闇魔法使いの陰謀~2~
義務教育という名の鎖から未だに逃れることができずに、俺はこうして自分の席に着いている。外は相変わらず快晴で、近頃はだいぶ気温も上がってきた。教室は冷暖房完備なので、暑さに苦しむということは無いはずなのだが、冷房を使い始めるのはまだ先ということで今日は校舎内も蒸し暑い。
特に窓際の席は日光が直接当たるのでこういう日には辛いものがあった。カーテンを閉め切ればそよ風が入らないし、二律背反とはまさにこのこと。いかに俺といえどもやはり世の理には勝てんということか。
それでなくとも、今日の気分は最悪だというのに。
ここの所、毎朝、律に起こしてもらってきたが、親父が休みの今日に限って、あいつは来なかった。にも関わらず、俺が遅刻をしなかったのは代わりに起こしに来た人間がいたからだ。つまりそれは俺の父親だった。
朝から怒声でたたき起こされ、朝飯の代わりに説教を受け、家を追い出されるように蹴り出された。おかげで、HRの始まる一時間も前に学校に着くことになってしまったのだ。
そのまま自分の席でうたた寝してしまい、そしてあの夢だ。
俺はCWOの一員でDDOに捕らわれた律を助け出し魔王の復活を止めるのが任務、とここまでは割とよく見る内容なのだが、その後の展開があり得ない。任務に失敗し、魔王復活の大ピンチ。これぞまさに悪夢というような物だったのだ。
クラスメイトが集まりつつあるというのに、叫びながら立ち上がるという愚行をしてしまったのも失敗だ。律があの場にいたら、有無も言わずに殴られていただろう。
「はい、おはようさん。今週末には中学生になって最初のイベントである遠足があります。みんな風邪引くなよー。新しい友達と親交を深めるチャンスなんだからな」
いつの間にかに教室にきていた田辺先生が開口一番でそんなことを言い出した。ここで言う遠足というのは都内有数のアスレチック公園『上山公園』に学年全体で行く行事のことだ。律の奴は多少楽しみにしているようだったが、俺は違う。
興奮を抑えきれずに睡眠すらまともにとれんほどだ。
昨日もおかげで二時間しか寝ていない。だからあんな夢を見たのだろうか?
『上山公園』のアスレチックの数々はその難易度の高さでも有名だった。百あるアトラクションの全てはF~Sの七段階で評価できるようになっており、オリンピック並みのスポーツ選手でも全てのアトラクションをS評価で突破することは無理だという。果たして、子供や家族向けの公園でその難度に一体何の意味があるというのか?
答えは簡単だ。『上山公園』はCWOの訓練施設なのである。公園として一般に公開することで広大な土地を丸ごと、誰にも怪しまれずに使用することができる。また、入場料を取ることで財源の確保も可能というまさに一石二鳥。
他の誰を誤魔化せても、この俺を騙すことなどできんのだ。必ず、最高の成績を取ってCWOの幹部の目に止まってみせる。
「黒野、黒野光貴」
名前を呼ばれて顔を上げてみれば、どうやらすでに出席を取り始めているようだった。
「返事をせんかい」
「……はい」
いるかどうかなど、見ればわかるのにどうしてわざわざ名前を呼ぶのだろうか? いちいち返事を返さなくてはならんのも億劫だ。全く持って理不尽極まりない。
「香坂は……休みっと」
俺は最前列にある律の机を見た。本当に珍しいことにそこに律の姿はない。遅刻だろうと考えていたのだが、どうやら休みのようだ。嫌な予感が俺の胸中を駆け巡る。今朝の夢、そしてこの事実。これは果たして偶然なのだろうか?
「先生、りっちゃん……香坂さんは何で休みなんですか?」
律の後ろの席に座る女子が控えめに手を挙げるとそう訊ねた。
「風邪だって連絡が入ってるぞ。遠足に間に合えばいいんだけどな」
俺の経験上、幼少の頃ならともかく今の律は風邪などで倒れる軟弱者ではない。何せ、彼女はどんなときでも学校を休まず、小学校の時は皆勤賞を取ったほどだ。六年間一度も休まなかった人間が、入学して三ヶ月経っていないこの時期に休むだろうか?
今朝の夢、先週のDDO事件、そして今日のこの出来事、整理して考えれば一目瞭然だった。俺はスマートフォンを取り出すとそのまま廊下へ出ようとドアに手を掛ける。
「おい、黒野! どこへ行く! お、おい!」
学校? 授業? そんなものは世界あっての物種だ。俺は一度だけ、田辺先生と視線を合わせると頷いた。大丈夫、必ず律を、そして世界を守る。そう決意しながら。
「って意味わかんねーから! なに納得顔でボイコットしようとしてるんだ! 黒野ぉお!」
俺は電話帳から武田の番号を呼び出す。あいつならこの件についても知っているはずだ。DDOめ、舐めた真似しやがって。




