずだ。今日が夕焼け空で良かった。これも夕日のせいにできるもんね。




