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最弱の土魔法Fで戦えない地質研究員ですが、Aランクが引き返した崩落を岩ひとつ壊さずに通ってバズりました  作者: 月見まっちゃ
第2章 妹救出

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第10話 支援

「当クランのパーティ4名は、事故の現場へ先行し、崩落を調べたうえで手を止めました」

「炎を使えば天井が落ちる。そう判断して引き返し、救助の人員には別ルートを取らせています」

「この判断が、現場の安全を保ちました」


 夕方の病院の談話室で、俺と陽菜は長椅子に並び、音量を絞ったスマホをのぞき込んでいた。

 さっき掲示板のリンクから開いた、火野のいるクランが出した公式の動画だ。


 崩落の現場にいた誰とも違う、聞いた覚えのない声だった。

 それなのに、引き返したことまで知っている。


「……言うんだ、それ」


 陽菜が小さくつぶやいた。

 隠すと思っていたのは俺も同じだ。


 引き返したことまで、手柄として数えている。


 画面の中の男は、手元のタブレットに目を落としたまま話していた。

 下に字幕が出る。真柴玲司(ましばれいじ)、大手クランの運営担当。


 一度もカメラを見ない。

 見ているのは手元の数字だけだ。


「編成はAランク1名、Bランク3名。今年度の討伐数は、パーティ合計で412体です」

「当クランは所属60名、15パーティ。現場の判断を、この体制が支えています」


 Aランク1名というのは火野のことだ。名前は出さないらしい。


「救出は、このパーティの判断と、当クランの支援によるものです」


 判断が正しかったところまでは、本当だ。

 俺が見たのは、入口に居合わせたパーティが、崩落の前で引き返したところまでだ。それを支援と呼ぶところから、話がずれていく。


 本当のことが半分混ざっているせいで、どこから嘘なのかを短く言えない。


「なお、救出の場には、もう1名いらっしゃいました」


 真柴はタブレットの上で指を止めた。


「Fランクの方です」


 俺にも名前はないらしい。

 この呼ばれ方には慣れている。


「協会の公式サイトで公開されている情報では、Fランク。討伐数は、累計で31体」

「当クランのパーティの、今年度の1割にも届きません」


 412体を読んだときと、まったく同じ調子だった。


 数字は合っている。


「そのうえで、1点、問題にしなければなりません」

「当日は立入禁止の措置が取られていました。この方は、資機材を運ぶ救助の人員を装って、通用口から入っています」


 画面が切り替わった。


 ケースを提げた手元と、扉を押さえた職員の脇。

 胸の高さで揺れる映像が、その脇をすり抜けていく。

 揺れ方で分かる。俺の胸元のカメラだ。


 さっき掲示板で見たのと同じ切り抜きだった。


「さらにこの方は、当クランのパーティが避けた崩落の中を、這って通っています」

「パーティが避けた危険に、救助の人員でもない方が入った。結果が良かったからといって認めれば、前例になります」

「当クランとしては、看過できません」


 這って、と真柴は言った。

 切り抜きは、俺の配信のアーカイブから、通用口をくぐるところだけを抜いたものだ。

 俺が崩落の中を這ったのは、そのずっと先になる。


 真柴は、俺のアーカイブを入口のあとまで見ている。

 見たうえで、岩を1つも動かさずに崩落を固めたところには、一言も触れない。


 全部見て、言うことを選んでいる。


 動画の下では、読み込むたびにコメントが増えていく。


『さすが大手、判断が冷静』

『Fで累計31体は草』

『謎のお兄さん、ただのFだった』

『勝手に入ったのはアウトだろ』


 その下に、違う向きの声が混ざりはじめた。


『撤退を安全確保って言ってて草』

『それ普通に逃げたって言わん?』

『Aが引いて土Fが通ったってこと?』

『エース、逃げてて草』


