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最弱の土魔法Fで戦えない地質研究員ですが、Aランクが引き返した崩落を岩ひとつ壊さずに通ってバズりました  作者: 月見まっちゃ
第2章 妹救出

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第7話 傾く

 腹ばいのまま、一枚岩の根元へ顔を寄せていった。


 穴を出てすぐの床は狭く、胸から上を出すと、脚は穴の中に残る。

 鼻の先に、根元の割れ目がある。さっき砂を噴いた所だ。

 近すぎて、目の焦点が合わない。


 右手を、出口の脇にある大岩の下へ差し込んでいく。岩の腹と床のあいだに土を詰めて固めたのは、崩落を固めたときの俺の仕事だ。


 手首の半分まで入ったところで、床が揺れた。


 目の前の割れ目から、砂が噴いた。

 顔にまともにかかって、口の中がじゃりっと鳴る。

 よけようにも、脚は穴の中で、右手は岩の下だ。


 ぎしり、と頭の上で一枚岩がきしむ。


 まずい、と思うより先に、体が固まった。

 動くな。岩も、俺も。


 揺れが収まっていく。

 一枚岩はそれ以上きしまなかった。


 今のはただの揺れだ。俺はまだ何もしていない。


 指を奥へ進めると、ざらりとした土に触れた。

 手首まで、土の中だ。


 ここの土なら、一枚岩を引き寄せても、土のほうが岩へ飛んでいくことはない。


 この大岩の上には屋根の岩が渡り、その上に崩落が積み重なっている。重みが全部、手の下の土にのしかかっていて、土は動きようがない。

 さっきひびが入った出口の壁の土は、崩落の端で、上に何も乗っていなかった。


 一枚岩から腕1本の所で、重みが全部乗っている土は、ここしかない。


 代わりに、上が見えなくなった。

 目の前は岩肌だけで、見上げても縁は見えない。家の外壁に鼻をくっつけて寝そべっているようなものだ。

 どこまで傾いたかは、音で聞き分けるしかない。


 横の床の上には、陽菜のドローンが浮いている。


「陽菜! 上が開いたら、怪我人から登って越えろ。止まるなよ」


 返事まで、一拍あった。


「……ちょっと待って」


 声が急に尖った。


「兄ちゃん、それ岩の真下じゃん。なんでそんなとこで寝てんの」


 ドローンの映像を見たらしい。


「俺は最後だ」


 答えになっていないのは、自分でも分かっている。


 陽菜は言い返してこなかった。


「……分かった。順番はあたしが決める」


 陽菜が向こうの仲間のほうへ向き直ったのが、声で分かった。


「盾役が先。前衛は先に上がって上から引いて、後衛とあたしで下から押す。あたしは最後」


「了解!」

「はい!」


 俺が口を挟むところなんて、1つもない。


 奥で低い音が鳴り、腹の下の土が震えた。音と音のあいだは、さっきより、また短い。次の揺れはすぐだ。

 頭はもうずっと重く、力の残りは少ない。一枚岩を強く引き寄せられるのは1回きりだ。

 腕は土に差し込んだままにする。この土が一枚岩のほうへ持っていかれかけたら、手のひらで真っ先に分かる。

 一枚岩の上の縁が崩落にもたれかかれば、ぶつかる音が真上で鳴るはずだ。その音を聞いたら、引き寄せるのを止める。


 ここは、火魔法Aの火野が無理だと言って引き返した崩落の、その裏側だ。


 来た。


 腹の下から、揺れが突き上げてくる。


 右手の下の土を目がけて、一枚岩を引き寄せた。


 ばきん。


 目の前で、根元が割れた。


 岩肌が上からこっちへかぶさりはじめる。


 動いた。

 でも、遅い。揺れが収まれば、岩も一緒に止まる。


 引き寄せる力をもう少し強めた。


 傾きがいきなり速くなった。

 同時に、頭の重さが一気に増して、こめかみを両側から締めつけてくる。


 強すぎる。

 力を止めようとして、右手の指を土に食い込ませた。


 止まらない。


 岩肌が降りてくる。ライトの輪の中で、ざらついた表面が見る間に大きくなる。

 頭の締めつけだけが、じわじわときつくなっていく。残りの力が、底からくみ出されていく。


 まだ鳴らない。

 思っていたより、ずっと深い。


 岩が、頭の上に来る。


 まだ。


 どん。


 真上で、崩落全体が鳴った。


 崩落の面と天井から、砂がざあっと降ってきた。

 ヘルメットと背中を叩いて、出口にどんどん積もっていく。

 顔を伏せた。腕は抜かない。


 持て。


 右手の下の土は動かない。


 崩落は、崩れなかった。


 岩を止めたのは、俺の力じゃない。

 崩落にぶつかって、止まっただけだ。


「開いた!」


 岩の向こうから、陽菜の声が飛んできた。


「兄ちゃん、上、開いた! 通れる!」


 どこがどう開いたのか、何も分からない。報告が粗いにも、ほどがある。


 頭の締めつけはもう増えていない。一枚岩が止まっているのを確かめてから、大岩の下から腕を抜いた。


 首をねじって、上を見る。

 さっきまで目の前に立っていた岩肌が、斜めに倒れかかったまま、低い屋根のように頭の上をふさいでいた。

 あと少し深かったら、という先は考えないことにした。


 出口は砂で半分埋まっている。土魔法で、砂を脇へ寄せればいい。


「《土操作》」


 何も起きない。

 砂ひと粒、動かなかった。


 こめかみの奥で、鈍い痛みが脈を打ちはじめる。肩から先の腕が重い。


