上山公園の試練~4~
遅くなりましたー! ギリギリ、間に合いました。それじゃ、さっそく本編どうぞ!
♪♪♪
「あーああー……………………あーああー…………」
あーあー、と唸るように言っているのは運動超音痴の結芽ちゃん。ただ今、織田さんによる結芽ちゃん運動神経向上訓練実施中。結芽ちゃんは『ターザンロープ』に挑戦しているのです。
ロープを使って反対側のネットに飛び移るというアスレチックなのだけど、結芽ちゃんはロープを握りしめたまま放さないので、そのまま何度も往復中。律儀に往路では『あーああー』とおなじみのかけ声をしているせいでずいぶんとシュールな光景を生み出していた。
「結芽っち! 手ぇ放さなけりゃ、どうしようもないだろうがっ!」
「結芽ちゃん! 大丈夫だよ落ちてもネットがあるから怪我しないからっ! ……多分」
結芽ちゃんのことだからそのままネットに絡まって怪我しそうだけど。
「あーああー」
「イケッ! 今だっ!」
「……っ!」
おお! ついに結芽ちゃんが手を放したっ! が、すでにロープが戻り始めたタイミングで放したため、そのまま安全ネットへとボスンッ。
「やっぱあいつにゃムズすぎたか」
織田さんがため息と共に救出に向かう。結芽ちゃんのことだからまた絡まりかねないと思ったのだろう。
それにしても織田さんはすごく身軽な人だった。安全ネットに上がるには端っこに備え付けられた梯子から上るようにできているのだけど、織田さんはジャンプして直接ネットを掴むとそのままよじ登ってしまう。まるでおさるさんみたいだ。
織田さんに助けられながら降りてきた結芽ちゃんはふらふらと足下がおぼつかないようだった。まあ、あれだけロープに振られてたらそうなるよね。
「もう、アスレチックはこりごりです」
あ、私と同じこと言ってるし。
「お前らぁっ! 見てろよ? これがお手本だっ!」
いつの間にか織田さんがロープを手にアスレチックの上にいた。そのまま足場を蹴ると勢いよく空中へ飛び出した。ロープは結芽ちゃんを乗せたときよりも大きく早い円軌道で対岸へ。
最高点に達する少し前に織田さんはロープから手を放す。そして対岸に駆けられたネットへ。
スピードが速かっただけあってその到達点はとても高かった。最初に居た足場と変わらない、というより、気持ち高いんじゃないかと思える程だ。
「見たかっ!」
「「おおー」」
思わず声を上げて拍手してしまう私たち。あの身軽さは光貴を間違いなく越えているね。女の子なのにすごいや。
「香坂さーん! 夢野さーん!」
その時、遠くから武田くんの呼ぶ声が聞こえた。どうやら光貴のことを撒いて追いついてきたらしい。そうだよね。さすがの武田くんも付き合いきれないよね。
「はぁ、はぁ……やっと追いついた」
膝に手を着き、息を切らしている武田くん。
「あ? そいつはお前らの班員か?」
「そうです。ウンチの片割れです」
「ははっ! 本人目の前に言うとは結芽っちは根性あるな」
アスレチックの上から織田さんが訊いてくる。武田くんは織田さんの存在に気づくと声をかけた。
「あ、そこどいた方が良いよ。危ないから」
「ああ?」
織田さんが眉を上げて怪訝な表情を作る。……いちいち、顔が怖くなるんだよねこの人。
「武田ぁ! 行くぞ!」
どこからか光貴の声が聞こえた。見れば『ターザンロープ』の最初の場所で光貴が声を張り上げていた。一緒にいるのは……誰?
「忠野虎牙っ!」
なにやら織田さんが驚きの声を上げていた。……忠野くん? どこかで聞いたことがあるような?
