第12話 読める
上層の通路を、ヘルメットのライトを消したまま歩いていた。
壁の苔がほのかに光るので、足元の石くらいは拾える。
事故のあと、ダンジョンに入るのは今日が初めてだ。
研究所の自宅待機が金曜で明け、今日は土曜になる。
新しく出てきた物を引き寄せる力を、事故の日からずっと試したくてうずうずしていた。
ゲートで冒険者証をかざしたら、隣の列の人に二度見された。
顔に土でも付いてたか。袖で頬をこすったら、袖のほうが黒くなった。
いつものことだ。
事故のあと、チャンネルの登録者は大きく増えた。今配信を始めれば、その人たちがまとめて見に来る。
だから胸元のカメラは、今朝から録画だけにしてある。
初めてのものは、見ているのが俺1人のうちに小さく試す。
流すのは何が起きるか分かってからだ。
主要な通路から横穴へそれ、苔の薄いほうへしばらく行くと行き止まりに出る。上層にしては床の土が厚く、そのうえ人もモンスターもまず来ない。だから週末の実験は、何年もここでやってきた。
帰ってきた、という気がした。
ライトを点け、床に左手をつく。
「《土操作》」
手の周りの土が波打ち、でこぼこが平らに寝ていく。
浮いてきた小石を拾って、大きさ順に1列に並べる。
ステータスも開いておく。
スキルの欄の2つ目は、まだ文字化けしていた。
読めないものを眺めても仕方がないので、閉じた。
ポケットから方眼ノートを出す。
1行目は、止めようと念じてから実際に止まるまでの時間。崩落の日、妹の陽菜たちの前をふさいでいた一枚岩を動かしたときは、1秒と少しだった。ただ、あれは岩がぶつかって止まっただけだ。
小石を1つ右の人差し指で押さえ、そこへ別の小石を引き寄せる。あの日以来、初めて使う力だ。手のひらを2つ並べたくらい先の小石が、転がり出した。
通り道に爪で引いた線を越えたところで止め、数える。
1秒と少し。岩のときと同じだった。
そこからは強さや指の置き方を変えて、何回か数え直した。強めた回は、止まるまでに転がる幅が倍に延びる。それでも止まるまでにかかる時間は、どれも同じだった。
「時間は、変わらない」
口に出して、ノートに書く。
指を離して働かせたままにすると、そのあいだずっとMPがじわじわ減っていく。尽きる前に、今日の実験はおしまいにする。いったん止めて、壁にもたれて水を飲んだ。
「今日は、あと5、6回ってとこか」
一枚岩の前では、こんなふうに1つずつ確かめる余裕はなかった。
楽しい。
録画を見返したら、たぶん俺はにやけている。
次の小石を取ろうとして、列の端に目が留まった。
1つだけやけに丸いのがある。大きさは隣と変わらないのに、角がどこにもない。並べたときは気づかなかった。
比べる用に、ちょうどよさそうだ。
手を伸ばす。
石の下のほうで、目が2つ開いた。
ひっくり返った。尻が土に落ち、胸のカメラごと天井を仰ぐ。
モンスターだ。上層のモンスターでも、土魔法Fの俺には手に余る。
来る、と思って腰を浮かせ、両腕を顔の前に上げる。
来なかった。
そいつは石の下から短い足を2本出し、その場にぺたんと座っただけだった。
石だと思ったのは、かぶっている石のヘルメットだったのだ。その下に、丸い体と、まぶたが半分下りた目がある。
何年もこの上層に潜ってきたのに、こんなのは見たことがない。
「……何だ、お前」
「強くしたほう。途中で、跳ねた」
短くて平板な声だった。頭の中じゃない。ちゃんと耳から聞こえた。
俺が強めに引き寄せた回の小石が、転がる途中で跳ねた、と言っているらしい。
喋った。
いや、それより。
「跳ねた? どこで」
返事はない。
ジト目でこっちを見上げているだけだ。
数えるのに夢中で、小石の転がり方なんて見ていなかった。
ノートの強めの行に、「途中で跳ねた? 録画で確認」と書き足す。
「名前は」
「ない」
「ないのか。喋るのに」
答えない。
かわりに短い足で、並べた小石を1つ列の外へ押し出した。
「あ、それ大きさ順なんだよ。揃えとかないと、何が効いたのか分からなくなる。今は強さだけ変えてて、ほかは――」
