第11話 アーカイブ
陽菜の配信が始まった、と通知が出た。
事故から2日たった木曜の夜で、自宅待機も2日目になる。
陽菜は夕飯のあと、自分の部屋に入ったきりだ。事故のあと初めての配信なのに、俺は何も聞いていない。
廊下の向こうから、配信のときの陽菜の声が細く聞こえてくる。
昨日、火野のいる大手クランが動画で、火野たちの撤退を現場の安全を保った判断だと言い換え、俺の無断侵入を問題にした。
クランの動画が出た次の日に、閉じ込められていた陽菜本人が、何も言わずにカメラの前に座っている。
何を話す気だ。
居間のテーブルで通知を押した。
「みんな、おまたせ! 心配かけてごめんね」
「うちの盾役の子も元気です。脚は折れてるけど、昨日なんか病院でプリン2個食べてた」
画面の中の陽菜は、自分の部屋の壁を背に、いつもの配信の顔で笑っていた。
廊下から届く生の声のほうが、配信より少しだけ早い。
『陽菜ちゃん!』
『おかえり』
『無事でよかった』
『プリン食えてるなら安心』
「今日はね、閉じ込められてた側の話をします」
「ドーンって来て、ライト振ったら、さっき通ってきた道がもう岩なの」
「それでしばらくしたら、岩の向こうから声がしたの。火野さんの」
「火力を上げれば天井ごと落ちる、ここからは無理だ、って」
『でも結局引き返したんでしょ』
『エース逃げてて草』
陽菜はそのコメントを読んで、声を立てて笑った。
「先に言っとくね。火野さんは正しかったよ」
「あそこで撃ってたら、私たち、今ここにいないもん」
昨日、陽菜の投稿を親指ごと押さえて止めたとき、俺が言った理由だ。
止められた陽菜が、止めた俺より先に言うなよ。
「でね。火野さんたちが引き返してったとき、兄ちゃんどこにいたと思う?」
陽菜はなぞなぞでも出すみたいに首をかしげた。
『入口で待機じゃないの?』
『家』
「すぐ横。壁のくぼみに入って、土で蓋して隠れてたの」
「兄ちゃんのアーカイブに残ってるから、見せるね」
俺のアーカイブの、真っ暗で何も映っていない区間だ。あんな所まで見たのか。
画面の右半分に、ほとんど黒い画が出た。
目の高さに、細い隙間が1本だけ開いている。くぼみの口を土で塞いだとき、外を見るのに残した隙間だ。
その隙間の前を、明かりが1つずつ横切っていく。
赤い肩当てが一瞬だけ通った。
4つ目が過ぎると、隙間はまた黒に戻った。
『え、これ火野のパーティ?』
『兄ちゃん真横にいたの?』
『目の前を4人通ってる』
『よく見つからなかったな』
見つかっていたら、入口まで連れ戻されて終わりだった。
「そのあとがね、兄ちゃんが来るまで43分。だーれも来なかった」
「そのあいだ天井がね、奥から順番に落ちてくるの。ゴゴゴってなるたびに、ちょっとずつこっちに近くなるの」
「最後のほうなんか、真上でミシミシいってたからね」
笑いながら言う話じゃない。
「安全な所なんて、どこにもなかったよ」
『え』
『別ルートの救助は?』
「もう1個。私のドローンの、最後のとこ」
画面の右半分に、今度は暗い録画が出た。
陽菜のドローンが、狭い穴の中を低く付いてきた画だ。前を這っていく作業着の靴の裏は、俺の靴だ。
穴に最後に入ったのは俺のはずだった。その後ろで、ドローンがまだ撮っている。
そこへ、轟音が来た。
画面が白く煙り、砂ぼこりの風が穴を吹き抜ける音が、ずっと続く。
画面の左で、陽菜が録画を指さして笑っていた。
「ここ、さっきまで私たちがいた所」
廊下の向こうからも、同じ笑い声が細く届いた。
『は?』
『今の音、天井?』
『あの下に全員いたってこと?』
『引き返して正解だったんだ』
『逃げたって言ったやつ、出てこい』
「それでね、出口は1個しかなかったの」
「兄ちゃんが、壊さないで固めた穴」
崩落の岩をどかさずに固めて、俺が掘った穴だ。
『じゃあ安全の確保って何だったの』
『支援って、入口にいただけ?』
『真柴、これ全部見て言ってた?』
『兄ちゃん来なかったら、どうなってたの』
昨日の動画が言い換えた出来事を、陽菜は起きた順に並べ直していく。
コメント欄に、俺が書くことは1つもなかった。
「じゃあ、今日はここまで! みんな、ありがと」
配信が切れて、少しして陽菜の部屋のドアが開いた。
居間に来た陽菜が、テーブルの向かいに立つ。
「陽菜、何も言わずに――」
そこまでで、止まった。
言い返そうにも、中身はどこも間違っていない。
「投稿は、してないよ」
「あたしが閉じ込められてた話を、あたしがしただけ」
陽菜は笑っていなかった。
「でも、昨日黙らされたの、あたしまだ怒ってるから」
「次に兄ちゃんが何か止めても、あたしはもう止まんない」
「先に言ったら、兄ちゃん止めるでしょ。だから次は、言わないでやる」
