第6話 軽いほう
押さえた物に、ほかの物が寄ってくる。なら、この岩を引き寄せるには、何を押さえればいい。
右手の人差し指は、足元の小石に当てたままだ。引き寄せる力も込め続けている。そこへ寄り集まった小石2つと砂も、まだくっついている。
左手は目の前の一枚岩に当てている。
奥で低い音が鳴った。
手のひらの下で岩が震え、ライトの輪の中を砂が落ちていく。
間隔はさっきより短い。
火野が引き返した崩落の、さらに奥。
そこで俺はしゃがみ込み、小石を指で押さえている。絵面だけなら、ただの石遊びだ。
手がかりは指の下で起きたこの1回しかない。
岩と小石では大きさが違いすぎるのは分かっている。それでもほかに当てがない以上、同じ手順でなぞるしかない。
試しに指を小石から離してみた。
寄り集まった小石は崩れず、根元の砂も落ちずにまとわりついたままだった。
指を離しても、引き寄せる力は切れない。
そのかわり、頭がじわじわ重くなってきた。崩落を固めたときのだるさに、何もしていない今の分が少しずつ上乗せされていく。
《土魔法》を使いすぎたときと同じ疲れ方だ。
引き寄せる力を止めようとした。それでもすぐには止まらず、ひと呼吸遅れてから根元の砂がさらさらと崩れる。
足元に落ちてきた小石を1つ拾い、一枚岩の根元の手前に置いた。右の人差し指で押さえて引き寄せる力を込め、一枚岩を見上げる。
さっきと同じなら、押さえた小石は動かず、一枚岩のほうが引き寄せられてくるはずだ。来たら来たで困るけどな。
指の下で小石が滑った。
指の腹をこすって抜け、一直線に一枚岩へ飛ぶ。
かつん。
一枚岩に貼りついていたのは小石のほうだった。
一枚岩は少しも動いていない。
「……お前が行くのかよ」
力を止める。またひと呼吸遅れて、小石が足元へ転がり落ちた。
押さえたかどうかは関係ない。寄っていくのは、重さの軽いほうだ。
最初の小石が動かなかったのは、俺の指が地面に押しつけていたからだ。だから、ほかの小石のほうが寄ってきた。
「兄ちゃん!? 今の音なに!?」
答えるより先に奥が鳴った。
音と揺れがほとんど一緒に来た。
こん、とヘルメットに小石が当たる。
膝の下で砂が震えている。
近い。さっきより、はっきり近い。
揺れが収まると、隙間から陽菜の声が降りてきた。かすれている。
「奥の天井、また落ちた。さっきより、こっちに近い」
「盾役の子、みんなで抱えれば動かせる。でも、歩けない」
隙間の上で、天井のひびから砂が細い筋になって落ちている。
少し間があって、声が低くなった。
「……兄ちゃん、さっきから何してんの」
「考えてる」
「考えてるって。こっちは天井落ちてきてんだけど」
それきり隙間の向こうは黙った。
ドローンのレンズは俺の手元を向いている。陽菜の端末に映っているのは、岩の前にしゃがんで指を眺めている男だろう。我ながら言い返せる絵じゃないと思う。
怒鳴られたほうがまだ楽だった。
膝立ちになり、一枚岩に向き直る。指を眺めている暇はもうない。
歩けない盾役をどうやってこっちへ出す。
軽いほうが動くなら、人はこの岩よりずっと軽い。なら、人のほうをこっちへ引き寄せられないか。
「……いや、駄目だ。引き寄せたら、この岩に叩きつけるだけだ」
人を相手にできるのかどうかだけなら、妹たちでなく自分の左手で確かめられる。
地面についた左手の甲に右の指を当てて引き寄せる力を込め、一枚岩を引き寄せようとした。何も起きない。そばの小石だけが跳ねて、こつ、と手の甲に貼りついた。
片方が小石か砂か土でないと始まらない。
これで、陽菜たちを引き寄せて出す案は消えた。
貼りついた小石の向こうに目をやる。少し先に転がっている小石は、震えもしていない。
力が届くのは腕1本先までだ。
一枚岩を見上げてから、自分の腕に目を落とす。こんなに短かったか。
注文が多すぎるだろ、この力。
小石を何度か動かしただけで、目の奥に熱っぽいだるさが溜まっている。
