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勇者、目指してます。  作者: とんび
頂点を極めた者
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頂点を極めた者~4~

二日ぶりです! その代わりちょっと長めです!

♪♪♪




 あと三十分。あと三十分で光貴と忠野くんの決闘が始まる。くだらない決闘。何が理由なのかもわからない。それでも光貴は馬鹿げた勘違いを胸にケンカをするという。私は応援はもちろん、見守ることもしないつもりだった。それどころか、もう、光貴とは関わりたくない。心からそう思った。だから今日は一度たりとも光貴と話さなかった。光貴も壁を感じていたのか、私に声をかけることはなかった。


 今日はすぐに帰って寝てしまおう。そう考えて教室を出たところで、武田くんに捕まった。


「香坂さん、ちょっといい?」


「いや」


 私は視線も合わせることなく即答した。


「ひ、ひどいな。僕は別に、お姉ちゃんが僕を呼ぶように『とーくん』って呼んでって頼みに来たわけじゃないよ? 今日は」


「頼まれても呼ばないし、そういう話で呼び止めたんじゃないのもわかってる。決闘のことでしょ? 私、今日、用事あるから」


 武田くんを置きざりにするように、どんどん歩くスピードを上げる。だけど、武田くんも早足で追いかけてきた。


「止めたいんだよね。決闘」


「……」


「香坂さんなら止められるかもしれない」


 私は足を止めて振り返った。


「私には無理だよ。光貴は馬鹿だもん。私が言っても全然聞いてくれない」


 武田くんは肩を落とすようにため息を吐いた。


「香坂さんはいつも光貴のことばかりだ。なんだか複雑な気分だよ」


「……そんなことない。やっぱり帰る。」


 歩き出そうとしたとき、武田くんが言った。


「止めるのは光貴じゃない。忠野の方だ」


 忠野くんを止める? そんなの無理に決まってる。委員会で一緒の結芽ちゃんやクラスメイトの香織ちゃんならともかく、私は忠野くんと話したこともない。それでどうやって説得しろっていうのよ。


「香坂さんが一番適任なんだよ。……残念なことにね」


 武田くんはそう言って唇を少しだけ持ち上げた。このまま帰ったら後悔する気がした。可能性があるなら、このケンカを私は止めたい。もしその方法を武田くんが知っているというのなら。


 私は小さく頷いた。







「……結芽ちゃん、なにしてるの?」


「作戦その一、夢野さんの手作りお菓子作戦だよ!」


 私は武田くんと一緒に忠野くんのいるE組を覗いていた。そこではなにやら忠野くんの前で、もじもじと身体を揺らす結芽ちゃんの姿が。後ろに組んだ手にはピンクの可愛らしい包みをぶら下げている。


「ごうちゃんごうちゃん」


「何か用か? 夢野結芽」


 まさに巨人と小人というような身長差の二人が教室のど真ん中でちょぴりピンクのオーラを出している。E組のクラスメイトは誰一人帰ろうとせずにその様子を興味深そうに見守っていた。


「あのですね。私、お菓子作ってきたのです。今日の決闘、頑張ってもらおうと思って」


「……お前は光貴側の人間ではなかったか?」


「あ、えと、あー、私は自分の気持ちに正直になりたいのです。これが私の気持ちです。食べてください」


 おおー。という歓声が教室を包む。何となく忠野くんの表情が緩んでいる気がするんだけど、どうだろう? 忠野くん、いっつもムスッとした表情だからね。よくわからないんだよ。


「違う! 違うよ夢野さん! そこでもう一つ『ついでに私も食べてっ? それか妹にしてくれてもいいよっ!』って入れる話だったじゃないか!」


「武田くん……結芽ちゃんに変なことさせないで? だめだよ。いくら変態さん仲間が欲しいからってこんなことしちゃ」


「ち、ちがっ! 違うよっ! これはれっきとした作戦だよ!」


 あ、どうやら忠野くんは受け取ることに決めたらしい。結芽ちゃんから包みを受け取るとじっとその包みを見つめていた。


「あの、食べてみてください」


「……ああ」


 包みを開けて中身を取り出すと……もわっとした空気が教室中に充満した。クサッ! 臭いよっ!! なにこれ! 一瞬でここまで匂いが届いてきたんだけどっ! クラスのみんなもずざざざざっ! と二人から距離を取っている。


