第8話 切り抜き
昼にダンジョンの入口で雷堂に笑いものにされた俺と、一枚岩を傾けた俺が、その夜、1つの画面に並んで流れた。
当の俺はそのころ、家の台所で別の動画を巻き戻していた。
話は数時間前に戻る。
崩落の手前から入口まで、脚を折った盾役を陽菜の仲間2人と俺とで代わる代わる背負った。
俺が背負った距離がいちばん短かった。MPが空だったから、ということにしておく。
入口で救急に引き渡したとき、協会の職員が無線で、救助の人と火野のパーティに引き上げを伝えていた。
職員に名前と連絡先を控えられ、黙って借りていたヘルメットを返す。正面には報道のカメラが並んでいたので、裏口から出してもらった。
家に着いて手を洗っても、爪の間の土は落ちなかった。
頭痛は穴を出たころより少し引いている。
陽菜が病院から帰ってきたのは23時を回ったころだった。
「ただいまー。もう無理、足が棒」
陽菜は鞄を床に落とし、食卓の椅子に沈み込む。
閉じ込められていた本人なのに、救急車に付き添って夜まで病院にいた。
「どうだった」
「脚、やっぱ折れてた。でも命に別状なし。しばらく入院だって」
「そうか」
「明日もお見舞い行ってくる。プリン買ってこいってさ。骨折れてんのに、食欲だけ元気」
冷凍のうどんを1玉ゆで、卵を落として陽菜の前に置く。
俺の分は鍋に残った汁だ。流しの前に立ったまま、おたまで飲む。
「また立って食べてる」
「座ると、洗う物が増える」
「おたま1本じゃん」
陽菜はうどんをすすり、やっと椅子の背もたれに体を預けた。
「いやー、今日はさすがに死ぬかと思った」
言いながら、笑っている。
「天井ドーンって来てさ、ライト全部砂で真っ白。盾の子は脚やっちゃうし、出口ないし」
「……ああ」
「で、やっと兄ちゃんの声したと思ったら、すき間の向こうで石ころころ転がしてんの。こっち閉じ込められてんのに、実験してんの」
「そしたら岩がぐわーって傾いて、上がぱかって開いてさ。のぞいたら兄ちゃん、穴から首だけ出して砂掘ってんの。犬みたいに」
「あれ全部、配信でネタにするから」
笑うところだ。陽菜が笑っているんだから、笑うところだ。
でも口の端を上げようとしたら、途中で止まった。
「好きにしろ」
それだけ言って、おたまを流しに置いた。
「あ、そうだ。ドローンの録画、アーカイブで上げていい? 配信切れてた間のやつ」
陽菜がスマホを出す。
「見てくれてた人たち、途中で切れたまんまでしょ。みんな無事だったって、最初から見せたいの」
「いいよ」
考えるより先に答えていた。
「じゃ、上げる。……はい、上げた」
俺も胸元のカメラの録画をスマホに移した。
このカメラは普段、俺の実験記録のチャンネル「土魔法F 実験記録」につながっている。
視聴者数はいつも0だ。
一枚岩の前の場面を探す。
掘った穴の出口から撮った録画は、画面のほとんどが、目の前をふさぐ一枚岩の根元だ。画面の端には、出口のすぐ横にある別の大岩の下へ、俺が差し込んだ右手が映っている。
あのとき、引き寄せる力を止めようとしてから、傾く一枚岩が実際に止まるまでが、やけに長かった。ただ、体で感じた長さはあてにならない。
録画なら、数えられる。
俺が止めようとしたのは、右手の指が土に食い込むコマだ。そこから、真上で崩落が鳴って画面が跳ね、砂が降ってくるコマまで、1コマずつ送る。
37コマ。
このカメラは1秒に30コマ撮る。戻して数え直しても、同じだった。
力を止めようとしてから岩が止まるまで、1秒と少しかかる。
頭の上で岩が止まらずに降りてくる1秒は、長い。
4回目を戻したところで、スマホが震えた。
画面の上に、研究所からのメッセージがかぶさる。送り主は俺の班をまとめている人だ。
報道対策のため、明日から今週いっぱい、金曜まで出勤せず自宅で待機すること。
