頂点を極めた者~1~
遅れました! 予約ができていなかった……。長めにあげたので許してください!
「お手」
「わ、わん」
「ちんちん」
「……わん」
「おまわり」
「……わ、わん……」
「どうした? 声が小さいんじゃないか?」
「わ、わんっ! ……ってやってられっか! ざっけんなっ!」
ついに香織ちゃんの怒りが爆発した。まあ、そうだよね。むしろ、今まで良く耐えていたよ。香織ちゃんって意外と我慢強いのかもしれない。あ、ちなみに織田さんと呼び続けていた私だったけど、「んなまどろっこしい呼び方すんな! 香織って呼べ!」と男気溢れる感じで指摘されてしまったので、呼び方変えました。ちゃん付けなのは少しでも香織ちゃんの怖さを紛らわすためです。
今は昼休み。先週の遠足で光貴の下僕二号となった香織ちゃんは、休み時間になると必ずA組に顔を出すようになっていた。『男に二言はねぇ。こうなったら主人に忠義を尽くす』とか言ってそれはもう立派に光貴に仕えていた。鞄持ちはするし、焼きそばパンは買ってくるし、朝は校門でずっと待っているし。
……おかげで最近、後ろの席のミキちゃんは休み時間になると私から離れていきます。もはや授業中だけが最後の砦。……ミキちゃんは私を怖がっているんじゃないんだから大丈夫なんだもんっ! こんな事で友情は消えちゃわないんだからっ!
「あたしは下僕になったんであって、犬になったつもりはねぇっ!」
《いいねぇ。万が一てめぇが勝てたら犬にでもなってやるよ》
光貴の携帯から香織ちゃんの声が流れた。
「男に二言は?」
「ないんだわんっ!」
し、しつけられてる。というか、光貴、何か変なものに目覚め始めてない? こ、これは幼なじみとしてどうにかしなきゃっ!
「光貴、いい加減にしなよ。香織ちゃんが可哀想でしょ?」
「な、なんだよ。しょうがないだろうが。俺だってこうなるとは思わなかったが、こいつが何かしたいって言うから」
そうなのだ。香織ちゃんはその猛烈なアプローチにより光貴に『下僕の話はなしだっ』とまで言わせたのだ。だけど、香織ちゃんが『それじゃあメンツが立たねぇ』といって命令を待つものだから、仕方なしに……というのがエスカレートしてこの状態です。もはや、メンツよりもっと大切なものを失っていると思うのは私だけなのかな?
だから、そう、止めるなら香織ちゃんの方なのかもしれない。
「香織ちゃんも、下僕の話なんて本気にしなくて良いんだよ?」
「いや、男に二言はねぇ。あたしはきっちり下僕道を極めてみせるっ!」
「媚びろ」
「ご、ご主人様、命令をくれだわん……?」
「光貴っ!」
「いや、面白くてつい」
光貴の奴、絶対なんか目覚め始めてるよ! さ、最悪だ。私の幼なじみが変人だけに飽きたらず変態さんになってしまったっ! うう、もう、友達やめようかなぁ……。
「か、かわいい……。お姉ちゃんとはまた違ったかわいさ。お、織田さん! 僕にも、僕にも言って!」
「てめぇ、殺すぞ? くせぇ口を近づけるんじゃねぇ。生ゴミクソ野郎が」
バッと一瞬で自分の口を塞ぐ武田くん。
「嘘っ! そんな臭い?」
「いや、別に臭くないと思うけど……」
中身はともかく、武田くんの見た目はとても清潔だし、身だしなみにも気を遣ってるみたいだから、どちらかと言うと、近づくと良い匂いがするんだけどな……?
「てめぇみたいな性根の腐った女のような奴があたしは嫌いなんだ。失せろ。シスコン下衆ゴミ野郎」
「ひ、ひどい……そこまで言わなくても良いじゃないかっ!」
……言葉とは裏腹になんか嬉しそうに見えるのは気のせいだよね? うん。気のせいということにしておこう。これ以上、武田くんの評価を下げてしまうと、もはや目も合わせたくなくなるし。それより
「光貴、それでいいの? このままじゃ、この武田くんの同類になっちゃうんだよ?」
「くっ! た、確かに……それだけは嫌だ。だが、あれほど強気な香織がこうも豹変すると面白くて……」
「わかるけどさぁ。私も香織ちゃんの恥ずかしそうにしている顔とか、それでも頑張ってご主人様とか言っちゃうところとか、頬染めて上目遣いしている姿とか、もう持ち帰りたくなるぐらい可愛いから今まで黙ってたけど、……けどっ! やっぱりダメだよ! こんなの変態さんのやることだよ! 光貴は武田くんのようになっちゃダメ! あんな最低な人間になったら私、縁切るからねっ!」
「っ! ……悪かった。いや、ありがとう。おかげで目が覚めた。俺だってあんなクズのような人間になるのは嫌だからな」
「よかった! わかってくれたんだね! これで武田くんみたいにならなくて済むね!」
「ああ! 律のおかげだ! これで武田のようにならなくて済む!」
「…………僕、泣いていいかな?」
というかすでに泣いていた。ちょ、ちょっとからかいすぎたかな?……ま、いっか。
「というわけで、香織、もう犬やらなくていいぞ」
「いや、男に二言はねーわけだし――」
「大切な事を忘れているぞ。香織、お前は男じゃない」
「っ!!」
衝撃の事実を突きつけられたっ! ……というような顔をしている香織ちゃん。
「た、確かに……あたしは女だ。ということは――」
「そう、お前はただの下僕でいいんだ」
「その通りだぜ、ご主人様っ!」
あ、下僕って設定は残すんだ。ま、いっか。香織ちゃんのしゃべり方も普通になったし。なんかちょっと残念な気がするのは気のせいだよね。
「ちわー、お届け物でーす。です」
なんかよくわからないことを言って結芽ちゃんが教室に入ってきた。まあ、結芽ちゃんが教室に遊びに来ること自体は珍しくも何ともないんだけどね。
「お届け物って?」
「これです。ごうちゃんからです」
「ごうちゃん?」
ごうちゃんって……ああ、忠野くんのことか。そういえば、まだ薬のお礼をしてなかったな。後で言いに行こうっと。
「ん? 俺宛なのか?」
「はい。ごうちゃんは言いました。『必ず助けてやる』と。どういう意味なんですか? 最近のクイズは難問過ぎです」
光貴が殺風景な茶封筒を破り、中の手紙を取りだした。みんなが覗き込んでいるので私も気になり、ちょっと首を伸ばす。どれどれ……?