「なにあれっ! 結芽ちゃん何を作ったの!?」


「いや、もくもしらはい」


 さっそく鼻を摘んでいる武田くん。


「じゃあ、この作戦ってなんなのよ」


「ゆべのさんに、おなはほほわふほうだたべぼどを――」


「うっとうしいから鼻摘むの禁止っ!」


「結芽のさんにお腹壊すような食べ物を作ってもらってそれを忠野に食べさせる作戦。名付けて『愛と欲望のデッドオアアライブ』」


 名付ける意味もその作戦名の意味もわからない。もしかして、武田くんも光貴の影響受け始めてる……?

この匂いに、鉄壁のポーカーフェイスである忠野くんも眉を潜めていた。


「夢野結芽、これはなんだ?」


「クッキーです。……食べて、くれますよね?」


 結芽ちゃんは上目遣いでうるうると忠野くんを見上げていた。……絶対クッキーなんて生やさしいものじゃないよね。塩と砂糖を間違えるとかそういうレベルの匂いじゃないもん。強いていうなら……腐った生ゴミを固めて焼きました。みたいな?


「…………」


 じっと異臭の根源を眺める忠野くん。時折、見比べるように結芽ちゃんのことを見ていたかと思うと、放り投げるように包みの中身を全部口の中に入れる。……本当に食べちゃった。


「ぐ……うっ、ぷ。ご、ごほっ! …………うまかった。感謝する」


 ……すごい。吐きそうになるのを何度も堪え、瞳に涙まで溜めているのに、忠野くんはそう言って結芽ちゃんに笑顔(唇が不気味に持ち上がっただけだけど)を見せた。


 な、なんて優しい人なんだ。そうだよ。私が病気だったときも、知りもしない私のために薬持ってきてくれたみたいだし、忠野くんはやっぱりいい人なのかもしれない。でも、だったらなんであんな脅迫まがいの手紙を送ってきたんだろう?


 結芽ちゃんは嬉しそうに頷くと、ととと、っと走ってもう一つの扉から教室を出て行った。すぐに私たちのところに駆け寄って、武田くんとハイタッチをする。


「成功です。これで忠野くんのお腹はピーゴロピーなのです。ふふふ、魔術を馬鹿にした罰なのです」


「ナイスだよ夢野さん!」


 なんだかよくわからないけど、どうやら結芽ちゃんは無理矢理に参加させられているのではなくてノリノリのようだ。


 教室では忠野くんが目を瞑って何かに耐えるように顔をしかめていた。もしかしたらもう、お腹にきているのかもしれない。……一体、どんな材料を使ったらあんなクッキーができるというのだろう。怖いから聞かないけど。


「よ。誰だよ。さっきの可愛い子は!」


 その忠野くんにずいぶんとうわずった声で話しかけたのは香織ちゃんだ。


「何を言っている織田香織。昨日もお前は夢野結芽と一緒にいただろう」


 ……どうやら香織ちゃん、緊張しているらしい。


「これが作戦その二! 『可愛いから許す! 作戦!』」


 そして武田くんには名付けの才能は皆無らしい。


「で、これはどういう作戦――」


 バキッ!