ダンジョンの入口を含め、報道の集まる場所には近づかないこと。
「……週末まで、試せないのか」
「そこ!?」
陽菜が箸を持ったまま、食卓から振り返った。
「自宅待機だよ!? 報道だよ!? 普通そっちでしょ!」
「報道は、俺が近づかなきゃ済む」
「てか、さっきから何見てんの。今日の? 今それ見る!?」
「見るだろ。今日のうちに数え切っときたいんだよ」
「知らないよ!」
知らないか。そうだよな。
それでも5回目を戻した。
次に顔を上げたのは陽菜に呼ばれたからだ。
電子レンジの時計は0時を回っていた。
「兄ちゃん。これ見て」
陽菜が俺の顔の前に、スマホを突き出した。
画面が上と下の2つに分かれている。
誰かが作った切り抜き動画で、題は〔土Fは入口で待機〕。
「あたしのアーカイブと、雷堂さんの配信。上げて1時間ちょっとで、もう切り抜かれてる」
上半分は雷堂の配信で、昼の入口だった。
真ん中で、金に染めた髪の雷堂がドローンに向けて顔の角度を決めている。その少し後ろに、作業着の男が突っ立っていた。俺だ。
下半分は、陽菜のドローンが出口の外から撮った映像だ。
崩落を掘り抜いた穴のすぐ先、一枚岩の根元に、ヘルメットのライトが1つだけ張りついている。その上に、一枚岩が壁みたいにそびえていた。
この岩の上の縁は、俺の録画には一度も映っていない。
どう動いたのか、俺は真上の音でしか知らない。
「行って何すんの。岩の前で土こねんの?」
下半分では、一枚岩の上の縁がこちらへ傾きはじめる。
「映えないし、映っても誰も見ないって。土Fは入口で待機。それが仕事っしょ」
上半分では、雷堂が親指で後ろの俺を差す。
下半分では、岩が一気に倒れ込んだ。
崩落にもたれて、止まる。
根元のライトに、砂が滝みたいに降りかかった。
「……そうですね」
上半分の俺の返事に合わせて、下半分の砂ぼこりが晴れていく。
傾いた岩の上に、人の通れるすき間が開いていた。
穴の中で聞いた音はこれだったのか。
『岩の前で土こねた結果がこちら』
『え、岩倒れた 穴あいた』
『待ってライトの位置。岩の真下にいる?』
『入口で待機(岩の真下)』
『そうですね(一枚岩を倒しながら)』
コメントは見ている間にも、下から押し上げられていく。
「……こいつ、兄ちゃんにこんなこと言ってたの」
陽菜は親指が白くなるほど、スマホを握りしめていた。
「あたしが閉じ込められてるときに? 兄ちゃんが入ろうとしてるときに? 入口で?」
「ほんっと、信じらんない」
言い終わらないうちに、陽菜は口を押さえて肩を震わせはじめた。
「ごめん、無理、笑う。そうですねで岩止まるの、ずるいでしょ。作った人、天才」
怒るか笑うか、どっちかにしてくれ。
陽菜が指を滑らせると、SNSのおすすめ欄も同じ動画で埋まっていた。
『土魔法Fって荷物持ちだと思ってた。ごめんなさい』
『手のひらがドリルみたいに回ってる』
『雷堂、救助に行く人を配信で笑ってたってマジ?』
『映っても誰も見ないって言われた人が、いちばん見られてて草』
「ざまあみろ、だよね。ね、兄ちゃん」
陽菜が目尻をこすりながら、こっちを見上げる。
なのに俺は、また上半分の雷堂を見ていた。
腹は別に立たなかった。
「映えないのは、本当だしな」
「そこ認める!?」
上半分の俺は、横から見ても背中が丸い。どこから撮っても猫背なら、もう角度のせいじゃない。
下半分の俺に至っては、映っているのがヘルメットのライト1つきりだ。
「俺、上でも下でも映えてないな」
「ライト1個でバズってる人が言うな!」
「こういうのは、明日には誰も覚えてないだろ」
「いや、覚えてるって。だって――」
陽菜の声がそこで切れた。
陽菜は自分のスマホの上で、指を止めていた。
「……兄ちゃん」
「ん」
「兄ちゃんの実験記録のチャンネル、見つかってる」