一枚岩を動かすときのために、余力は残しておかないとまずい。
岩を引き寄せるなら、押さえるのは土しかない。小石みたいに指の下から抜けていかない土で、しかも一枚岩から腕1本の所にある土だ。
こんな所のどこに、そんな都合のいいものが――
振り返った。
ライトの先に、崩落がある。岩と岩の合わせ目に土を詰めて固め、いくつもの岩を1つの塊にした、あの崩落だ。
その隅に、俺が這って抜けてきた四つん這いの穴がある。出口に膝をつけば、伸ばした腕の先がもう一枚岩の根元に届く。
出口を囲む壁も、俺が詰めて固めた土だ。
崩落に詰めた土は、一枚岩に引き寄せられても飛んでいけない。上に崩落の岩がのしかかっていて、動きようがないからだ。
こっちが動けなければ、寄ってくるのは一枚岩のほうだ。
一枚岩は奥が鳴るたびに、根元から揺れていた。
揺れで根元が浮いた瞬間なら、地面に噛んでいない分、引き寄せて傾けられるかもしれない。
傾けるのは崩落にもたれさせるところまでにする。欲張って倒せば、自分の帰り道の穴をふさいでしまう。
「陽菜、岩の根元から離れろ。奥にも寄るな」
「え、なんで」
「岩を動かす。盾役も連れてけ」
「……は?」
聞き返す声のあとで、隙間の向こうの靴が砂をこすった。
誰かが短くうめいた。いくつもの足音が、その1人を抱えて遠ざかっていく。
「離れた。奥にも寄ってない」
「そこにいろ」
一枚岩の前から下がり、すぐ後ろの穴の出口に膝をついた。
右手を、出口を囲む土の壁に当てる。目の前は、もう一枚岩の根元だ。
一枚岩のてっぺんにある拳ほどの隙間から、光が細く漏れている。
あの筋が太くなれば、当たりだ。
次の揺れを待つ。
ライトの輪の中を、砂が一粒だけ落ちた。
まだ鳴らない。
いつもなら、もう鳴っている間隔だ。
鳴った。
足元の砂が震えはじめる。
壁の土に、引き寄せる力を込める。一枚岩を、少しだけ引き寄せる。
一枚岩が、低く鳴った。
根元から、砂が噴いた。
上の隙間の縁が、ずれる。
「光、広がった! 今の、兄ちゃんがやったの!?」
「たぶんな」
「たぶんって何。動いたじゃん、今!」
漏れてくる光の筋は、指1本分太くなっていた。
上出来だ。
ただ、息をつく暇はなかった。頭のだるさが一気に膨らんでいく。小石のときとは比べものにならない速さだ。
止まれ。
止まらない。
奥歯を噛む。
手のひらの下で、土がわずかにずれた。
嫌な感触だ。
一枚岩がもう一度、低く鳴った。それきり静かになる。
止まるまでがやけに長い。
右手を壁から離すと、ぱらり、と小さな音がした。
手を当てていた所から、一枚岩のほうへ向かって、細いひびが何本も伸びている。
こっちの土まで、一枚岩に引き寄せられていた。
壁の表が指の幅ほど浮いて、その下から砂がこぼれている。
まずい。崩落の岩をまとめているのは、この土だ。
手を当て直す。
「《硬化》」
土を固める魔法で、浮いた表が寄って締まり、ひびが埋まった。
よし。
ぴし、と細い音がした。
固め直したばかりの所に、また髪の毛ほどの線が浮いている。
嘘だろ。
顔を上げて、ライトを壁の上へ向けた。
出口を囲むこの壁の上には、崩落の岩がほとんど乗っていない。この壁は詰めた土の端っこだ。
飛んでいけないのは、岩にのしかかられている所の土だけだった。
今のはほんの少し傾けただけだ。それで、ここまで持っていかれた。
人が通れるまで傾けるなら、もっと強く引き寄せるしかない。
この壁が抜ければ、崩落をまとめている土ごと崩れるかもしれない。崩れれば、穴も埋まる。陽菜たちを連れて帰る道は、あの穴しかない。
脈を打つたびに頭が重い。
固め直し1つで、これだ。何度も試せる頭じゃない。
「兄ちゃん? ねえ、今のもう1回やってよ。それで出られるじゃん」
答えられなかった。
一枚岩は、動く。
動かしきる前に、この土が抜ける。
奥が鳴った。
さっきより、間がない。




