↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱の土魔法Fで戦えない地質研究員ですが、Aランクが引き返した崩落を岩ひとつ壊さずに通ってバズりました  作者: 月見まっちゃ
第2章 妹救出

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/24

第11話 アーカイブ

 陽菜の配信が始まった、と通知が出た。


 事故から2日たった木曜の夜で、自宅待機も2日目になる。

 陽菜は夕飯のあと、自分の部屋に入ったきりだ。事故のあと初めての配信なのに、俺は何も聞いていない。


 廊下の向こうから、配信のときの陽菜の声が細く聞こえてくる。


 昨日、火野のいる大手クランが動画で、火野たちの撤退を現場の安全を保った判断だと言い換え、俺の無断侵入を問題にした。

 クランの動画が出た次の日に、閉じ込められていた陽菜本人が、何も言わずにカメラの前に座っている。


 何を話す気だ。


 居間のテーブルで通知を押した。


「みんな、おまたせ! 心配かけてごめんね」

「うちの盾役の子も元気です。脚は折れてるけど、昨日なんか病院でプリン2個食べてた」


 画面の中の陽菜は、自分の部屋の壁を背に、いつもの配信の顔で笑っていた。

 廊下から届く生の声のほうが、配信より少しだけ早い。


『陽菜ちゃん!』

『おかえり』

『無事でよかった』

『プリン食えてるなら安心』


「今日はね、閉じ込められてた側の話をします」

「ドーンって来て、ライト振ったら、さっき通ってきた道がもう岩なの」

「それでしばらくしたら、岩の向こうから声がしたの。火野さんの」

「火力を上げれば天井ごと落ちる、ここからは無理だ、って」


『でも結局引き返したんでしょ』

『エース逃げてて草』


 陽菜はそのコメントを読んで、声を立てて笑った。


「先に言っとくね。火野さんは正しかったよ」

「あそこで撃ってたら、私たち、今ここにいないもん」


 昨日、陽菜の投稿を親指ごと押さえて止めたとき、俺が言った理由だ。

 止められた陽菜が、止めた俺より先に言うなよ。


「でね。火野さんたちが引き返してったとき、兄ちゃんどこにいたと思う?」


 陽菜はなぞなぞでも出すみたいに首をかしげた。


『入口で待機じゃないの?』

『家』


「すぐ横。壁のくぼみに入って、土で蓋して隠れてたの」

「兄ちゃんのアーカイブに残ってるから、見せるね」


 俺のアーカイブの、真っ暗で何も映っていない区間だ。あんな所まで見たのか。


 画面の右半分に、ほとんど黒い画が出た。

 目の高さに、細い隙間が1本だけ開いている。くぼみの口を土で塞いだとき、外を見るのに残した隙間だ。


 その隙間の前を、明かりが1つずつ横切っていく。

 赤い肩当てが一瞬だけ通った。

 4つ目が過ぎると、隙間はまた黒に戻った。


『え、これ火野のパーティ?』

『兄ちゃん真横にいたの?』

『目の前を4人通ってる』

『よく見つからなかったな』


 見つかっていたら、入口まで連れ戻されて終わりだった。


「そのあとがね、兄ちゃんが来るまで43分。だーれも来なかった」

「そのあいだ天井がね、奥から順番に落ちてくるの。ゴゴゴってなるたびに、ちょっとずつこっちに近くなるの」

「最後のほうなんか、真上でミシミシいってたからね」


 笑いながら言う話じゃない。


「安全な所なんて、どこにもなかったよ」


『え』

『別ルートの救助は?』


「もう1個。私のドローンの、最後のとこ」


 画面の右半分に、今度は暗い録画が出た。


 陽菜のドローンが、狭い穴の中を低く付いてきた画だ。前を這っていく作業着の靴の裏は、俺の靴だ。

 穴に最後に入ったのは俺のはずだった。その後ろで、ドローンがまだ撮っている。


 そこへ、轟音が来た。


 画面が白く煙り、砂ぼこりの風が穴を吹き抜ける音が、ずっと続く。


 画面の左で、陽菜が録画を指さして笑っていた。


「ここ、さっきまで私たちがいた所」


 廊下の向こうからも、同じ笑い声が細く届いた。


『は?』

『今の音、天井?』

『あの下に全員いたってこと?』

『引き返して正解だったんだ』

『逃げたって言ったやつ、出てこい』


「それでね、出口は1個しかなかったの」

「兄ちゃんが、壊さないで固めた穴」


 崩落の岩をどかさずに固めて、俺が掘った穴だ。


『じゃあ安全の確保って何だったの』

『支援って、入口にいただけ?』

『真柴、これ全部見て言ってた?』

『兄ちゃん来なかったら、どうなってたの』


 昨日の動画が言い換えた出来事を、陽菜は起きた順に並べ直していく。


 コメント欄に、俺が書くことは1つもなかった。


「じゃあ、今日はここまで! みんな、ありがと」


 配信が切れて、少しして陽菜の部屋のドアが開いた。

 居間に来た陽菜が、テーブルの向かいに立つ。


「陽菜、何も言わずに――」


 そこまでで、止まった。

 言い返そうにも、中身はどこも間違っていない。


「投稿は、してないよ」

「あたしが閉じ込められてた話を、あたしがしただけ」


 陽菜は笑っていなかった。


