頂点を極めた者~5~
☆☆☆
「……なんだこれは」
屋上の扉を開けると想像もしてなかった世界が広がっていた。
人、人、人。
どこを見回しても人の波。屋上は生徒達で溢れかえっていた。
「コーラ二〇〇円、唐揚げ二五〇円だよ。ポテトはもう売り切れだよ! オッズは1.2倍と2.2倍でダントツの虎牙くん人気だぁっ! だけど光貴くんも徐々に追い上げてるよっ!」
その人だかりの中心で声を張り上げているのは新聞部の河野智菜。すぐ近くにある長机には二本のマイクが鎮座しており、どうやら実況席のつもりらしい。
「おーっと! 黒野光貴くんの登場だぁっ! そろそろ、投票を締め切るからね。まだの人は今のうちに買っておくことをお勧めするよっ!」
「智菜ぁっ! な、なんだこれはっ! 一体何のつもりだっ!」
俺が声を荒げると智菜は軽やかな笑みを浮かべておなじみのキャスケット帽をかぶりなおす。
「いやー、新聞部としてこんな面白いイベント、僕一人で楽しんじゃもったいないと思ってさ。ついでに儲けてみたんだよ」
智菜が指で示した先、人と人の間にかろうじてホワイトボードの存在が確認できた。どうやら俺と虎牙のどちらが勝つかを賭けているらしい。
「儲けは少しだけバックするから良いよね?」
「ふざけるなっ!! これは男と男の、ましてや世界の命運を賭けた大事な一戦だぞ! こんなふざけたこと――」
「赤コーナー、神之宮中等部一年、最強の番長、ただのーごうきー」
結芽のアナウンスで生徒共の歓声が沸き起こる。ってあの野郎何やっているんだっ!
「結芽! お前まで! あとで覚えてい――」
「青コーナー、神之宮中等部史上最も変な男、くろのーこうきー」
結芽のアナウンスは俺の叫びをかき消して広い空に響き渡る。
「く、くそっ!」
これは世界滅亡を目論むDDOの野望を阻止する、言ってみれば聖戦なんだぞ。だというのになんだこのお祭り騒ぎは。どうしてこの学校の馬鹿共はこんなこともわからないのだ。
「ご主人様! 負けたらぶっ殺すからなっ! あたしの三千円を二倍に増やせっ!」
「光貴、死ぬなよっ! 負けても良いけど死ぬなよっ!」
しかも香織と武田までお祭り騒ぎに混じっていやがる。香織は親の仇でも見るかのような視線を武田に向けたが、すぐに驚きの表情へと変わった。
「てめぇっ! なんで虎牙の賭け券持っていやがんだっ!」
「だ、だって! 光貴には勝って欲しいけど、賭けるとなったら別だろう! 光貴なんかに勝てるわけ無いじゃないか!」
「殺すっ! てめぇなんかが兄貴分かと思うと吐き気がするっ!」
「い、今、僕のことを『お兄ちゃん』って! ぐほぉあっ!」
香織のボディを喰らってその場に沈む武田。すぐに人の波に呑まれて姿が見えなくなる。どうやら俺がぶっ飛ばすまでもなかったようだ。香織、なんて使える奴なんだお前って奴は。
「黒野光貴……逃げずに来たようだな」
人の波が割れてそこから虎牙が姿を現わした。鋭い目は赤く充血し、獣のように前屈みになった虎牙は、威圧感をまき散らすようにゆっくりと中央へと進み出る。……どうやら昨日より数段気合いが入っているようだ。にじみ出る気迫は比べものにならない程、迫力に満ちていた。
「一応聞いておく。彼女たちを解放する気にはなったか?」
「下らん。この俺がそんなことをするわけないだろう」
俺たちは静かに睨み合いを続ける。野獣のような息づかいで虎牙は俺を絡め取ろうとしていた。……様子がおかしい。普段なら湖底のような静かさの中に殺気や激しい気勢を隠している虎牙が、今はところ構わずまき散らしている。一体どうして……っ!
「まさか! 貴様、『トールウォーター』を飲んだのか!?」
「……なんのことだ?」
『トールウォーター』、北欧の神々の中でも最強と名高いトールの力を宿すという伝説の水だ。一口飲めば己の潜在能力以上の力を引き出すことができるが、自らの寿命も縮めてしまう諸刃の剣。貴様はそこまでして世界を混沌の底へと突き落としたいとでも言うのか!
「だが、残念だったな俺には北欧の最高神であるオーディンがついている。オーディンの力を秘めた俺には、お前に扱えぬ数々の魔術と――」
カーンッ!!
「さあ、今戦いのゴングが鳴らされました。時間無制限、ギブアップあり、審判は解説と兼任の新聞ちゃんこと河野智菜ちゃんです」
「よろしくー」
「どんなタイミングでゴング鳴らして……ガッ!」
首がねじ切れるかと思うほどの衝撃が頭に響く。視界が回転し、俺は地面に這いつくばった。頬が熱くなり、遅れて鋭い痛みを感じた。殴られたのだと認識したときには、太い足が迫るのを視界の端で捉えていた。俺はとっさに腕を胸の前で交差する。
「ゴハッ……」
防いだというのに足は振り切られ、俺の体は宙に浮いた。そのままコンクリートの上を転がり、見学する生徒の足にぶつかってその勢いが止まった。生徒共の悲鳴と歓声が巻き起こり、会場の熱が一段と上がったのを感じた。
「オレとお前には絶対的な力の差がある。早く負けを認めろ。オレも彼女たちの前でお前を痛めつけるのは性に合わない」
地面に腕を突き立てて起き上がろうとすると、上腕に鋭い痛みが走った。たった一撃。それだけで、俺の腕はこんなにも悲鳴をあげているのか。
「……あまり俺をなめるなよ?」
俺は痛みを堪えて立ち上がると虎牙に向かっていった。




