第9話 視聴者数
23,108人。
昨日まで視聴者0だった俺のチャンネル、「土魔法F 実験記録」の登録者数だ。
登録者はずっと1人だった。妹の陽菜だ。
研究所の実験で数値がこう跳ねたら、俺はまず計測の機械の故障を疑う。
事故の翌日の午後、俺は病院の談話室で、スマホの登録者数を眺めていた。面会の人はまばらだ。
陽菜は先に病室へ入っている。俺は呼ばれるまでここで待つ。
今日は研究所に言われた自宅待機の1日目だ。だから見舞いについてきた。自動販売機が低くうなっている。
画面を下へ送ると、何年分もの実験の録画が古い順に積もっていた。回の題はこうだ。
〔石の隙間に土を詰めて締める(2回目)〕
〔石の隙間に土を詰めて締める(3回目)〕
〔水を足して硬化の効きを見る 外れ〕
今は、全部の回にコメントがついている。
『4年前の回から来ました』
『2時間、土を押して終わった』
『BGMもテロップもないのに最後まで見た。なんで』
『外れって言った瞬間に終わるの好き』
足すことがないから、切っただけだ。
『「今日の土は素直だな」って土に話しかけてる』
『土と会話してる回あって草』
話しかけた覚えはない。
でも再生してみると、画面の中の俺は土の山にはっきりしゃべりかけていた。
削除のボタンに親指が行く。
……ただ、外れた回まで消したら、次にまた同じ外れを踏む。
外れも記録だ。消さない。
「兄ちゃん、いいよー」
病室の戸口で陽菜が手招きしている。入ると、4人部屋の窓際のベッドで盾役の子が体を起こしていた。
布団から出た右脚は膝の下から白いギプスで固めてある。それでも枕元には、プリンの空き容器が2つ重ねてあった。
「あ、お兄さん」
盾役の子はベッドの上で背筋を伸ばし、頭を下げた。
「昨日は、ありがとうございました」
「上から下ろされるとき、下が見えなくて怖かったんです。そしたら、がしって。あ、もう落ちないなって」
礼を言われるとは思っていなかったので、何と返すかを何も用意してこなかった。
「いえ……あのとき、砂の山で膝が沈みまして」
「正直、落としかけました。すみません」
「なんで謝んの」
「てか今、遠回しに重いって言ったよね」
「言ってない」
「言った」
盾役の子が声を上げて笑った。
「重いのは盾です、盾。わたしは軽いです」
「あ、そうだ。お兄さん、掲示板のスレ見ました?」
枕元のスマホがこっちを向く。
スレッドの題に「陽菜ちゃんの兄」と見えた。
「……スレ?」
「朝から立ってるよ。もう3本目」
陽菜があっさり言った。
「なんで言わない」
「言ったじゃん、昨日。見つかってるって」
「それはチャンネルの話だろ」
とはいえ、怪我人の枕元で自分の噂を読む度胸はない。だから談話室に戻り、自分のスマホで同じスレッドを開いた。
〔朗報〕陽菜ちゃんの兄、ただの土Fではなかった part3
朝からの半日で2本が書き込みで埋まり、3本目のこのスレッドも、もう400件を超えていた。
412:名無しの冒険者
入口で雷堂にいじられてた作業着=陽菜ちゃんの兄=実験チャンネルの人
で確定?
413:名無しの冒険者
>>412
確定。作業着と胸のカメラが同じ
421:名無しの冒険者
兄チャンネルの事故当日のアーカイブ、再生位置1:02:15から見て
崩落の岩の合わせ目に、土詰めて固めてる
岩1個も動かさずに穴あけてる
423:名無しの冒険者
5年前の回と並べてみた
左が昨日の崩落、右が5年前の実験
貼られた画像を開いた。
左は昨日の俺だ。
ライトの輪の中で片膝をつき、崩落の岩の合わせ目に、揃えた指2本で土を押し込んでいる。
右も俺だ。
床に並べた石2つの隙間に、5年前の俺が土を詰めている。
424:名無しの冒険者
>>423
手つき完全に一緒で草
425:名無しの冒険者
5年間視聴者0でこれ練習してて、昨日が本番だったってこと?