 Aランクの火野が引き返した所を、土魔法でFランクの俺が通った、という意味だ。

 火野の名前はどこにも出ていない。

 真柴が言い換えたせいで、引き返した火野のほうが笑われている。


 隣の陽菜は親指でスマホの縁を押していた。

 爪の先まで白い。


「……安全とか、どこにあったの」


 病院の中だから、陽菜は声を張れずにいた。


「天井、ずっとこっちに降ってきてたじゃん」

「火野さんたちの声がして、そのあと誰も来なかった。来たの、兄ちゃんだけだよ」

「あたし、岩の向こうで全部――」


 そこで陽菜の声が切れた。


「……入ってる」

「配信は切れてたけど、ドローンは回してた。昨日の夜に上げたアーカイブに、全部入ってる」


 陽菜は発表の動画を画面の隅の小窓に寄せ、自分のチャンネルを開いた。

 再生はしない。音も出さずに、バーだけを親指で送っていく。


 バーの上の小さなコマは、どれも暗い岩肌とライトの丸い明かりだ。俺には全部同じに見える。

 陽菜は迷わずに送っていく。


「兄ちゃんが来たとこは、すぐ分かるの。ドローンが隙間くぐって、画面が土まみれの顔になるから」


 コマがいきなり茶色くなった。

 我ながらひどい顔だ。


 再生位置は2:36:10を指していた。


 陽菜はそこから少しずつバーを戻していく。

 再生位置が1:52:40の所で止まった。


「ここ」


 ライトがそろって、岩の1か所を照らしているコマだった。

 崩落の前で火野が仲間に「火力を上げれば天井ごと落ちる。別ルートへ回る」と言った声が、ここに入っている。


 陽菜は投稿の画面を開き、親指で打ちはじめた。


 先に来たパーティは1:52:40で引き返してます、そのあと2:36:10に兄が着くまで誰も来ていません、と陽菜は打った。


 画面の隅の小窓では、真柴がまだタブレットに目を落として口を動かしている。

 その小窓の下で、陽菜が投稿のボタンへ親指を動かした。


 あの発表の下に、この2つの時刻が並ぶ。

 さっきの『エース、逃げてて草』が次に何と書くか、俺にはもう分かる。


 だから俺は陽菜の親指の上に手を置いた。


 陽菜がこっちを見た。


「出すな」

「……は?」


「火野さんが引き返したのは、正しい判断だ」

「そこに時間を並べたら、妹を置いて逃げたことにされる」


 俺の手の下で、陽菜は親指を動かさない。


「入ったのは本当だ。そこは何を言われても仕方ない」

「全員出てこられたんだから、誰の手柄でもいいよ」


「……Fランクの方、だよ」


 真柴の呼び方を、陽菜は低い声のままなぞった。

 廊下の先の病室に、昨日脚を折った仲間が寝ている。


「名前も呼ばれないで、数だけ読まれてさ。あたしが閉じ込められてた時間まで、安全って言い換えられて」


「火野さんたちが引き返してから兄ちゃんが来るまでの43分、あたし、あそこにいたんだよ」


「それで黙んの? 兄ちゃんは」


「黙る。何も言い返さない」


 俺は手をどけなかった。


 陽菜は長いこと、俺の顔から目を離さなかった。

 それから陽菜はボタンの上から親指をゆっくりずらし、削除のキーへ移す。


 キーを押さえたままの親指の先で、打ちかけの文が後ろから削れていく。

 誰も来ていません、が消える。1:52:40が消える。


 最後の1字が消え、投稿の欄は空になった。


 消させたのは俺だ。


 陽菜は何も言わずに、スマホを裏返して膝に置いた。


 協会からの処分は、たぶん来る。通用口をくぐると決めたのは俺だから、来たら受ける。

 それより、膝の上で裏返ったままのスマホのほうが重い。


 怒鳴られたほうが、まだましだった。


 天井のスピーカーから、面会時間の終わりを告げる放送が流れた。


 陽菜がスマホをポケットに入れ、立ち上がる。


「みんなのとこ、声かけてくる」


 談話室の出口で、陽菜は一度だけ振り返った。


「投稿は、しない」

「でも、あたしが閉じ込められてた話は、あたしの話だから」

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