「でも、昨日黙らされたの、あたしまだ怒ってるから」

「次に兄ちゃんが何か止めても、あたしはもう止まんない」

「先に言ったら、兄ちゃん止めるでしょ。だから次は、言わないでやる」


 俺は何も返せなかった。


 昨日、陽菜の親指を押さえたこの手で、今は何も止められない。


 陽菜はそれ以上言わず、ソファに座ってスマホを開いた。


 1時間ほどして、クランの公式アカウントが声明を出した。

 今度は動画もなく、文字だけだ。


『本日の黒沢陽菜さんの配信について、当クランの見解をお知らせします』

『救出された方ご本人も、当クランのパーティの判断が命を守ったと認めてくださいました』

『現場の安全を確保した判断と、当クランの支援に、変わりはありません』

『なお、立入制限中に許可なく入場された方の件は、冒険者協会に報告済みです』


「……言ってないし。そんなこと」


 ソファから、低い声がした。


『本人が認めてるなら、クラン正しいじゃん』

『結局、判断したのはクランか』

『陽菜ちゃんそんなこと言ってない』

『言い換えやめろ』

『安全確保どこ行った』


 昨日の動画も、消えずにまだ見られる。


 真柴という人は、新しい事実が出るたびに、それごと自分の言い分に組み込んで出し直してくる。


 テーブルの上で俺のスマホが震えた。

 知らない番号だ。心当たりは1つしかない。


 ベランダに出て、窓を閉めてから通話に出た。


「冒険者協会です。黒沢透さんの携帯電話でよろしいでしょうか」


 平らな声の後ろで、キーボードを叩く音が続いている。

 用件は、クランから報告のあった件だった。事故の日に、立入制限を破ってダンジョンに入ったことだ。


「通用口から、許可なく入りました。間違いありません」


 救出の話も、配信の話も、ここで持ち出す気はない。


「確認しました。立入制限の違反として厳重注意とし、記録に残します」

「1つだけ、伺ってもいいですか。これからも、ダンジョンには潜れますか」


 キーボードの音が一拍だけ止まった。


「立ち入りを止める処分ではありません。書面は、メールでお送りします」


 通話はそれで切れた。


 スマホを当てていた側の頬だけを、夜風が冷やしていく。


 次にあのクランが俺を指すとき、添えられるのはこの記録だ。


 居間に戻ると、陽菜はソファで膝を抱えて、スマホを見ていた。

 電話の相手を訊かれるかと思ったが、顔も上げない。


 その手の中でスマホが短く震えた。

 陽菜は画面を見たまま、しばらく動かなかった。


 また、クランが何か出したのか。


 陽菜が何も言わずに、画面をこっちへ向けた。


 メッセージの送り主は火野陸。崩落の前で引き返した、あの火野だ。


 アーカイブを2つ、時刻を合わせて見た、と火野は書いている。


 自分が引き返したとき、陽菜の兄は数メートル横のくぼみにいた、と続く。


 兄はそのあと岩を1つも動かさずに崩落を通った、岩と岩の隙間に土を詰めて固めてから掘った、とある。


 その作業は、陽菜の配信には出ていない。

 俺のアーカイブで、土を詰めているだけの地味な区間を、最後まで見なければ書けない。


 画面の下に、もう1行増えた。


 自分は崩落の前で引き返した、安全は確保していない、と火野は書いていた。


 クランはさっき、安全を確保したと書いたばかりだ。

 そのクランのエース本人が、それを打ち消している。


 入口で俺を止めたときと同じ、短くて言い訳のない言い方だった。


「返事、する?」

「しない」


 陽菜はそれ以上訊かず、スマホを持って自分の部屋へ戻っていった。

 おやすみ、もなかった。


 テーブルの端から方眼ノートを引き寄せ、新しいページの頭に、週末、と書く。

 いつもなら横からのぞきこんで、うわ土の話、と呆れる声が、今夜はしない。

 週末に潜ったら、一枚岩を引き寄せて傾けた、あの力で測りたいことを、その下へ順に書いていく。


 最後の1行は、一枚岩の前で初めてあの力を試した日のことだ。押さえた小石へ別の小石を引き寄せたら、2回目のときだけ、その小石の下の砂までついてきた。


 なんで、砂までついてきた。


 答えはまだないから、その下は空けておく。

 書けるのは、問いばかりだ。


 砂の1行を眺めたまま、ステータスを開いた。

 視界に、俺にしか見えない半透明のウィンドウが浮かぶ。


 スキル:《土魔法》 Lv6/縺ス繧�ッ蜑ア�ク邨 Lv1


 2つ目の名前は、あの日と同じ文字化けのままだ。

 陽菜たちを外へ出したのは、この2つ目の力だった。


 世間も火野も、一枚岩が傾くところを見ている。


 その名前を、俺だけが読めない。

ここまで読んでくださってありがとうございます。続きが気になったら、ブックマークしてもらえると更新の通知が届きます。

知識で先回りして元の職場を見返す話がお好きなら、同じ作者名のページから『俺のスマホのAIだけ、ダンジョンの答えを全部知っている〜クビにされた配信の裏方、元職場が狙うボスを先に倒してバズる〜』も読めます。

次回から第3章「検証」が始まります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。