週に1回の実験を5年で、ざっと260回。ただ、崩落を止めるための回なんて1回もなかった。
438:名無しの冒険者
土F舐めてたわ すまんかった
440:名無しの冒険者
「岩の前で土こねんの?」
→こねて妹救った
441:名無しの冒険者
>>440
入口で雷堂が兄を笑ったときのセリフな
雷堂の予言、方向だけは合ってた
謝られる筋合いはない。
ないが、親指を戻して438からもう一度読んだ。
442:名無しの冒険者
その雷堂、SNSで言い返してるぞ
貼られたスクリーンショットを見ると、プロフィールの写真まで顔の角度が決まっていた。
『いや映ったの妹ちゃんの配信のおかげっしょ』
『岩がたまたま傾いただけ。土F持ち上げすぎ』
445:名無しの冒険者
黙ってればよかったのに
446:名無しの冒険者
「今何人見てんの」
→今いちばん見られてるのお前の投稿
447:名無しの冒険者
たまたまで岩が傾くなら救助いらんのよ
持ち上げすぎ、は俺もそう思う。
たまたま、のほうも言い返せない。録画をコマ送りで数えると、俺が止めようとしてからも、あの岩は37コマ、1秒あまり傾き続けた。
455:名無しの冒険者
で、一枚岩が傾いたのと砂が浮いたのは何なの
456:名無しの冒険者
土Fにあれは無理。隠しスキルで磁力系だろ
457:名無しの冒険者
>>456
砂は磁石につかんぞ
その答えなら、本人も持っていない。昨日の崩落の中で、ステータスのスキルの欄に2つ目のスキルが増えた。その名前が、文字化けしたまま読めないからだ。
460:名無しの冒険者
ヤラセ説まだ? 岩が都合よく傾きすぎ
461:名無しの冒険者
>>460
救急車まで仕込むヤラセ、予算どこから出てんの
盾役の子のギプスは本物だった。
470:名無しの冒険者
兄チャンネル、途中の何分か、真っ暗で何も映ってなくない?
俺がライトを消して、くぼみに隠れていたところだ。
471:名無しの冒険者
兄チャンネルの冒頭の切り抜き
これゲートじゃなくて、横の通用口から入ってない?
473:名無しの冒険者
>>471
ケース提げて、救助の人の後ろにくっついてるな
474:名無しの冒険者
昨日って、Cランク以下立入禁止だったよね
親指が止まった。
475:名無しの冒険者
細けえことはいいんだよ 妹助けたんだから
476:名無しの冒険者
で、結局何者なんだよこの兄
477:名無しの冒険者
妹を救った謎のお兄さん
478:名無しの冒険者
>>477
それでいこう
決まったらしい。本人のいないところで。
謎でも何でもない。ただの土魔法Fだ。
スレッドを閉じると、談話室の窓はいつの間にか夕方の色になっていた。
自分のチャンネルに戻ると、コメントの中に1件だけ質問があった。
題が〔水を足して硬化の効きを見る 外れ〕の回だ。
『これ、結局どうなったんですか?』
続きなら、ある。次の週にやり直したのだ。
少し考えてから、返信の欄にこう打ち込む。
水を半分にして先に乾いた砂を混ぜたら、次の週も崩れませんでした。
送信した。
送ってから、ふと思いつく。水を半分にして崩れないなら、3分の1ならどうだ。
「……試すか。週末に」
「え」
耳のすぐ横で声がした。
いつの間にか戻ってきた陽菜が、長椅子の背もたれ越しに画面をのぞいている。
「兄ちゃんが、視聴者に返事してる」
「訊かれたからな」
「5年やってて、初めて見た」
「5年間、誰も訊いてこなかったんだよ」
陽菜はふーんと言ったきり、肩の上からどかなかった。
返信の画面を閉じ、スレッドを開き直す。見るのは、俺が立入禁止を破って入ったことに、誰か食いついていないかだけのつもりだった。
474に続く書き込みはまだない。
512:名無しの冒険者
おい、火野のとこの大手クランが公式で何か出したぞ
崩落の前で引き返した、あの火魔法Aの火野な
513:名無しの冒険者
昨日の救出について発表だってさ
514:名無しの冒険者
救出したの、謎のお兄さんでは?




