第10話 支援
「当クランのパーティ4名は、事故の現場へ先行し、崩落を調べたうえで手を止めました」
「炎を使えば天井が落ちる。そう判断して引き返し、救助の人員には別ルートを取らせています」
「この判断が、現場の安全を保ちました」
夕方の病院の談話室で、俺と陽菜は長椅子に並び、音量を絞ったスマホをのぞき込んでいた。
さっき掲示板のリンクから開いた、火野のいるクランが出した公式の動画だ。
崩落の現場にいた誰とも違う、聞いた覚えのない声だった。
それなのに、引き返したことまで知っている。
「……言うんだ、それ」
陽菜が小さくつぶやいた。
隠すと思っていたのは俺も同じだ。
引き返したことまで、手柄として数えている。
画面の中の男は、手元のタブレットに目を落としたまま話していた。
下に字幕が出る。真柴玲司、大手クランの運営担当。
一度もカメラを見ない。
見ているのは手元の数字だけだ。
「編成はAランク1名、Bランク3名。今年度の討伐数は、パーティ合計で412体です」
「当クランは所属60名、15パーティ。現場の判断を、この体制が支えています」
Aランク1名というのは火野のことだ。名前は出さないらしい。
「救出は、このパーティの判断と、当クランの支援によるものです」
判断が正しかったところまでは、本当だ。
俺が見たのは、入口に居合わせたパーティが、崩落の前で引き返したところまでだ。それを支援と呼ぶところから、話がずれていく。
本当のことが半分混ざっているせいで、どこから嘘なのかを短く言えない。
「なお、救出の場には、もう1名いらっしゃいました」
真柴はタブレットの上で指を止めた。
「Fランクの方です」
俺にも名前はないらしい。
この呼ばれ方には慣れている。
「協会の公式サイトで公開されている情報では、Fランク。討伐数は、累計で31体」
「当クランのパーティの、今年度の1割にも届きません」
412体を読んだときと、まったく同じ調子だった。
数字は合っている。
「そのうえで、1点、問題にしなければなりません」
「当日は立入禁止の措置が取られていました。この方は、資機材を運ぶ救助の人員を装って、通用口から入っています」
画面が切り替わった。
ケースを提げた手元と、扉を押さえた職員の脇。
胸の高さで揺れる映像が、その脇をすり抜けていく。
揺れ方で分かる。俺の胸元のカメラだ。
さっき掲示板で見たのと同じ切り抜きだった。
「さらにこの方は、当クランのパーティが避けた崩落の中を、這って通っています」
「パーティが避けた危険に、救助の人員でもない方が入った。結果が良かったからといって認めれば、前例になります」
「当クランとしては、看過できません」
這って、と真柴は言った。
切り抜きは、俺の配信のアーカイブから、通用口をくぐるところだけを抜いたものだ。
俺が崩落の中を這ったのは、そのずっと先になる。
真柴は、俺のアーカイブを入口のあとまで見ている。
見たうえで、岩を1つも動かさずに崩落を固めたところには、一言も触れない。
全部見て、言うことを選んでいる。
動画の下では、読み込むたびにコメントが増えていく。
『さすが大手、判断が冷静』
『Fで累計31体は草』
『謎のお兄さん、ただのFだった』
『勝手に入ったのはアウトだろ』
その下に、違う向きの声が混ざりはじめた。
『撤退を安全確保って言ってて草』
『それ普通に逃げたって言わん?』
『Aが引いて土Fが通ったってこと?』
『エース、逃げてて草』
Aランクの火野が引き返した所を、土魔法でFランクの俺が通った、という意味だ。
火野の名前はどこにも出ていない。
真柴が言い換えたせいで、引き返した火野のほうが笑われている。
隣の陽菜は親指でスマホの縁を押していた。
爪の先まで白い。
「……安全とか、どこにあったの」
病院の中だから、陽菜は声を張れずにいた。
「天井、ずっとこっちに降ってきてたじゃん」
「火野さんたちの声がして、そのあと誰も来なかった。来たの、兄ちゃんだけだよ」
「あたし、岩の向こうで全部――」
そこで陽菜の声が切れた。
「……入ってる」
「配信は切れてたけど、ドローンは回してた。昨日の夜に上げたアーカイブに、全部入ってる」
陽菜は発表の動画を画面の隅の小窓に寄せ、自分のチャンネルを開いた。
再生はしない。音も出さずに、バーだけを親指で送っていく。
バーの上の小さなコマは、どれも暗い岩肌とライトの丸い明かりだ。俺には全部同じに見える。
陽菜は迷わずに送っていく。
「兄ちゃんが来たとこは、すぐ分かるの。ドローンが隙間くぐって、画面が土まみれの顔になるから」
コマがいきなり茶色くなった。
我ながらひどい顔だ。
再生位置は2:36:10を指していた。
陽菜はそこから少しずつバーを戻していく。
再生位置が1:52:40の所で止まった。
「ここ」
ライトがそろって、岩の1か所を照らしているコマだった。
崩落の前で火野が仲間に「火力を上げれば天井ごと落ちる。別ルートへ回る」と言った声が、ここに入っている。
陽菜は投稿の画面を開き、親指で打ちはじめた。
先に来たパーティは1:52:40で引き返してます、そのあと2:36:10に兄が着くまで誰も来ていません、と陽菜は打った。
画面の隅の小窓では、真柴がまだタブレットに目を落として口を動かしている。
その小窓の下で、陽菜が投稿のボタンへ親指を動かした。
あの発表の下に、この2つの時刻が並ぶ。
さっきの『エース、逃げてて草』が次に何と書くか、俺にはもう分かる。
だから俺は陽菜の親指の上に手を置いた。
陽菜がこっちを見た。
「出すな」
「……は?」
「火野さんが引き返したのは、正しい判断だ」
「そこに時間を並べたら、妹を置いて逃げたことにされる」
俺の手の下で、陽菜は親指を動かさない。
「入ったのは本当だ。そこは何を言われても仕方ない」
「全員出てこられたんだから、誰の手柄でもいいよ」
「……Fランクの方、だよ」
真柴の呼び方を、陽菜は低い声のままなぞった。
廊下の先の病室に、昨日脚を折った仲間が寝ている。
「名前も呼ばれないで、数だけ読まれてさ。あたしが閉じ込められてた時間まで、安全って言い換えられて」
「火野さんたちが引き返してから兄ちゃんが来るまでの43分、あたし、あそこにいたんだよ」
「それで黙んの? 兄ちゃんは」
「黙る。何も言い返さない」
俺は手をどけなかった。
陽菜は長いこと、俺の顔から目を離さなかった。
それから陽菜はボタンの上から親指をゆっくりずらし、削除のキーへ移す。
キーを押さえたままの親指の先で、打ちかけの文が後ろから削れていく。
誰も来ていません、が消える。1:52:40が消える。
最後の1字が消え、投稿の欄は空になった。
消させたのは俺だ。
陽菜は何も言わずに、スマホを裏返して膝に置いた。
協会からの処分は、たぶん来る。通用口をくぐると決めたのは俺だから、来たら受ける。
それより、膝の上で裏返ったままのスマホのほうが重い。
怒鳴られたほうが、まだましだった。
天井のスピーカーから、面会時間の終わりを告げる放送が流れた。
陽菜がスマホをポケットに入れ、立ち上がる。
「みんなのとこ、声かけてくる」
談話室の出口で、陽菜は一度だけ振り返った。
「投稿は、しない」
「でも、あたしが閉じ込められてた話は、あたしの話だから」