 尽きた。


 両手を砂に突っ込み、前へかき出す。かいた先から、上の砂が崩れて戻ってくる。

 土魔法使いが、手で掘っている。


 左のほうから、光が差し込んだ。

 ライトが1つ、揺れている。


 首を伸ばして見上げると、傾いた一枚岩の上の縁から、陽菜が身を乗り出していた。縁と崩落のあいだに残った隙間越しに、こっちを見下ろしている。


 崩落からこっち、声しか聞いていなかった顔だ。

 前髪に砂が積もり、頬に土の筋が1本ついている。


「……兄ちゃん」

「おう」


 ほかに、何も出てこなかった。

 首から下を砂に埋めて、妹を見上げている。我ながら、もぐらみたいな格好だ。


「顔、土だらけ」

「そっちもだ」

「あたしのは、ちょっとだけだし」


 這い出せる幅まで砂をかき出し、肩をねじって出口から抜けた。


 土魔法で足場を作る力は、もう残っていない。

 根元のこちら側には、砂の山ができていた。降ってきた砂と、俺がかき出した砂だ。膝ほどある。


 さっき頭に降った砂が、今度は足場になる。


「盾役から行くよ! せーの!」


 岩の向こうで、陽菜の号令が飛んだ。

 靴が岩肌を擦る音と、押し殺したうめき声。向こうの面を、押し上げ合って登っているらしい。


「もうちょい! そこ、足かけて!」


「上、取った!」


 傾いた岩の縁の上に、前衛のライトが出た。前衛は縁にまたがり、奥へ両腕を伸ばす。


「引いて! 脚、ぶつけないで!」


 盾役の肩が縁の上に引き上げられてくる。

 前衛がそのベルトをつかみ、崩落の裏の岩を伝って、少しずつこっちへ下ろしてきた。


「兄ちゃん、下ろすよ!」

「来い」


 砂の山に乗り、両腕を上へ伸ばす。

 ライトの輪の中に、盾役の脚が下りてきた。


「右脚、折れてます!」


 抱きとめた瞬間、腕ごと下へ持っていかれた。

 膝がずぶりと砂に沈む。人ひとりの重さを腕だけで受けるのは、これが初めてだった。


 折れた脚を浮かせたまま、そっと床へ下ろす。

 盾役は歯を食いしばったまま、ライトの中で親指を立ててみせた。


「……ナイスキャッチです、お兄さん」


 親指を立てる元気があるなら、上等だ。


 後衛が降り、前衛が続く。

 最後に陽菜が縁を越えた。崩落の岩を二つ三つ伝い、最後の段を飛んで、砂の山の脇にほとんど音もなく着地する。


 ダンジョンの中では、あっちが先輩だ。


 ライトを振って数える。盾役、前衛、後衛、陽菜。


 4人。


 奥で、音がした。


 今までのどれとも違う。

 一枚岩の向こうから、こっちへ近づいてくる。


「奥、来てる!」


 俺が出てきた穴の入り口を見る。

 俺ひとりが抜けた幅しかない。脚を浮かせた人を引っぱって通すには、狭すぎる。


「全員で掘って! 手で!」


 陽菜が真っ先に膝をついた。

 5人で、穴の入り口の砂に手を突っ込む。盾役まで、座ったまま両手で砂を後ろへ送っていた。


 天井から小石が落ちてきて、ヘルメットを叩く。

 さっきの音が、また近い。


 まだ狭い。

 かく。かき出す。指の皮が擦れて、爪の間まで砂が詰まる。


 入り口が肩の幅まで開いた。


「入って! 前衛が先で引いて、後衛は後ろで脚持って!」


 誰も聞き返さない。

 前衛が頭から穴に入り、盾役のベルトをつかんで引きずり込む。後衛が折れた脚を支えながら続いた。


 穴に消えていく靴の裏を数える。3人。


 陽菜が穴の前で振り返る。


「兄ちゃん」

「行け。最後は俺だ」


 陽菜は口を開きかけて、閉じた。それから穴に消えた。


 頭から、穴に入る。


 四つん這いで、肘を前へ出す。

 ライトの輪の中に、陽菜の靴の裏がある。離れるな、と自分の肘に言い聞かせる。


 背後で、天井が落ちた。


 さっきまで陽菜たちがいた側だ。轟音が穴の中まで追いかけてきて、腹の底を叩く。


 すぐに風が来た。

 砂ぼこりを含んだ風が穴を吹き抜けて、背中を押す。襟の中に砂が詰まり、目も開けていられない。それでも肘と膝だけは前へ出す。


 肘の下の土は崩れない。

 頭上にある屋根の岩からも、砂ひと粒落ちてこない。


 力は空でも、固めた土は固めたままだ。


 手前の通路へ、這い出た。

 苔ごと壁が崩れた通路は暗く、明かりは俺たちのライトだけだ。


 座りこんだまま、ライトを振る。

 盾役、前衛、後衛、陽菜。それと、俺。


「全員、いるな」

「いるって。さっきから何回数えてんの」


 3回目だった。


 穴から、小さな羽音が追いついてきた。

 陽菜のドローンが抜け出し、陽菜の頭の少し上で止まる。

 お前も、抜けてきたか。


 ポケットのスマホが続けて震えた。

 1回や2回では止まらない。


 通知を開くと、陽菜の配信が動いていた。


 画面の中では、穴から這い出た5人がドローンのライトに照らされている。

 真ん中で座りこんでいるのは、頭から土をかぶった作業着の男だ。


 ……俺だな、これ。


『映った!』

『全員いる』

『よかった、ほんとによかった』

『盾の人、脚大丈夫?』

『兄ちゃんまた映ってる』


 コメントは読むより速く流れていく。


『待って、あの崩落の穴から出てきたの?』

『この作業着の人、入口で火野パーティの雷堂に「土Fは入口で待機」って笑われてた人じゃね?』

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