 音にびっくりして視線を向けると、香織ちゃんが忠野くんの足にローキックを入れていた。……え? 実力行使? さっきの作戦名と一体どんな関係が――


「わるい。虎牙……くん。あたし、蚊を叩き潰してやろうと思っただけだわん」


 こういうことですか……。香織ちゃんは下僕モードの時のような上目遣いで忠野くんを見上げると胸の前で組んだ両手で忠野くんの右手を取った。そして


「許して、くれるわん?」


 カクンと首を傾ける。……えーっと、私、香織ちゃんの性格が一番よくわからないよ。


「やっぱり良いね! 織田さんの下僕モード! なんかこう、胸にこみ上げるものがあるよねっ! ああっ! 僕も言われたい! 犬語でご主人様とか言われてみたいっ!」


 ……もう、武田くんは手遅れなんだね。どうしてこんな変態さんに育っちゃったんだろう。むしろお姉ちゃんに会ってみたくなってきたよ。


 忠野くんは大したダメージを受けた様子もなく、平然と「そうか。気にするな」とか言っているし、この作戦失敗なんじゃ……って。


「ところでなんなのこの作戦は。全然ケンカを止めようとしているようには見えないんだけど。帰って良いかな?」


「い、いや、違うんだよ! これはもしもの時の作戦で。先にダメージをできるだけ与えておけば、光貴も良い勝負するんじゃないかって。多分これぐらいじゃ、忠野の優位は変わらないと思うんだけどね」


 教室の中では「あ、ここにも蚊がいるぜ……わん」ゴッ「悪霊がいるからあたしに任せろわん」ボコッ「あ、わりい。振り回してたら手が当たっちゃったわん」ベシッ、と騒がしく香織ちゃんが蹴ったり殴ったりしている。クラスの皆さんはなぜかびっくりしている様子はなく、むしろ普通に下校を始めてしまっていた。……この二人いつもどんなやりとりしているんだろう。


「多分、忠野を止められるのは香坂さんしかいないからさ」


「……なんで私なの? 私、忠野くんと話したこともないんだよ?」


「あれを見てよ。気づかない? 忠野は殴られても蹴られても、怒りもせず、織田さんのことを許している」


「残念だけど忠野くんは優しいだけで武田くんみたいに変態さんな訳じゃないと思うよ」


「誰もそんな話はしてないよ! いいかい、忠野は織田さんのことが好きなんだよ」


 ……へ?


「そして夢野さんのことも好きなんじゃないかな。そして多分、香坂さん、きみのことも」


 …………へぇえええええええええええ!?


「なんで!? どうして!? 適当なこと言わないでよ!」


 武田くんは眉を下げて複雑そうな顔で言う。


「どうもね、光貴が香坂さん達を弄んでいるって勘違いしているみたいなんだ」


 光貴が? 私たちを? 何それ。なんか無性に腹立つんですけど。どうして新聞ちゃんといい忠野くんといい、私が光貴のことを好きだなんて思うのよ!


「言っとくけど、私、光貴のことなんか好きでもなんでもないからね?」


「だと僕も嬉しいんだけどね」


 武田くんはため息混じりにそう言った。武田くんまで信じてないのか。光貴が私に構ってくるから仕方なく一緒にいてやってるだけだって、どうしてみんなわかってくれないのかな。


「ま、とにかくそれなら話が早いよ。僕たちがそのこと言っても無駄っぽいんだよね。だから香坂さんなら誤解が解けるんじゃないかって。それが作戦その三『悲しき愛の勘違いなんてぶっ飛ばして僕と恋人だということを教えてやるんだ作戦!』」


 今までで一番最低な作戦名だった。


「言っとくけど、私、武田くんのこと好きでもなんでもないというかむしろ嫌いだからね?」


「だと僕は悲しいを通り越して絶望の淵から帰ってこれないよ」


 武田くんは涙混じりにそう言った。


 とにかく、そういう勘違いなら、私が話せばこのケンカを止められるかもしれない。要は忠野くんに私が光貴のことを好きじゃないってわかってもらえば良いんだよね。うん。私の保身のためにも頑張らなくちゃ。


「ふう、なんてタフな野郎だ。このあたしの本気蹴りを何度も喰らっていながら倒れないとは」


 いつの間にか作戦を終えた香織ちゃんが私たちのところに戻ってきていた。


「良かったよ織田さんっ! 僕の作戦通り、素晴らしく可愛い振る舞いだった!」


「うるせぇっ! ご主人様のためじゃなければてめぇ見たいなカス野郎の言うこときかねぇんだからな! ……なんでカスクソ下僕の指示なんかに……屈辱だ。死んだ方がマシだぜ……」


