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勇者、目指してます。  作者: とんび
頂点を極めた者
26/34

頂点を極めた者~2~

☆☆☆

 


 先ほどまで憎らしいほどに晴れていた天気は、何かを予兆するかのように暗雲を立ちこめていた。生徒達の遠い喧騒が教えてくれるのはここが彼らのいる場所とは違う場所だということ。


 静かに吹く風に学ランを揺らす男が屋上に一人孤独に立っている。奴は振り返ることなく俺が現れたのを悟ったらしい。纏う空気が変わるのを確かに感じた。


「返事を聞こうか」


 発するだけで場を支配するかのような低い声が小さく響く。


「答えるまでもないだろう?」


 俺は小さく笑うように答えた。虎牙が首だけで振り返り、俺を睨み付けた。


「なら、貴様を倒して救うのみ」


「やれるものならやって――」


「ストップ! なにやってんだよ光貴! まずは話し合いだって決めただろ?」


 武田が俺たちの間に両手を広げて立ち塞がった。


「どけ武田っ! 貴様、恩を忘れてDDOに舞い戻るつもりか!?」


「僕、恩なんて受けた覚えないけど」


「なっ、なんて恩知らずな! ならば俺にも考えがある! すぐにこのメールをお前の姉に――あっ!」


 ポケットから取りだしたスマートフォンを香織に奪われる。香織はすぐに「ゆめっちパス」と言いながら放り投げてしまった。


「おーけーです。あ……」


 ペしっ。ガッ。


 どう見てもたたき落としたようにしか見えない仕草で俺の携帯電話を取り落とす結芽。


「ばっ! 貴様! 壊れるだろう! もはやそれはパソコンと言っても過言ではないぐらいデリケートなもので――もがもが」


「いいからご主人様は少し黙ってろ」


 香織に羽交い締めにされたあげく、口を塞がれてしまう。なんでこいつは女のくせにこんなに力が強いんだっ!