光貴が高く上げた右手を振り下ろす。それが合図だったのだろう。忠野くんが走り出した。
とんでもないスピードだった。『ターザンロープ』のメインである振り子アスレチックまでの丸太ゾーンをまるで平地のように走り抜け、駆け上がり、飛び越える。あっという間に振り子ゾーンまでたどり着くと、すぐにロープを掴み、足場を蹴る。体の使い方が上手いのだろう。織田さんよりも高い位置でネットに飛び移るとすぐにゴールへと上って行ってしまった。
「すごい……」
このアスレチック、こんなに早くクリアできるものなんだ。
「24秒87。ギリギリS判定だ」
武田くんが手元のストップウォッチを見てそう呟く。これがS判定の世界。光貴はこんなすごいものを目指していたんだ。こんなのできなくてもしょうがないよ。
「虎牙、さすがだな。だが、あたしはもっと早いぜ? どうだ、この先にある『デビルウォーター』で勝負するってのは」
ゴール地点では織田さんが忠野くんの事を睨み付けていた。どうやら知り合いらしい。
「おい、無視すんじゃねーよ――」
織田さんに目もくれず忠野くんは後ろを振り返る。そこには声を張り上げる光貴の姿があった。
「武田!」
「3,2,1,0!」
武田くんの合図で今度は光貴がスタートをする。これも、速い。忠野くんに負けず劣らずかも知れない。さっきまでの光貴とは動きが全然違う。躊躇することなく、どんどん難関を突破していく。だけど……
「くっ!」
砂袋付きの鉄の玉を持ち上げて鐘を鳴らす仕掛けで苦戦していた。光貴は身体が小さいので力が弱いのだ。どうにか鐘を鳴らすとすぐに振り子ゾーンへと続く坂を駆け上がる。
光貴もすごいスピードだったけど忠野くんに比べるとさっきのロスの分だけ負けているはずだ。私は自分がいつの間にか握り拳を作っていたことに気づいた。
だが光貴は振り子ゾーンで他の二人とは違う動きを見せた。ロープを掴むとしゃがみ込んだのだ。
そのまま倒れるように身を投げ出すと足場の裏側を蹴る。足場を蹴った分だけ忠野くんの時より高い位置までロープが持ち上がり、光貴は直接ゴール地点の足場に手をかけた。そのまま一息で登り切ると声を張り上げる。
「武田っ!」
「……24秒87。引き分けだね」
「なっ!」
「おおー、すごい進化です。強化魔法でも使ったんですか?」
織田さんが驚き、結芽ちゃんがボケる。
それにしても、久しぶりに光貴のことをすごいと思った。うん、素直に感心したよ。忠野くんというライバルが現れたからかな? 負けず嫌いもここまで来ると褒めるべきだよね。
「クソっ! これで五勝六敗一引き分けか……。虎牙! 次だ! 次こそ俺が勝つっ!」
「…………」
忠野くんは光貴の挑発に応えることなく梯子を使って下り始めた。光貴はそれに激昂することなく、ふんっと鼻を鳴らすと、後に続こうと歩き始める。だけど、
「イタイッ!」
……見事にこけた。というか、こけさせられた。織田さんが足を引っかけたのだ。
「おい、てめぇ黒野光貴だな? A組のチビ変人だろ」
あー、光貴って有名人なんだ。……なんだろ、泣けてきた。私の幼なじみは学年全体で有名になるほど変ですか? ……まあ、変ですよね。
「貴様……自分が何したのかわかってるのか?」
光貴はゆっくり立ち上がると、顔を真っ赤にして織田さんのことを睨み付ける。立ち上がっても身長差がかなりあるので、見上げる形になっている。どうやらそれに気づいた光貴が気づかれないようにゆっくりと背伸びをし始めたが、もちろん無駄な努力だ。……ちょっと悲しい光景だった。
「あたしは織田香織。お前、あたしと勝負しろ」
「……いいぜ。どこからでも来い。冥府に生まれながら聖なる力を持つこの俺にケンカで勝てると――」
織田さんが手を突き出して光貴の妄言を止めた。
「ちげーよ。虎牙の野郎とやったようにあたしと勝負しろって言ってんだ」
「は? んなまどろっこしいことしてられるか。つべこべ言ってないでさっさとかかってきやがれ!」
怒りの収まらない光貴に織田さんが嘲笑するように鼻を鳴らした。
「短気だねぇ。怖いのか? 情けねぇ。身体も小さきゃ、肝もアレも小さいってか?」
「ふざけるなっ! 誰が怖がっているだと!? 良いぜ。やってやるよ。ただ勝負するってのも面白くない。どうだ? 負けた方が勝った方の下僕になるってのは」
「いいねぇ。万が一てめぇが勝てたら犬にでもなってやるよ」
「は、吠えてろ。貴様もあそこにいる武田のようにしてやる」
「ぼ、僕は、そんなに地位が低かったのか……」
あ、隣で武田くんが泣いてる。
「スクープ発見!」
「あっ! あなたは!」
でたっ! デマ情報流し新聞部員! どこからともなく、というかまたもや茂みの中から現れたのは武田くんが私に告白した現場に現れたあの女の子だった。今日も今日とてジャージ姿なのに、キャスケットと棒付きキャンディーは忘れていないようだ。……どうしてそんなところに隠れていたのよ。
「これは大スクープだよ!」
「そうですか?」
「陸上部期待のエースでありながら不良系美人の織田香織が、神之宮中等部始まって以来の変人黒野光貴と、互いの人権を賭けての一世一代の大勝負! 光貴くんが勝てば泣きを見る隠れファンが続出というわけだっ! ボクの胸を熱くするとはさすがだよ!」
「そういうものですか」
「そういうものなんだ!」
なんの驚きも見せずに会話を始める結芽ちゃんと新聞部員。結芽ちゃんはもしかしたら誰よりも人なつっこい性格なのかも知れないな。あと、新聞ちゃん、またガリガリと棒付きキャンディーをかみ砕いてる。どうやら興奮するとかみ砕いてしまうらしい。
はぁ……なんだか夢にまで見た普通の遠足が、もう遙か遠くに行っちゃった気がするなぁ。どうしてこうなったんだろ?