「オレは、お前を、殺る」
ええええええええええええええええええええええええええっ!?
「うるさいぞ律」
「いや、だって! こここ、殺すってっ!?」
「まだ続きあるみたいだよ?」
え? ででででも、殺すってそんな……。いい人だと思ってたのに……。うー、つ、続きは……。
「ただし、条件を呑めば許してやらないこともない。すぐに彼女達を解放しろ。返事は今日の放課後、屋上にて聞こう」
「……彼女たち?」
「かおちゃんのことですか?」
「なんであたしが捕まってることになってんだ?」
「いえ、捕まっていると言うよりは下僕のことじゃないですか? きっと動物愛護の精神です。ごうちゃんは優しい人なので」
結芽ちゃんの言葉に微妙に眉を上げる香織ちゃん。
「あたし、犬やめたんだぜ?」
「それなら解決ですね」
……いや、そういう問題?
「でも、織田さんのことじゃないんじゃないかな? 『彼女たち』って書いてあるしさ」
確かに。忠野くんがクラスメイトである織田さんの現状を見かねて、助けようとしているのだとしたら『彼女』で良いはずだ。それに、『殺す』って尋常じゃないよね?
「光貴……先生に相談した方が良いんじゃ――」
「……くっくっくっ、あっはっはっはっはっ! そうか、そういうことだったのか虎牙っ! やはり運命だったか。『こうき』に『ごうき』、まさに宿命の対決というわけだな!」
なにっ!? なんで笑ってるの?
「だ、大丈夫? 怖くておかしくなっちゃった?」
「律っ! これはチャンスだ! 虎牙は、忠野虎牙はDDOのメンバーだったのだ!」
…………は?
「奴は俺が冥府で生まれた人間だということを知っていたのだ。つまり『彼女たち』というのは冥府に住まわし『悪魔』共、この俺なら冥界へと通じる扉を開けられると睨んだのだろう。だが、愚かな奴だ。この俺がそんなくだらない脅しに負けるとでも思っている時点で――イタイッ! 何をするっ!?」
「アンタがアホだからぶったたいて治してあげようって思ったんでしょっ!」
私の中で猛烈な怒りが駆け上ってきてすぐに爆発した。
「イタイイタイっ! な、何度も叩くなっ!」
なぜだろう。何がこんなに嫌なんだろう。光貴のバカさはいつものことで、こんな勘違いもやっぱりいつのものことで――
「うるさい! うちのテレビはこうしたら直ったの! あんたもいい加減に治りなさいっ!」
「イタイイタイイタイイタイ――」
何度目かで振り上げた腕を香織ちゃんに掴まれる。
「ストップだ律っち」
「だ、だって……」
私が俯いていると、武田くんが優しく声をかけてくれた。
「きっと忠野は何か誤解しているんだと思う。大丈夫、放課後は僕もついていくから」
「そうです。何かの間違いだと思います。ごうちゃんは優しい人ですよ?」
「何か理由があるのは間違いねぇ。あいつは武田と違って筋の通った男だからな」
だけど……! 私は顔を見られるのが嫌で席を立つ。
「律! 先生に言ったら絶交だからなっ!」
「……勝手にしなさいっ!」
私はそう叫んで教室を飛び出した。後ろで光貴が「なんだって言うんだ」と不満の声を上げるのが聞こえた。
みんなが言うとおり、きっと何かの間違いなんだろう。だけど、手紙からはふざけた調子は見られなく、忠野くんの本気が伝わってきた。
そうか、だから私は怒ったのかもしれない。もし、忠野くんが有無も言わさず襲ってきたら? そう考えたから。
『殺す』なんて言葉を使うような人だよ? 光貴は馬鹿だ。馬鹿すぎる。だから私は光貴が嫌いなのだ。いつもいつもむちゃばっかり。……ホント、バカ。




