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最弱の土魔法Fで戦えない地質研究員ですが、Aランクが引き返した崩落を岩ひとつ壊さずに通ってバズりました  作者: 月見まっちゃ
第3章 検証

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第12話 読める

 上層の通路を、ヘルメットのライトを消したまま歩いていた。

 壁の苔がほのかに光るので、足元の石くらいは拾える。


 事故のあと、ダンジョンに入るのは今日が初めてだ。

 研究所の自宅待機が金曜で明け、今日は土曜になる。

 新しく出てきた物を引き寄せる力を、事故の日からずっと試したくてうずうずしていた。


 ゲートで冒険者証をかざしたら、隣の列の人に二度見された。

 顔に土でも付いてたか。袖で頬をこすったら、袖のほうが黒くなった。

 いつものことだ。


 事故のあと、チャンネルの登録者は大きく増えた。今配信を始めれば、その人たちがまとめて見に来る。

 だから胸元のカメラは、今朝から録画だけにしてある。

 初めてのものは、見ているのが俺1人のうちに小さく試す。

 流すのは何が起きるか分かってからだ。


 主要な通路から横穴へそれ、苔の薄いほうへしばらく行くと行き止まりに出る。上層にしては床の土が厚く、そのうえ人もモンスターもまず来ない。だから週末の実験は、何年もここでやってきた。

 帰ってきた、という気がした。


 ライトを点け、床に左手をつく。


「《土操作》」


 手の周りの土が波打ち、でこぼこが平らに寝ていく。

 浮いてきた小石を拾って、大きさ順に1列に並べる。


 ステータスも開いておく。


 スキルの欄の2つ目は、まだ文字化けしていた。

 読めないものを眺めても仕方がないので、閉じた。


 ポケットから方眼ノートを出す。

 1行目は、止めようと念じてから実際に止まるまでの時間。崩落の日、妹の陽菜たちの前をふさいでいた一枚岩を動かしたときは、1秒と少しだった。ただ、あれは岩がぶつかって止まっただけだ。