「忠野、その前に少し話さない?」


 武田が手のひらを上にして軽く腕を持ち上げた。ここからでは見えないが、きっと表情も相応のきざったらしいものになっているだろう。対して虎牙は怪訝そうに眉を潜めた。


「武田透。なぜお前がここにいる」


「ま、それは置いといてさ」


 軽く流した武田だったが、虎牙は納得がいかないようで、少しの間考えるように武田を睨み付けていた。


「そうか、あの校内新聞……。つまり、お前も黒野光貴に騙された口か。ならばついでだ。お前も助けてやろう」


「な、何を勘違いしているんだか知らないけど、ひとまず説明してよ。その『助ける』ってなに? 光貴は何を解放すれば良いんだい?」


 虎牙は一度開きかけた口を閉じると香織と結芽を一睨みしてから言った。


「今は言うべきではない。それに、オレが言わんとすることなら、黒野光貴が全てわかっているはずだ」


「光貴は何もわかっちゃいない。きみのことをDDOのメンバーだとか――」


「DDO? これのことか?」


 虎牙が懐から取りだしたもの。それは


「イテッ!」


「DDOメンバーズカードだと!? やはり貴様はDDOのメンバーだったのか!」


「何を言っている。これは貴様の――」


「黙れっ! 貴様らの思い通りにはさせんっ! 俺が貴様らのくだらない野望を打ち砕いて――イタイッ!」


 殴られて振り返るとものすごい形相で香織が俺のことを見下ろしていた。


「この変人ミニマム野郎! 噛むのはなしだろうがっ! 親にも噛まれたことないっつーのに……」


「貴様こそ俺に何してくれるんだ! 貴様は俺の下僕だろうが! 主人を叩くな!」


「くっ……わぁーったよご主人様」


 俺が虎牙に視線を戻すと奴は眼光を鋭くし、こちらを睨み付けていた。


「ご主人様か……。やはり、貴様は救う価値もない下衆。今すぐに後悔させてやる」


 その言葉と共に虎牙は俺めがけて駆け出した。すぐに俺も迎え撃つため、臨戦態勢になる。だが、またしても邪魔者が俺たちの間に立ち塞がった。


「待ってください。どうしたのですか? ごうちゃんはそんなことする人じゃないはずです」


 結芽が必死になって声を上げる。虎牙は彼女の存在に気圧されるようにして一歩下がった。


「どけ、夢野結芽。たとえお前の頼みでもこの戦いをやめることはできない。お前にも必ずわかるときが来る。この戦いの意味するところを」


「でも……私、いやです。こうちゃんが傷つくのも、ごうちゃんがそんな顔してるのも。こうちゃんはいい人ですよ? 怖くないですよ?」


 虎牙は結芽の言葉を聞いてなぜか悲しそうに表情を歪めた。


「お前のためでもあるのだ。必ず救う。だから――」


 俺は結芽の言葉を遮った。


「結芽、何を言っても無駄だ。こうなる運命だったんだからな」


「でも……きっとこうちゃんじゃごうちゃんに勝てないですよ? ぼこぼこの、ぼろぼろの、めっためたの、ぐちゃぐちゃぽいですよ?」


 結芽は振り返り心配そうな瞳で見上げてきた。……そこまで言うか?


「た、たしかに体の大きさや力を考えれば、いかに俺の方がスピードで上回ろうとも――」


「アスレチックでも負けてたけどな」


 香織が余計な茶々を入れてきた。


「――上回ろうとも! 普通にやれば負ける可能性がないとは言えない気がしないでもない。だが、俺には隠された力や超絶魔術というものがある。それさえ出せれば負ける要素は見つからん」


「魔術? 下らん。そんなものが――」


「あります」


 苦虫を潰したような顔で吐き捨てていた虎牙の表情が固まった。


「魔術はあります。いくらごうちゃんでもそんな言い方怒りますよ?」


 魔術を馬鹿にされたことに結芽は怒っているらしかった。淡々とした言葉に沸々とした熱いものを感じる。


 虎牙は目を閉じると自身を落ち着けるように深く息を吐き出した。


「夢野結芽、そこまで黒野光貴に毒されてしまったか。残念だが、この世界には魔術など存在しない。そんなものを認める人間は、空想にのみ生きようとする本物の弱者のみ」


「むっかーです。私、ほんとに怒りました。もはや呪いかけちゃうぐらいのレベルです」


 ぷんぷんという擬音が見える気がするほど、結芽は頬を膨らませて怒りを表現する。対して虎牙の視線はさらに鋭くなった。


「やはり、一刻も早く貴様を排除する必要があるようだ」


「舐められたものだな。そう簡単に俺をやれるとでも思っているのか?」


「笑止。愛の力の前では何人も適わぬものだ。必ず香坂律を始めとする三人をオレが救ってみせる」


 構えを取る俺と虎牙。


「ストップ、ストーップッ!」


 だが、間にまたしても武田が現れた。


「いい加減にしろ! 貴様は下僕らしく俺の勝利する姿を感涙でもしながら見ていろ!」


「織田さん」


「あいよ」


「どけ! 武田! 後で必ずメールを――もがもが」


 またしても俺は香織に羽交い締めにされてしまった。だからなんでこいつはこんなに力が!


「大体、今の会話で状況は掴めたよ。だけど忠野は勘違いしている。だれも光貴に無理矢理従わされているわけじゃないんだ。……僕以外」


「お前の言うことに信用があるとでも? 所詮、お前も黒野光貴に毒された者。黒野光貴を擁護する言葉に重みはない」


 何かを理解したような武田の言葉にも虎牙は冷たく言い放った。それを聞いた武田は小さくため息を吐いた。


「じゃあ、せめて決闘は明日まで待ってくれ。そうだな……放課後、この場所でもう一度会うというのはどうだい?」


 虎牙はしばらく値踏みするように武田を見ていたが、やがて小さく頷くとその条件を呑んだ。


「いいだろう。明日の十六時ちょうどにそいつを屋上まで連れてこい」


「OK。じゃ、そういうことで。織田さん、夢野さん行こうか?」


 香織が俺を羽交い締めにしたまま歩き出そうとしたので、必死になって抵抗を試みた。


「おい! こら! 暴れるんじゃねぇっ!」


「私はまだぷんぷんなのですっ。ごうちゃんと言えども許しませ――何するんですか。放してください」


 一人屋上に残ろうとした結芽を、猫を持ち上げるようにして引きずりだす香織。残った右手一本で俺の顔を抱え込むようにして引っ張られる。だからなんてこいつはこんなにっ!


「うるせぇ! ゆめっちも暴れんな。手間増やすんじゃねーよ」


「ぼ、僕が夢野さんを連れて行こうか?」


「気が変わりました。自分で歩けます」


「うう……夢野さんまでそんな目で僕のことを」


 俺は香織に引きずられるようにして屋上を後にするのだった。


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