 今にも舌をかみ切りそうな表情で俯く香織ちゃん。下僕根性もすごいけど、武田くんのこと、相当嫌いなんだね。武田くんが普通に泣き崩れていた。でもちょっと嬉しそうなオーラを感じるのは、もしかしたら私が武田くんの事を変態だと思っているからなのかな。うん、きっと本当にショックなんだよね。……私、さっき言い過ぎたかなぁ。


「なに嬉しそうにしてんだ気持ちわりぃっ!」


 あ、香織ちゃんが武田くんを殴り飛ばした。どうやら私と同じことを感じていたらしい。だけど、泣いている人間を殴り飛ばすとは鬼だな香織ちゃん。


 そうこうしているうちに、教室にいた忠野くんがもう一つのドアから廊下へと出ていた。足を若干引きづり、お腹を押さえるように前屈みになりながらゆっくりと進む。……大丈夫かなぁ?


 とにかく、ここからは私の出番というわけだ。私は後を追いかけると忠野くんに声をかけた。


「あ、あの。忠野くん」


 振り向いた忠野くんはちょっとだけ目を見開いて驚いたようにも見えた。


「私、香坂律です。わかりますか?」


「……ああ」


「薬、ありがとう」


「ああ」


「…………」


 か、会話が続かない。いきなり切り出すのもなんか変だし……。忠野くんはじっと何を考えているかわからない表情で私を見つめる。


「これから光貴と決闘だよね」


「……お前も止めに来たのか?」


 私には忠野くんのその表情がどこか悲しげに見えて、小さく頷く。


「……うん。どうしてケンカするの?」


「お前達を救うためだ」


 忠野くんは迷いなく返事をした。


「どういう意味なの?」


 何かを見透かすように忠野くんの深い瞳が私を捉える。少しだけ、怖いと思った。


「良く聞け、香坂律。お前は黒野光貴に騙されている。奴はお前を守ると言いながら、他の女に手を出し、その恋心を弄んでは楽しんでいる。お前も知っているだろう。織田香織が奴の下僕として虐げられているのを」


「それは――」


 忠野くんの言葉は止まらなかった。何かを吐き出すように――似ているけど怒りではない気がした――ただ淡々と言葉を紡いでいく。


「そして、お前が病に伏しているとき、奴は夢野結芽と逢瀬に勤しみ、オレとの約束を放棄した。奴が誓ったはずの約束。それはお前を守ることだった。この戦いは奴への罰だ。そして、お前達に目覚めてもらうためのカンフル剤でもある。オレは、こんな戦いを望まない。だが、お前達を救うためにはこうするしかない」


 なに、その理由。私、ここんとこ怒ってばっかりだ。だけど、我慢できない。誰が助けてって言った? 誰の目が覚めてないって? 私が病に伏した時、光貴は光貴なりに私を守ろうとしてくれていた。結芽ちゃんのことも香織ちゃんのことも全部忠野くんの勘違いじゃない! 光貴はいつだって私を守ろうとしてくれている。それがちょっと普通の人とは違う方法で、失敗ばっかりで。でも、だからって光貴はいつだって一生懸命なのだ。


「全部、忠野くんの勘違いだよ。私、光貴の恋人でもなんでもないもん」


「……でも好きなのだろう?」


「全然」


 私は力一杯睨み付けた。そうでもしないと涙が溢れそうだったから。なんで私は泣きそうなんだろう。自分でもよくわからなかった。


「そう言うと思っていた。お前は愛する人を守るためなら自分の気持ちにさえ嘘をつけるような女だ。すまない。今は恨まれようとも、かならずオレの行動を理解するときがくる」


 忠野くんはそう言うと屋上に向かって歩き出した。


「待って!」


「時間だ。黒野光貴が待っている」


 私にはこの戦いを止めることができなかった。


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