 小石を1つ右の人差し指で押さえ、そこへ別の小石を引き寄せる。あの日以来、初めて使う力だ。手のひらを2つ並べたくらい先の小石が、転がり出した。

 通り道に爪で引いた線を越えたところで止め、数える。

 1秒と少し。岩のときと同じだった。


 そこからは強さや指の置き方を変えて、何回か数え直した。強めた回は、止まるまでに転がる幅が倍に延びる。それでも止まるまでにかかる時間は、どれも同じだった。


「時間は、変わらない」


 口に出して、ノートに書く。


 指を離して働かせたままにすると、そのあいだずっとMPがじわじわ減っていく。尽きる前に、今日の実験はおしまいにする。いったん止めて、壁にもたれて水を飲んだ。


「今日は、あと5、6回ってとこか」


 一枚岩の前では、こんなふうに1つずつ確かめる余裕はなかった。


 楽しい。

 録画を見返したら、たぶん俺はにやけている。


 次の小石を取ろうとして、列の端に目が留まった。

 1つだけやけに丸いのがある。大きさは隣と変わらないのに、角がどこにもない。並べたときは気づかなかった。

 比べる用に、ちょうどよさそうだ。


 手を伸ばす。


 石の下のほうで、目が2つ開いた。


 ひっくり返った。尻が土に落ち、胸のカメラごと天井を仰ぐ。

 モンスターだ。上層のモンスターでも、土魔法Fの俺には手に余る。

 来る、と思って腰を浮かせ、両腕を顔の前に上げる。


 来なかった。


 そいつは石の下から短い足を2本出し、その場にぺたんと座っただけだった。

 石だと思ったのは、かぶっている石のヘルメットだったのだ。その下に、丸い体と、まぶたが半分下りた目がある。

 何年もこの上層に潜ってきたのに、こんなのは見たことがない。


「……何だ、お前」

「強くしたほう。途中で、跳ねた」


 短くて平板な声だった。頭の中じゃない。ちゃんと耳から聞こえた。

 俺が強めに引き寄せた回の小石が、転がる途中で跳ねた、と言っているらしい。


 喋った。

 いや、それより。


「跳ねた? どこで」


 返事はない。

 ジト目でこっちを見上げているだけだ。


 数えるのに夢中で、小石の転がり方なんて見ていなかった。

 ノートの強めの行に、「途中で跳ねた? 録画で確認」と書き足す。


「名前は」

「ない」

「ないのか。喋るのに」


 答えない。

 かわりに短い足で、並べた小石を1つ列の外へ押し出した。


「あ、それ大きさ順なんだよ。揃えとかないと、何が効いたのか分からなくなる。今は強さだけ変えてて、ほかは――」


 そいつは押し出した小石の隣に座り直した。

 ジト目のままだ。


「聞いてないな、お前」


 どうやら居座る気らしい。

 ただ、得体の知れない生き物で試すのはなしだ。引き寄せる小石の通り道がそいつから外れていることだけ、確かめておく。


 次の前に、MPの残りを見ようとステータスを開いた。


 スキルの欄で目が止まった。


 スキル:《土魔法》 Lv6/《引力》 Lv1


「……読める」


 名前を念じると、その下に説明文が開いた。


 《引力》 Lv1

  物体間に働く引き合う力を任意倍に増幅する。

  中心か対象の一方が土でなければ、働かない。

  土と認められる範囲は、《土魔法》の段階に応じて広がる。

  生き物が中心か対象に含まれるとき、その力は生き物の魔力で弱まる。

  使い手は、自身の魔力では弱まらない。


 2行目の「中心」は、引き寄せる先のことだろう。俺が指で押さえる物で、今日なら人差し指の下の小石だ。

 「対象」は、そこへ寄ってくる小石のほうだ。指の下の物か寄ってくる物、どちらかが土でないと働かない。


「《引力》」


 俺が胸の中で「重さを移す」と呼び、物を引き寄せていた力は《引力》だった。


 左手の甲を押さえたとき一枚岩がぴくりともしなかったのは、手も岩も土じゃないからだ。

 崩れた通路の隙間に詰めた土を押さえたときは、一枚岩が動いた。押さえたほうが土だったからだ。


 手の甲のときも、そばの小石だけは遠慮なく飛んできて貼りついた。説明文の最後の行のとおりだ。


 生き物の行だけは答え合わせができない。人を引き寄せられるかは自分の左手で試しただけで、陽菜たちでは試さなかったからだ。


「まとまった」


 膝を叩いて、そいつを見た。

 ジト目のまま、小石の隣に座っている。まばたき1つしない。


「……ここ、喜ぶとこなんだけどな」


 まあいい。説明文に目を戻す。

 《土魔法》の説明文と同じ、素っ気ない書き方だ。


 「任意倍」は、好きな倍率にできるということだろう。


「何倍までだよ。そこを書いてくれ」


 それに。


 崩れた通路の前で初めて小石を引き寄せた日、2回目だけ砂までついてきた。その理由はどこにも書いていない。


 列の端のそいつに、また目が行った。


 ここに着いて開いたときは、まだ化けていた。そのあと起きたことといえば、こいつが目を開けたことくらいだ。


 偶然か。


 小石を1つ押さえ、名前の分かった力でもう一度小さく引き寄せる。手のひら1つ分ほど先の小石が転がってきて、こつ、と押さえた小石に当たった。

 やっていることは、さっきと何も変わらない。変わったのは、ノートの見出しに「引力」と書き足したことくらいだ。


 そいつは少し離れた小石のそばで、俺の手元を目で追っていた。

 近寄ってはこない。小石が動くと、目だけがついてくる。


 見られながら試すのも、悪くない。


 今度は、止まる所を先に当ててみる。

 引き寄せる小石だけを、さっきより遠い、手のひらを3つ並べたくらい先に置き直した。押さえる小石も、途中の爪の線もそのままにする。

 さっき弱めに引き寄せたときは、線を越えた所で止めてから、小石が指2本分転がって止まった。

 だから線から指2本分先に、爪で印をつけた。


「いいか」


 気づいたら、そいつに向かって話していた。配信で喋るときの癖が出たらしい。


「遠くから転がしても、止めようとしてから止まるまでは1秒ちょっと。そこは変わらない」


 爪の先で、印をとんと叩く。


「だから、止まるのはここ。見てろよ」


 無反応。

 視聴者0の配信で、1人で喋っていた頃を思い出す。


 引き寄せる。小石が転がり出し、線を越えた。

 止めて、数える。


 小石は印の上を通り過ぎた。


 さらに指2本分ほど転がって、ようやく止まる。


 止まるまでにかかった時間は、さっきと同じ1秒と少し。

 小石と印を見比べて、考えかけた。


「外れ」


 横から、平板な声がした。印で止まるという俺の読みのことだ。


「3回目」


 3回目? 読みを外したのは、これが初めてだ。

 いや。石だと思って拾おうとした。飛びかかってくると思って身構えた。


 ……こいつ、最初から俺の読み違いを数えてたのか。

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