そいつは押し出した小石の隣に座り直した。
ジト目のままだ。
「聞いてないな、お前」
どうやら居座る気らしい。
ただ、得体の知れない生き物で試すのはなしだ。引き寄せる小石の通り道がそいつから外れていることだけ、確かめておく。
次の前に、MPの残りを見ようとステータスを開いた。
スキルの欄で目が止まった。
スキル:《土魔法》 Lv6/《引力》 Lv1
「……読める」
名前を念じると、その下に説明文が開いた。
《引力》 Lv1
物体間に働く引き合う力を任意倍に増幅する。
中心か対象の一方が土でなければ、働かない。
土と認められる範囲は、《土魔法》の段階に応じて広がる。
生き物が中心か対象に含まれるとき、その力は生き物の魔力で弱まる。
使い手は、自身の魔力では弱まらない。
2行目の「中心」は、引き寄せる先のことだろう。俺が指で押さえる物で、今日なら人差し指の下の小石だ。
「対象」は、そこへ寄ってくる小石のほうだ。指の下の物か寄ってくる物、どちらかが土でないと働かない。
「《引力》」
俺が胸の中で「重さを移す」と呼び、物を引き寄せていた力は《引力》だった。
左手の甲を押さえたとき一枚岩がぴくりともしなかったのは、手も岩も土じゃないからだ。
崩れた通路の隙間に詰めた土を押さえたときは、一枚岩が動いた。押さえたほうが土だったからだ。
手の甲のときも、そばの小石だけは遠慮なく飛んできて貼りついた。説明文の最後の行のとおりだ。
生き物の行だけは答え合わせができない。人を引き寄せられるかは自分の左手で試しただけで、陽菜たちでは試さなかったからだ。
「まとまった」
膝を叩いて、そいつを見た。
ジト目のまま、小石の隣に座っている。まばたき1つしない。
「……ここ、喜ぶとこなんだけどな」
まあいい。説明文に目を戻す。
《土魔法》の説明文と同じ、素っ気ない書き方だ。
「任意倍」は、好きな倍率にできるということだろう。
「何倍までだよ。そこを書いてくれ」
それに。
崩れた通路の前で初めて小石を引き寄せた日、2回目だけ砂までついてきた。その理由はどこにも書いていない。
列の端のそいつに、また目が行った。
ここに着いて開いたときは、まだ化けていた。そのあと起きたことといえば、こいつが目を開けたことくらいだ。
偶然か。
小石を1つ押さえ、名前の分かった力でもう一度小さく引き寄せる。手のひら1つ分ほど先の小石が転がってきて、こつ、と押さえた小石に当たった。
やっていることは、さっきと何も変わらない。変わったのは、ノートの見出しに「引力」と書き足したことくらいだ。
そいつは少し離れた小石のそばで、俺の手元を目で追っていた。
近寄ってはこない。小石が動くと、目だけがついてくる。
見られながら試すのも、悪くない。
今度は、止まる所を先に当ててみる。
引き寄せる小石だけを、さっきより遠い、手のひらを3つ並べたくらい先に置き直した。押さえる小石も、途中の爪の線もそのままにする。
さっき弱めに引き寄せたときは、線を越えた所で止めてから、小石が指2本分転がって止まった。
だから線から指2本分先に、爪で印をつけた。
「いいか」
気づいたら、そいつに向かって話していた。配信で喋るときの癖が出たらしい。
「遠くから転がしても、止めようとしてから止まるまでは1秒ちょっと。そこは変わらない」
爪の先で、印をとんと叩く。
「だから、止まるのはここ。見てろよ」
無反応。
視聴者0の配信で、1人で喋っていた頃を思い出す。
引き寄せる。小石が転がり出し、線を越えた。
止めて、数える。
小石は印の上を通り過ぎた。
さらに指2本分ほど転がって、ようやく止まる。
止まるまでにかかった時間は、さっきと同じ1秒と少し。
小石と印を見比べて、考えかけた。
「外れ」
横から、平板な声がした。印で止まるという俺の読みのことだ。
「3回目」
3回目? 読みを外したのは、これが初めてだ。
いや。石だと思って拾おうとした。飛びかかってくると思って身構えた。
……こいつ、最初から俺の読み違いを数えてたのか。