俺は何も返せなかった。
昨日、陽菜の親指を押さえたこの手で、今は何も止められない。
陽菜はそれ以上言わず、ソファに座ってスマホを開いた。
1時間ほどして、クランの公式アカウントが声明を出した。
今度は動画もなく、文字だけだ。
『本日の黒沢陽菜さんの配信について、当クランの見解をお知らせします』
『救出された方ご本人も、当クランのパーティの判断が命を守ったと認めてくださいました』
『現場の安全を確保した判断と、当クランの支援に、変わりはありません』
『なお、立入制限中に許可なく入場された方の件は、冒険者協会に報告済みです』
「……言ってないし。そんなこと」
ソファから、低い声がした。
『本人が認めてるなら、クラン正しいじゃん』
『結局、判断したのはクランか』
『陽菜ちゃんそんなこと言ってない』
『言い換えやめろ』
『安全確保どこ行った』
昨日の動画も、消えずにまだ見られる。
真柴という人は、新しい事実が出るたびに、それごと自分の言い分に組み込んで出し直してくる。
テーブルの上で俺のスマホが震えた。
知らない番号だ。心当たりは1つしかない。
ベランダに出て、窓を閉めてから通話に出た。
「冒険者協会です。黒沢透さんの携帯電話でよろしいでしょうか」
平らな声の後ろで、キーボードを叩く音が続いている。
用件は、クランから報告のあった件だった。事故の日に、立入制限を破ってダンジョンに入ったことだ。
「通用口から、許可なく入りました。間違いありません」
救出の話も、配信の話も、ここで持ち出す気はない。
「確認しました。立入制限の違反として厳重注意とし、記録に残します」
「1つだけ、伺ってもいいですか。これからも、ダンジョンには潜れますか」
キーボードの音が一拍だけ止まった。
「立ち入りを止める処分ではありません。書面は、メールでお送りします」
通話はそれで切れた。
スマホを当てていた側の頬だけを、夜風が冷やしていく。
次にあのクランが俺を指すとき、添えられるのはこの記録だ。
居間に戻ると、陽菜はソファで膝を抱えて、スマホを見ていた。
電話の相手を訊かれるかと思ったが、顔も上げない。
その手の中でスマホが短く震えた。
陽菜は画面を見たまま、しばらく動かなかった。
また、クランが何か出したのか。
陽菜が何も言わずに、画面をこっちへ向けた。
メッセージの送り主は火野陸。崩落の前で引き返した、あの火野だ。
アーカイブを2つ、時刻を合わせて見た、と火野は書いている。
自分が引き返したとき、陽菜の兄は数メートル横のくぼみにいた、と続く。
兄はそのあと岩を1つも動かさずに崩落を通った、岩と岩の隙間に土を詰めて固めてから掘った、とある。
その作業は、陽菜の配信には出ていない。
俺のアーカイブで、土を詰めているだけの地味な区間を、最後まで見なければ書けない。
画面の下に、もう1行増えた。
自分は崩落の前で引き返した、安全は確保していない、と火野は書いていた。
クランはさっき、安全を確保したと書いたばかりだ。
そのクランのエース本人が、それを打ち消している。
入口で俺を止めたときと同じ、短くて言い訳のない言い方だった。
「返事、する?」
「しない」
陽菜はそれ以上訊かず、スマホを持って自分の部屋へ戻っていった。
おやすみ、もなかった。
テーブルの端から方眼ノートを引き寄せ、新しいページの頭に、週末、と書く。
いつもなら横からのぞきこんで、うわ土の話、と呆れる声が、今夜はしない。
週末に潜ったら、一枚岩を引き寄せて傾けた、あの力で測りたいことを、その下へ順に書いていく。
最後の1行は、一枚岩の前で初めてあの力を試した日のことだ。押さえた小石へ別の小石を引き寄せたら、2回目のときだけ、その小石の下の砂までついてきた。
なんで、砂までついてきた。
答えはまだないから、その下は空けておく。
書けるのは、問いばかりだ。
砂の1行を眺めたまま、ステータスを開いた。
視界に、俺にしか見えない半透明のウィンドウが浮かぶ。
スキル:《土魔法》 Lv6/縺ス繧�ッ蜑ア�ク邨 Lv1
2つ目の名前は、あの日と同じ文字化けのままだ。
陽菜たちを外へ出したのは、この2つ目の力だった。
世間も火野も、一枚岩が傾くところを見ている。
その名前を、俺だけが読めない。
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知識で先回りして元の職場を見返す話がお好きなら、同じ作者名のページから『俺のスマホのAIだけ、ダンジョンの答えを全部知っている〜クビにされた配信の裏方、元職場が狙うボスを先に倒してバズる〜』も読めます。
次回から第3章「検証」が始まります。




