闇魔法使いの陰謀~1~
その儀式場は神殿の奥深くにあった。光の届かない地下だというのに、ステンドグラスがちりばめられたその部屋は、荘厳でどこか艶美な魅力を放っていた。魔王を模した像が最奧部に設けられ、その前には頭を落とされた豚が供えられていた。床にはその切り口からしたたり落ちる血で池が作られている。その池の一端が崩壊して一筋の水路ができていた。水路を辿ると部屋の中央に据えられた寝台へ。
深紅のドレスに包まれた少女が眠っていた。律だ。
彼女の周りでは五人の男が取り囲むように膝をついて、何かを頻りに祈っている。様相は身にまとった漆黒の外套とフードによって隠れていた。
だが、俺は彼らが何者か既に把握していた。DDOの黒魔術部門の連中だ。律を使って魔王を蘇らせるつもりだろう。
俺は儀式場を囲むように作られている二階の通路にいた。すぐ近くにステンドグラスの窓があったが、光は儀式に用いられている蝋燭だけなので、音さえ立てなければ彼らに見つかることはないだろう。ここから飛び降りて奇襲を仕掛けるべきか。それとも対抗魔法で彼らの術式を阻害するのが吉か。
考えている時間はなかった。律は苦しそうに身体を大きく反らすと目を見開いてうめき声を上げた。彼らの魔術が完成に近づいている。俺はポケットから取りだした魔導書の一ページを千切り、言葉を紡ぐ。
「混沌より生まれし懐疑の炎は言の葉を乱す」
詠唱が終わった瞬間、俺が持っていた魔導書の切れ端が燃えさかり、同時に男達が持つ蝋燭の炎が火柱となって彼らを襲った。刹那の後、俺は階下に飛び降りるとそのスピードを活かして、男の一人に蹴りを見舞う。吹き飛ばされた男の様子を伺うこともせず、すぐに次の男へ。ローキックで足下をすうと、そのまま回転し、遠心力を利用して倒れかけた男の後頭部を蹴り上げる。
これで二人昏倒。次の男に向かおうとして彼らが冷静さを取り戻していることに気づいた俺は一旦体制を整える。一番奥にいた男が代表するように話し出した。
「CWOの人間か。だが、儀式は既に完成している。一歩遅かったようだな」
「それはどうかな?」
俺は魔導書からページを千切ると空高く放り投げ、省略呪文を唱えた。
「聖なる贈り物は天からの雷」
千切れたページから稲妻が迸り、男共を襲う。手前の二人はそれで倒れたが、一番奥の男だけは対抗魔法を唱えたのかダメージを受けたようには見えない。
「残念だったな」
男が俺の知らない言語で魔術を詠唱し始めた。術式を完成させるつもりなのだろう。俺は疾風の如く駆け出すと律の寝ている寝台を土台にして飛んだ。右手を引き絞り、男に渾身の一撃を食らわせるために。
だが、俺の拳が男に届く寸前、男の口元が奇妙に歪んだのがはっきりわかった。そして一言。
「lion」
男を爆心地に漆黒の闇が俺を襲った。五感が奪われ、自分の存在すらかき消されてしまったかのような、急激な不安感に襲われる。
完全なる静寂の中、律の悲鳴だけがはっきりと聞こえた。振り返ると律が身体を無理矢理反らされ、苦しんでいた。背骨が軋む音まではっきりと聞こえる。
「律っ!」
俺は律に駆け寄ろうとした。しかし、一向に距離は縮まらない。足は空を蹴り、何も踏みしめてはくれなかった。
律の身体から邪悪な煙のような物が吹きだした。それは上空でうねり、徐々に形作っていく。
魔王が復活しようとしているのだ。
「律っ! 律ぅうううう!」
俺の声が律に届くことはなかった。




